森の精霊 翼の天使

蜜柑桜

文字の大きさ
14 / 22
第三章 聖気

(三)

しおりを挟む
 二度寝から起きるといつも通りの朝だった。
 前日の出来事はなかったくらい自然に一日が始まった。ララナは普段と同じように朝食を平らげ、普段と同じように学校へと出掛けた。ただし、ディレスに部屋から出ないよう何度も言い聞かせたことを別として。
 早朝は見事に晴れていたのにもう雲が出てきている。夏の天気はなんて気まぐれなのだろう。今日は少し涼しくなりそうだ。
「あ」
「おはよ」
 いつもの道で、いつものようにトゥレットに会う。トゥレットの家はララナの家から道を二本隔てたところのレストランの二階で、幼い頃から約束しなくても一緒に登校していた。
「雨、降りそうだな」
「いいんじゃない。涼しくて。なに、やなの?」
 うん、と頷いてトゥレットは道の向こうへ視線を移す。声が低くて、元気が無いように見えた。
「どしたの」
「何が」
「調子悪い?」
「別になんともないよ」
 その言い方もつっけんどんに聞こえる。どこか妙だ。
 ララナはトゥレットの顔をまじまじと見て、息を呑んだ。いつも綺麗な目は険しく、道の先をきつく睨みつけている。あまりに冷徹で、刃物が標的を刺すように。
 しかしララナの目線に気づくと、トゥレットの顔はすぐに普段とたいして変わらぬ柔らかさに戻った。
「なに、気にしてくれるの?」
 頬が上がって少し意地悪な笑顔を作る。さっきのは見間違いだろうか。
「ララナ。人の顔を凝視するなんて……そんなに見つめられると照れるよ?」
「べっつに、そんなじゃないし!」
「照れられるとますますこっちも照れるよ?」
「照れてません」
「ほんとかなぁ。ララナは意地っ張りだから」
「いい加減になさい。大丈夫ならいい」
 いつものからかい調子だ。さっき感じた機嫌の悪さは、もしかしてうっとうしい湿気のせいだろうか。ララナはぷい、と前に向き直った。気にならなくなったとは言えないけれど、遊ばれるのも悔しい。
「祭りも、明後日か」
 しばしの沈黙のあと、呟きがある。やっぱり普段とは違うように聞こえる。しかし横を盗み見ると、トゥレットの表情からは何も読み取れない。
「早いな」
 もしかしてララナが変に敏感になってしまったのかもしれない。「いつも」に戻ろうと、ララナも頷く。
「今年も手伝いかな。私たち」
 うーあーやーだー、と言って渋面を作るララナにトゥレットは苦笑した。
「ララナ、毎年それだよな。毎年、この時期になるとさ、今年も手伝いかなって訊くんだよね。それでそのあとに絶対、やーだーって言うのな。しかも俺に言っても現実は変わんなくて、やっぱり手伝いなの。で、空き時間に俺がララナのところに行くと、抜け出そうって持ちかけるの。変だよね。俺もう抜け出してきてるのに」
「そうだっけ?」
 とぼけてみせたものの図星である。そしてトゥレットが来る時間も、いつもちょうどララナがしびれを切らしそうな頃合いなのも覚えている。
 だから余計に毎回助けられているみたいで恥ずかしい。
「で、祭りが終わったら終わったで、今年もちゃんと参加できなかった、私のせいじゃないのに、良いなぁみんな、いいんだもん、別に私楽しかったからさ、って負け惜しみ言うのな」
「う……あのさぁ、トゥレット、そゆこと覚えてるのやめない? 昔はもっと可愛らしくしてなかった? あどけなく可愛く……愛くるしい少年だったはずなのが……」
 トゥレットに連れ出してもらったうえに愚痴をたらたら話してしまう可愛くないところなんて、すぐさま忘れていいのに。
 ほてってきた頬を隠そうと手を当てたら、快活に笑われる。しかも妙に楽しそうに芝居がかって。
「あはは。ララナ、今年も言うの?」
「人の話を聞くことも覚えなよ」
「言うか賭けようか」
「聞きなさいっ!」
 そうこうしているうちに校門に近づき、道を行く生徒の数も多くなってきた。皆、祭りが近いとあって今日もはしゃぎ気味だ。
「今年は随分、みんな張り切ってるのねぇ」
「あ、先輩おはようございます」
 背後からすっとララナたちの横に並んだのは、背が高くストレートの髪を垂らした女子生徒、スレイだった。
