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第三章 聖気
(四)
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「どーしようかなあー」
ディレスは床にあぐらをかいて腕組みをしながら天井を見上げた。ララナは外に出るなと言っていたけれども、外に出ないとなると、一日中やることがない。
部屋の中には物珍しいものが沢山あるし、色々といじってみたかった。反応が本当に起きないか確かめたい——いや、より正しく言えば、どれも天上にはないもので、触っておかないとすごく損をする気がしてしまう。
こんな機会はもうないかもしれない。そう思うとディレスには周りにあるものが輝いて見えるのだが、ララナに怒られそうなのでじっと我慢しているしかないのだった。
しかし物でも触っていないと落ち着かない理由はもう一つある。突き上げてくる焦りが翼を震わせ、今にも飛び立ちたいと主張する。
祭りまであと二日しかない。行かなくてはいけないところがある。
開け放した窓から空を見上げた。陽の精の力は例年より強いけれども、今日は雲と風の精がやや元気なせいか、ディレスが耐えられないほどはげしく騒いではいなかった。
ララナが心配してくれているのは心から嬉しい。しかしディレスには約束がある。一年の中でたった一回。ずっと昔から何年も続く約束。その何年もの中でただの一度も破ってはいけない約束だ。
今行かなくては、この後自分が一番後悔することを知っている。
——ちょっとくらいなら、ララナに黙って行ってもいいかな。
まだ朝だ。ララナは少なくとも昼までは帰っては来ないだろう。母親が昼御飯を忘れるなとララナの出がけに叫んでいたみたいだったから。
ベランダの窓のすぐ外を呑気な風が通り過ぎる。昨日、ディレスが森の前で会ったのとは違う風の精だ。
——あいつらも、今日はこんなふうにイラついてはいないかも。
ララナの母は階下にあるお店にいるから、休憩が入るとしても昼時だろう。それまでなら出ていても分からないかもしれない。
ディレスは廊下に出て辺りを見回し、人のいないことを確かめてそっと扉を閉めた。音をなるべく立てないように——天使はほとんどいつも音を立てずに動いているのだが、こう狭くては翼が物を倒しかねない——ペランダヘそろそろと出る。
深く息を吸う。吐く。ゆっくりと、もう一度。
調子は良さそうだ。途中で休まずとも昼ぐらいまでなら飛び続けられるだろう。慎重に翼を動かした。道路は今なら人がいない。
意を決して飛び上がる。裸足でベランダの床を蹴ると、簡単に宙へと浮かび上がることができた。身体を斜めに倒し、大きく翼を広げて上げる。そしてゆっくり下げて、空中を少し進む。
翼の調子は落ちついているようだった。最初は緩やかなリズムで翼を上下する。風がディレスの周りに起こって髪の毛を軽く遊ばせる。
陽の光は思ったより少ないのか、外に出たら少し肌寒く感じられたが、これくらいなら問題にはならない。
よし、と口に出して、前を向く。森が見えた。木々が辛そうにざわめいている。ちょっと怖かった。それでも行ってみるほかない。
足を出すのと同じように、何も考えずに翼は動く。目標は森だと翼に言い聞かせ、低空を飛んだ。
途中の道を何人かの人間が行き来していたが、ディレスに気付いた様子はない。何本目かの道を越えたとき、目に映る情景に違和感を感じた。下を見て確認する。勘違いではない。視界に入る風景の色がいつもと違うのだ。
「あれ……ない? ちょっと待て。そんなことはないはず……」
空中で止まり、回れ右をして逆方向に飛ぶ。今度は地面を隅から隅まで見ながら。だが思った通り、地上に本来あるはずのものが、どの通りにもない。
「おかしいな……。仕事さぼったわけじゃないのに」
糸がこんがらがったような気持ちを抱えて、しきりに首を傾げながら縦横に飛んでは少し止まって、もう一度とって返す。それを何回も繰り返して探してみたが、それでも見つからない。
——やっぱり変だ。誰かが持っていったなんてありえない。
そうしていくつもの道を確認しながら、しまいには再びララナの家の方へと近づいてしまう。
「ん……?」
道の隅に探していたものの一つが光るのを見つけ、急降下してそのそばへ降り立つ。
「嘘だろ。これだけかよ」
拾い上げたそれを検分する。ララナの家はもう、すぐそこだった。
