ある雪の降る日に

喜市

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30話

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冷気の溢れるそこは非常に冷たく、いつしかの光景を思い出した。
走馬灯…であって欲しくは無いんだけれども、冷たさとこの恐怖心に、真っ白で無垢なあの雪原が頭の中に広がる。

この間一瞬だったけれども、僕の体は落ちている感覚を忘れ、ただひたすらに極寒の地で起こったあの爆撃を追体験していた。

「っ…はっ、」

息が詰まる。心臓が限界まで鼓動を鳴らしていて、視界がぐらついた。

こんなに症状が出たのは、2年前孤児院に着いて最初の1晩を過ごした時以来だ。

「ぅ゛っ、きもち、わるい」

ガンガンと頭痛が響き、太陽の光でさえ僕には眩しすぎるくらいだった。

もう掴んでいられない。そう思い左手に重ねた右手を退ける。
そこには雫型の透き通った氷晶がミサンガを飾っていた。

下で起こっていた喧騒がやけに耳につく。
もうすぐ地面だろうか?痛いのは嫌だな。

離した手は空中に投げ出されていて、なびくそれをまた上から追ってきている先輩が掴もうと手を伸ばした。




ガシッ


目眩と共に霞みがかっていく視界には、誰がどうしたかなんて分からなかった。

極度の緊張と頭痛、吐き気を伴う目眩は僕の意識を奪う。気づけば腕を引かれ、持ち上げられたその人に縋るようにしてボロボロと涙を零していた。


そんな僕をしっかりと抱えるように腕を回してくれたその人。
その人のシャツへ埋めた鼻が、抱えられた手の感覚が、そこから伝わる温度が、何もかもが全部見知ったものだった。