 スレイはララナたちの一つ上の学年である。ララナの店には良く来るので、いつの間にか親しくなりいまでは姉のような存在だ。彼女は面倒見が良いので生徒たちには学年問わず慕われ、教師にはなんでも任せられると頼られている。そのせいか、初等学校から校内のあらゆる委員に推薦されていた。
 事実、いろんなところに目のつく人で、はっきりと言うべきことを言い、それでいて公平なので、ララナも尊敬している。しかし本人はそういった目立つ活動が嫌いでことごとく断るのだが、周囲がそれでも諦めずに委員になってくれと再挑戦を繰り返すほどの人望なのだった。結果的に今学期も、スレイの胸元では校章の下に複数の委員徽章が留まっている。
 スレイは道の先を歩く生徒たちを見ながら、小首を傾げてララナとトゥレットに問う。
「ここ数年、ここまで華やかだったのはないんじゃないかしら。どうしたのかしらね、異様にみんな気が昂っているから力入っちゃって、祭りにかこつけた学内の特別行事も多くて。仕事もいっぱい回ってきちゃうのよね。私、祭り関連の委員じゃないんだけど。いやんなっちゃう」
 スレイがこんな風に愚痴をこぼすことも多くない。相当、参っているのだろう。
「ララナもトゥレも今年もお店で?」
「多分。まだ仕事の時間がどのくらいか言われてないんですけど」
「先輩はダンス、出るんですか?」
 ララナが聞くと、横でトゥレットがくっくっと笑い出した。ララナはトゥレットを肘でこづいて顔をしかめる。
「出たいは出たいけど。私、あのダンスの雰圃気が好きなのよね。でも今年は儀式的に参加するだけかなあ。毎年のダンスの朗らかな調子、好きなんだけど……今年はどうかしら。なにか空気が違うじゃない?」
 スレイは肩を竦める。
「すごい異様じゃない、このみんなのはしゃぎよう。この気迫でダンスの空気まで変わっちゃったら嫌だわと思ってね。どうしようかしら」
 何でこんなに盛り上がっているのか、と呟くスレイの言葉に、ララナはふと、店に来た常連が話していたのを思い出した。
「あ、今年って、年の前半に森の果物とかが沢山採れたらしいんですよ。最近は噂の冷風で森に入れないらしいですけど。去年と比べると春の収穫が少し良くて、大喜びだったみたいなんですけど、それで仕事に精を出したらそのあとも随分と沢山とれたんですって」
 そういえば花で作る祭りの飾りもいつもより多いんじゃないかな、と、街路を彩る花々を見回して気がつく。
「もしかして、だから感謝を込めて祭りも盛大になっているのかな……陽も良く出ていたから農地でも作物の出来が良かったそうですね。水をやるのが大変だったらしいけど」
「あ、それなら聞いた。ついこの間まで絶好で。でも今は少し、陽射しが強すぎて困るみたい。今までは適度だったけどって。でもこの一年、確かに例年にない十二分な量の収穫を得られているらしいわね」
「そう、そうですね、きっと。だからみんなはしゃいでるんですね」
「なるほどねぇ。それでってわけね」
 その時、トゥレットの顔が少し曇ったのをララナは視界の端で捉えた。
「トゥレット? どうしたの?」
「ん?」
 振り向いたのはいつもの彼の笑顔だった。
「別になんでもないよ?」
 そう? とだけ問いかえしたが、一瞬とはいえ、見間違いだったとはララナには思えなかった。理由はわからないけれど、目に入った表情が頭にひっかかる。
 しかしララナの違和感は、背後から呼びかける声のせいで別の方向へ行かざるを得なかった。
「トゥレット先輩っ!」
 数人の女子生徒、おそらく下級生がララナたちの方へ向かって駆けてくる。常ならぬ気迫にララナは一歩後退りした。
「あのっ、これ、どうぞ!」
 そう言って、いな、叫んで、トゥレットに可愛いラッピングをした袋を押しつけて、またも異常な勢いで去っていく。
「うわあ。相も変わらずもてていらっしゃること」
 トゥレットの手の中を見てスレイが感嘆を漏らす。
「俺、あの子たちのこと知らないんだけど……」
 去っていった大群を感情なく眺める幼馴染を横に、ララナはわざと大きくため息を吐いた。
「ほんと相も変わらず。よくやるよね、あの子らも」
 こんな詐欺師まがいの男にさ、とララナは口の中で呟いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。