風が巻き上げただけかもしれない。きっと気にしすぎだ。見つけた物をひらりと落とし、ディレスはもう一度、森へ飛んでいった。
ディレスは床にあぐらをかいて腕組みをしながら天井を見上げた。ララナは外に出るなと言っていたけれども、外に出ないとなると、一日中やることがない。
部屋の中には物珍しいものが沢山あるし、色々といじってみたかった。反応が本当に起きないか確かめたい——いや、より正しく言えば、どれも天上にはないもので、触っておかないとすごく損をする気がしてしまう。
こんな機会はもうないかもしれない。そう思うとディレスには周りにあるものが輝いて見えるのだが、ララナに怒られそうなのでじっと我慢しているしかないのだった。
しかし物でも触っていないと落ち着かない理由はもう一つある。突き上げてくる焦りが翼を震わせ、今にも飛び立ちたいと主張する。
祭りまであと二日しかない。行かなくてはいけないところがある。
開け放した窓から空を見上げた。陽の精の力は例年より強いけれども、今日は雲と風の精がやや元気なせいか、ディレスが耐えられないほどはげしく騒いではいなかった。
ララナが心配してくれているのは心から嬉しい。しかしディレスには約束がある。一年の中でたった一回。ずっと昔から何年も続く約束。その何年もの中でただの一度も破ってはいけない約束だ。
今行かなくては、この後自分が一番後悔することを知っている。
——ちょっとくらいなら、ララナに黙って行ってもいいかな。
まだ朝だ。ララナは少なくとも昼までは帰っては来ないだろう。母親が昼御飯を忘れるなとララナの出がけに叫んでいたみたいだったから。
ベランダの窓のすぐ外を呑気な風が通り過ぎる。昨日、ディレスが森の前で会ったのとは違う風の精だ。
——あいつらも、今日はこんなふうにイラついてはいないかも。
ララナの母は階下にあるお店にいるから、休憩が入るとしても昼時だろう。それまでなら出ていても分からないかもしれない。
ディレスは廊下に出て辺りを見回し、人のいないことを確かめてそっと扉を閉めた。音をなるべく立てないように——天使はほとんどいつも音を立てずに動いているのだが、こう狭くては翼が物を倒しかねない——ペランダヘそろそろと出る。
深く息を吸う。吐く。ゆっくりと、もう一度。
調子は良さそうだ。途中で休まずとも昼ぐらいまでなら飛び続けられるだろう。慎重に翼を動かした。道路は今なら人がいない。
意を決して飛び上がる。裸足でベランダの床を蹴ると、簡単に宙へと浮かび上がることができた。身体を斜めに倒し、大きく翼を広げて上げる。そしてゆっくり下げて、空中を少し進む。
翼の調子は落ちついているようだった。最初は緩やかなリズムで翼を上下する。風がディレスの周りに起こって髪の毛を軽く遊ばせる。
陽の光は思ったより少ないのか、外に出たら少し肌寒く感じられたが、これくらいなら問題にはならない。
よし、と口に出して、前を向く。森が見えた。木々が辛そうにざわめいている。ちょっと怖かった。それでも行ってみるほかない。
足を出すのと同じように、何も考えずに翼は動く。目標は森だと翼に言い聞かせ、低空を飛んだ。
途中の道を何人かの人間が行き来していたが、ディレスに気付いた様子はない。何本目かの道を越えたとき、目に映る情景に違和感を感じた。下を見て確認する。勘違いではない。視界に入る風景の色がいつもと違うのだ。
「あれ……ない? ちょっと待て。そんなことはないはず……」
空中で止まり、回れ右をして逆方向に飛ぶ。今度は地面を隅から隅まで見ながら。だが思った通り、地上に本来あるはずのものが、どの通りにもない。
「おかしいな……。仕事さぼったわけじゃないのに」
糸がこんがらがったような気持ちを抱えて、しきりに首を傾げながら縦横に飛んでは少し止まって、もう一度とって返す。それを何回も繰り返して探してみたが、それでも見つからない。
——やっぱり変だ。誰かが持っていったなんてありえない。
そうしていくつもの道を確認しながら、しまいには再びララナの家の方へと近づいてしまう。
「ん……?」
道の隅に探していたものの一つが光るのを見つけ、急降下してそのそばへ降り立つ。
「嘘だろ。これだけかよ」
拾い上げたそれを検分する。ララナの家はもう、すぐそこだった。
風が巻き上げただけかもしれない。きっと気にしすぎだ。見つけた物をひらりと落とし、ディレスはもう一度、森へ飛んでいった。
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