伯爵令嬢のアルバイト事情ー婚約者様が疑わしいですー

柚木

文字の大きさ
47 / 77
2章 アルバイト開始

8

しおりを挟む
 叩き落したのはいいが、すぐに手が伸びてきそうだったから後ろを向き胸の中に引き寄せる。絶対に触れるなと、睨みを効かせながら。
「人の婚約者を、目の前で口説くとはいい度胸をしていますね。ニコライさんに頼んで、仕事量を増やしていただきましょうか?」
 どうせ、ここにいることはニコライさんも承知の上なのだろう。はやく、引き取りに来て欲しい。
「ニコライに頼んだところで、仕事量は変わらない。むしろ、お前たちの割り振りが増えるだけだと思うが」
 そうだった。この人は容量がいいため、人より働くがその上でいろいろと他の分野にも手を付けようとしては、仕事を増やすことを得意としている。深く学んでいない分野には手を付けないで欲しいと毎度思っている。そのことを思い出すと、胃が痛くなりそうだ。
 ぎゅっと胸の中にいるアンの頭を、自身の胸に押し合てるようにすれば、「では、またの機会に私の執務室にでも遊びに来て欲しい」と諦めていなかったようだ。
「あなたという方は、まだそのようなことを…‼」
 感情的になり声を荒げれば、声を低くしもっともらしいことを言ってくる。
「一貴族が、王族の誘いを断れるはずがないだろう。それは、私の元で働いているお前自身がわかっているはずだ。理解していながら、反抗するのもいいが、この部屋の中だけにしろ。執務室や他の場でこのような発言をすれば、お前の立場が悪くなる」
 身分を笠に着た言い方を好まない殿下がよくもそのような言葉を吐くな。
 アンが王家に逆らえない性格だと見抜いてのことだと思うと、本当にタヌキやキツネのようだと思う。
「…殿下、あなたは…」
 腕の中でアンを抱きしめているということを忘れ、強く力を込める。
 ただ、この人がアンに目を付けた理由は簡単だ。僕がどんな仕事をしようが、それが王家の指示したことなら、仕方がないと受け入れられる女性であるからだろう。
「話がわかればいい。それよりも、お前が閉じ込めている花が息苦しそうにしているぞ。花にも呼吸は必要だからな」
 力を緩めれば、腕の中から逃げ出す。それは、猫が興味ある物を見つけた時に取るような行動だった。
「あの私がいるとお話が進まないようなので、本日はこれで失礼します」
 一瞬何を言っているのか、わからなかった。ここから、いなくなるはずの人物はアンではなく殿下だというのに、何故彼女がここからいなくなる。
 動き出そうとしたときには既に扉の前から姿が消えていた。
 クツクツと後ろで笑い声が聞こえる。寄りによって何故、殿下とふたりっきりなんだ。
「おまえ、婚約者は無知でいい」
「彼女のことを馬鹿にしているのですか?」
 無知とは彼女に失礼だろう。貴族としての礼儀作法を叩き込まれているから侯爵家に嫁ぐには問題ない。ただ、危機感がなさすぎるのが問題だ。
「そういうわけではない。クリスが気に入る理由もわかる」
「またですか。あの人にだって、婚約者がいる。しかも、ケイの元婚約者だ」
「まあ、仕方がない。あの家も突然、跡取りがいなくなってしまえば娘に婿を取ってもらうのが一番だからな」
 あの家の事情など知ったことはない。ただ、アンを気にいていると言う言葉が気に入らない。
 自信の護衛の妹だからと目にかけているなど、他の者たちが知ればどう思うだろう。ただでさえ、アンはシルビア様に目を付けられている。クリスがアンを気に入っていると知れ渡れば、ケイの元婚約である彼女やその取り巻きなどが黙っていないだろう。友好的みせかけ、何かを仕掛けてくるに違いない。あんな汚いやり取り彼女を巻き込みたくない。
「それにしても、無知な花ほど可愛いがここで彼女がひとりになってシルビアや取り巻きや侍女に会えばどうなるだろうか」
「わかっています」
 言い方がいちいち勘に触ると思いながらも、一礼を退出し走り出す。
 王城に慣れていないアンはきっとグレアム伯爵の執務室を目指すだろう。慣れていない場所で彼女が迷子になっている可能性も含め探し出す。
 彼女はすぐに見つかった。体力があまりないのか、先程の部屋からあまり離れていない廊下の角で息切れを起こし座り込んでいた。
 その姿をみたとき、無事でよかったと思いながらも、近づいたら逃げ出されてしまうかもしれないという恐怖が沸き上がった。
「アン‼逃げないで」
 声を掛ければ、案の定逃げようと無理に立ち上がろうとする。きっと、いま彼女顔は青白くなってしまっているかもしれない。
「今日はもう君に近づかない。だから、逃げないで」
 一定の距離保ちながら近づく。もっと、側で彼女の存在を感じていたい。いまの彼女を捉えて側にいることは可能だけれど、そんなことをして彼女に嫌われるのは耐えられない。
 だから、「約束して欲しい。明日、一緒に観劇に行こう」と、先程誘うことが出来なかったことを伝える。
「でも、ユーゴ。あなたには仕事があるはずでしょ?」
「大丈夫。特別に休暇を貰っているから」
 振りむいたアンは驚きながらも嬉しそうに頷いてくれた。それだけで、彼女を追ってよかったと思えた。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