「遅れてごめんな。」

周りの音全てが頭に鈍痛を与える中、その声だけは僕の耳にはっきりと聞こえてくる。

優しく頭と揺れる耳を撫でてくれるその手は優しくて、裾を少し掴む。

「っ、ひぐ、シヴァン先輩、おそい」

まだ先程の追憶の余韻が、視界に霧をかけている。

「ごめんごめん…良く頑張ったな。」

僕の言葉にくす、と小さい笑みが頭上から零れてくる。

良く頑張った。奇しくもその言葉とトーンは、あの日僕を救助してくれたと重なってしまい、霞みがかっていた視界も脳もフェードアウトしていった。




ーーーーーーーー

「あっ、おい!起きろっ…まずいな、落ちたか。」

シヴァンは、目元を赤く泣き腫らした黒髪の少年を抱えている。その少年は意識を手放してしまったようだ。

周りにはまだ、最初の一撃を避けた残党(生徒です)がおり、怪我をしない程度に高火力で水魔法を放つ。

目眩し程度になれば…そう思いその場を去っていった。

ーーーーーーーー







風で揺れたカーテンの隙間から柔く差し込む春光は、僕の瞼を照らした。

それに身じろげば、辺りから漂うその安心感でいっぱいの匂いに溺れそうになる。

そんな陽だまりの中、うっすらと重い瞼を開く。泣いたせいで腫れているのか、開きづらい目を擦りながらも辺りを見渡した。

「あ…ここ、シヴァン先輩の部屋だ。」

1度、泊まりに来た際通された寝室。あの眠れなかった長い長い時間のことはよく覚えている。

今回はぐっすりと眠れたようで、段々と眠りから覚めてきていた頭はスッキリとしている。

先輩の姿は…見当たらないが、意識が遠のく前に聞いた声はシヴァン先輩のものであろう。

大きく伸びをすれば、自分のワイシャツの前が開いていることに気づいた。サイドテーブルを見れば、僕のローブとネクタイはきっちりと畳まれて置かれている。

「よ、起きたか。」

僕が小さな気遣いに心を和ませていると、ドアが開きシヴァン先輩が入ってきた。

片手に持った水の入ったコップを僕に渡してくれる。礼を言った後、コップに口をつければ、随分と喉が渇いていたみたいでそれを飲み干してしまった。

「…体調は?あれ、トラウマで引き起こされたブラックアウトだろ。」

ブラックアウトとは、トラウマなどから引き起こされる動悸や目眩、覚醒や失神などの広い意味で使われている言葉だ。

確かに、僕はブラックアウトに陥っていたんだと思う。あまり思い出せないけれど。

「そうですね、でも、もう大丈夫です。…それに、先輩も助けてくれたので。」

そう言ってシヴァン先輩を見上げれば、安堵の表情を浮かべていた。
その表情に、僕も安心を覚える。

「開始時に足止めを食らってな。急いで建物を出て、この…俺の腕にも着いてるミサンガでフレイの反応を追ったんだが、まさか空の上だなんて思わなくてな…。」

苦笑しながら、ベッドに腰掛けた先輩は僕の頬を手の甲で撫でてくる。
最近、僕は撫でられても喉が鳴らないコツを覚えたので何とかそれをやり過ごす。

「っ、ん…じゃあ、どうやって僕の事見つけたんですか?」

「フレイが氷の魔力を注いでくれたからな。そこからはあっという間だったよ。」

そう言って見せてくれた先輩のミサンガにも雫のような氷晶がチラホラと付いていた。
僕のもそこに並べてみれば、完全にペアルックみたいになっていた。

「俺があげた時よりも随分オシャレになったな。」

そう言って、笑いながらミサンガを見つめる先輩。

「最初のも好きでしたけど、今は先輩の魔法と僕の魔法が合わさってるみたいで、僕は好きです!…シヴァン先輩と、お揃いですしね。」

そう言えば、一瞬ぽかんとした顔を浮かべたが、すぐに笑顔になった先輩。

「…可愛いこと言ってくれるね。」

先輩は照れ隠しか何か、顔を背けるように部屋の隅のチェストに向かい、引き出しから1枚の紙を取り出してきた。
先輩は僕の目の前にその紙を持ってくる。

「元気そうだし、本題に入るぞ。…フレイ、俺とペアになって欲しい。楽しい旅行にするよ。」

こんな真剣に、こんなに顔の整った先輩から告白なんてされたら、女の子は皆好きになっちゃうんだろうな。
シヴァン先輩の真剣な眼差しにドギマギしつつ、そんな考えも薄らと頭の中をよぎる。 

僕はその問いに二つ返事で承諾した。

「はいっ、僕もシヴァン先輩と一緒が良いです!」

「良かった、ありがとう。」

そう言って、先輩は胸を撫で下ろす仕草をした。
契約の締結、とでも言うように、貰った紙には先輩の名前と僕の名前がインクで書いたように浮き上がってきた。

僕が不思議そうな顔をしてそれを見ていれば、先輩が教えてくれる。 

「それ、結構強い契約書なんだ。この発明がこの学園の生徒だったこともあって、こういう行事にも使われたりしてるんだよ。」

こんな技術を初めて見た僕は、ふむふむと感心してしまう。
契約の証…それに刻まれた並ぶ2人の名前になんだか微笑ましい気持ちになった。


「ごめんな、怖い思いさせて。」

急にシヴァン先輩がそんな事を言ってきた。
何事かと思い記憶を巡れば、すぐに先の争奪戦であることに気づく。

「いえ、シヴァン先輩のせいじゃ無いですよ!…でも、ちょっと怖かったです。もしかして毎年こんな感じなんですか?」

先輩はその問いにうーん、と少し考えながらも話してくれた。

「いや、今回の争奪戦はやり過ぎだ。4年が今度狩る側になってはしゃいだのもあるが…」

狩る側…先輩もうモロで言っちゃってんじゃん!

「今回は1年が豊作でな、どこかの誰かが狙い目だって言って、今回過度に狙われた生徒にあだ名を付けて回ったらしく。フレイとハルラス君のもあるぞ。」

僕の名前もあるの?そう聞けば、当たり前だと返された。そ、そうなんだ。

「その、僕のあだ名って?」

満月フルムーンだ。アンバー色の大きな目は丸い月に、黒髪は闇夜に…て書いてあるぞ。」

そのどこかの誰かさんとやらは丁寧にチラシまで作ったみたいで、4,5,6年全員が持っているそうだ。

そのチラシには5人の名前が書かれていて、僕の名前も3段目にいた。

「確かに、あの時叫ばれた気がします…」

「徐々にこのあだ名が定着して行ったら、フレイじゃなくて満月フルムーン!て呼ばなくちゃな。」


いや、それは正直めちゃくちゃ恥ずかしいのでやめていただきたい。


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