猫菜こん
児童書・童話
 小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。  中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!  そう意気込んでいたのに……。 「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」  私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。  巻き込まれ体質の不憫な中学生  ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主  咲城和凜(さきしろかりん)  ×  圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良  和凜以外に容赦がない  天狼絆那(てんろうきずな)  些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。  彼曰く、私に一目惚れしたらしく……? 「おい、俺の和凜に何しやがる。」 「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」 「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」  王道で溺愛、甘すぎる恋物語。  最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

左左左右右左左  ~いらないモノ、売ります~

菱沼あゆ
児童書・童話
 菜乃たちの通う中学校にはあるウワサがあった。 『しとしとと雨が降る十三日の金曜日。  旧校舎の地下にヒミツの購買部があらわれる』  大富豪で負けた菜乃は、ひとりで旧校舎の地下に下りるはめになるが――。

少年騎士

克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞参加作」ポーウィス王国という辺境の小国には、12歳になるとダンジョンか魔境で一定の強さになるまで自分を鍛えなければいけないと言う全国民に対する法律があった。周囲の小国群の中で生き残るため、小国を狙う大国から自国を守るために作られた法律、義務だった。領地持ち騎士家の嫡男ハリー・グリフィスも、その義務に従い1人王都にあるダンジョンに向かって村をでた。だが、両親祖父母の計らいで平民の幼馴染2人も一緒に12歳の義務に同行する事になった。将来救国の英雄となるハリーの物語が始まった。

9日間

柏木みのり
児童書・童話
 サマーキャンプから友達の健太と一緒に隣の世界に迷い込んだ竜(リョウ)は文武両道の11歳。魔法との出会い。人々との出会い。初めて経験する様々な気持ち。そして究極の選択——夢か友情か。   (also @ なろう)

今、この瞬間を走りゆく

佐々森りろ
児童書・童話
【第2回きずな児童書大賞 奨励賞】  皆様読んでくださり、応援、投票ありがとうございました!  小学校五年生の涼暮ミナは、父の知り合いの詩人・松風洋さんの住む東北に夏休みを利用して東京からやってきた。同い年の洋さんの孫のキカと、その友達ハヅキとアオイと仲良くなる。洋さんが初めて書いた物語を読ませてもらったミナは、みんなでその小説の通りに街を巡り、その中でそれぞれが抱いている見えない未来への不安や、過去の悲しみ、現実の自分と向き合っていく。  「時あかり、青嵐が吹いたら、一気に走り出せ」  合言葉を言いながら、もう使われていない古い鉄橋の上を走り抜ける覚悟を決めるが──  ひと夏の冒険ファンタジー

【完結】またたく星空の下

mazecco
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞 君とのきずな児童書賞 受賞作】 ※こちらはweb版(改稿前)です※ ※書籍版は『初恋×星空シンバル』と改題し、web版を大幅に改稿したものです※ ◇◇◇冴えない中学一年生の女の子の、部活×恋愛の青春物語◇◇◇ 主人公、海茅は、フルート志望で吹奏楽部に入部したのに、オーディションに落ちてパーカッションになってしまった。しかもコンクールでは地味なシンバルを担当することに。 クラスには馴染めないし、中学生活が全然楽しくない。 そんな中、海茅は一人の女性と一人の男の子と出会う。 シンバルと、絵が好きな男の子に恋に落ちる、小さなキュンとキュッが詰まった物語。

【完結】アシュリンと魔法の絵本

秋月一花
児童書・童話
 田舎でくらしていたアシュリンは、家の掃除の手伝いをしている最中、なにかに呼ばれた気がして、使い魔の黒猫ノワールと一緒に地下へ向かう。  地下にはいろいろなものが置いてあり、アシュリンのもとにビュンっとなにかが飛んできた。  ぶつかることはなく、おそるおそる目を開けるとそこには本がぷかぷかと浮いていた。 「ほ、本がかってにうごいてるー!」 『ああ、やっと私のご主人さまにあえた! さぁあぁ、私とともに旅立とうではありませんか!』  と、アシュリンを旅に誘う。  どういうこと? とノワールに聞くと「説明するから、家族のもとにいこうか」と彼女をリビングにつれていった。  魔法の絵本を手に入れたアシュリンは、フォーサイス家の掟で旅立つことに。  アシュリンの夢と希望の冒険が、いま始まる! ※ほのぼの~ほんわかしたファンタジーです。 ※この小説は7万字完結予定の中編です。 ※表紙はあさぎ かな先生にいただいたファンアートです。

処理中です...