貴妃エレーナ

無味無臭(不定期更新)
恋愛
「君は、私のことを恨んでいるか?」 後宮で暮らして数十年の月日が流れたある日のこと。国王ローレンスから突然そう聞かれた貴妃エレーナは戸惑ったように答えた。 「急に、どうされたのですか?」 「…分かるだろう、はぐらかさないでくれ。」 「恨んでなどいませんよ。あれは遠い昔のことですから。」 そう言われて、私は今まで蓋をしていた記憶を辿った。 どうやら彼は、若かりし頃に私とあの人の仲を引き裂いてしまったことを今も悔やんでいるらしい。 けれど、もう安心してほしい。 私は既に、今世ではあの人と縁がなかったんだと諦めている。 だから… 「陛下…!大変です、内乱が…」 え…? ーーーーーーーーーーーーー ここは、どこ? さっきまで内乱が… 「エレーナ?」 陛下…? でも若いわ。 バッと自分の顔を触る。 するとそこにはハリもあってモチモチとした、まるで若い頃の私の肌があった。 懐かしい空間と若い肌…まさか私、昔の時代に戻ったの?!

夫「お前は価値がない女だ。太った姿を見るだけで吐き気がする」若い彼女と再婚するから妻に出て行け!

佐藤 美奈
恋愛
華やかな舞踏会から帰宅した公爵夫人ジェシカは、幼馴染の夫ハリーから突然の宣告を受ける。 「お前は価値のない女だ。太った姿を見るだけで不快だ!」 冷酷な言葉は、長年連れ添った夫の口から発せられたとは思えないほど鋭く、ジェシカの胸に突き刺さる。 さらにハリーは、若い恋人ローラとの再婚を一方的に告げ、ジェシカに屋敷から出ていくよう迫る。 優しかった夫の変貌に、ジェシカは言葉を失い、ただ立ち尽くす。

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

【完結】婚約者と養い親に不要といわれたので、幼馴染の側近と国を出ます

衿乃 光希
恋愛
卒業パーティーの最中、婚約者から突然婚約破棄を告げられたシェリーヌ。 婚約者の心を留めておけないような娘はいらないと、養父からも不要と言われる。 シェリーヌは16年過ごした国を出る。 生まれた時からの側近アランと一緒に・・・。 第18回恋愛小説大賞エントリーしましたので、第2部を執筆中です。 第2部祖国から手紙が届き、養父の体調がすぐれないことを知らされる。迷いながらも一時戻ってきたシェリーヌ。見舞った翌日、養父は天に召された。葬儀後、貴族の死去が相次いでいるという不穏な噂を耳にする。恋愛小説大賞は51位で終了しました。皆さま、投票ありがとうございました。

目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです

MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。 しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。 フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。 クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。 ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。 番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。 ご感想ありがとうございます!! 誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。 小説家になろう様に掲載済みです。

【完結】結婚式前~婚約者の王太子に「最愛の女が別にいるので、お前を愛することはない」と言われました~

黒塔真実
恋愛
挙式が迫るなか婚約者の王太子に「結婚しても俺の最愛の女は別にいる。お前を愛することはない」とはっきり言い切られた公爵令嬢アデル。しかしどんなに婚約者としてないがしろにされても女性としての誇りを傷つけられても彼女は平気だった。なぜなら大切な「心の拠り所」があるから……。しかし、王立学園の卒業ダンスパーティーの夜、アデルはかつてない、世にも酷い仕打ちを受けるのだった―― ※神視点。■なろうにも別タイトルで重複投稿←【ジャンル日間4位】。

亡き姉を演じ初恋の人の妻となった私は、その日、“私”を捨てた

榛乃
恋愛
伯爵家の令嬢・リシェルは、侯爵家のアルベルトに密かに想いを寄せていた。 けれど彼が選んだのはリシェルではなく、双子の姉・オリヴィアだった。 二人は夫婦となり、誰もが羨むような幸福な日々を過ごしていたが――それは五年ももたず、儚く終わりを迎えてしまう。 オリヴィアが心臓の病でこの世を去ったのだ。 その日を堺にアルベルトの心は壊れ、最愛の妻の幻を追い続けるようになる。 そんな彼を守るために。 そして侯爵家の未来と、両親の願いのために。 リシェルは自分を捨て、“姉のふり”をして生きる道を選ぶ。 けれど、どれほど傍にいても、どれほど尽くしても、彼の瞳に映るのはいつだって“オリヴィア”だった。 その現実が、彼女の心を静かに蝕んでゆく。 遂に限界を越えたリシェルは、自ら命を絶つことに決める。 短剣を手に、過去を振り返るリシェル。 そしていよいよ切っ先を突き刺そうとした、その瞬間――。

婚約破棄、ありがとうございます

奈井
恋愛
小さい頃に婚約して10年がたち私たちはお互い16歳。来年、結婚する為の準備が着々と進む中、婚約破棄を言い渡されました。でも、私は安堵しております。嘘を突き通すのは辛いから。傷物になってしまったので、誰も寄って来ない事をこれ幸いに一生1人で、幼い恋心と一緒に過ごしてまいります。

処理中です...