森の精霊 翼の天使

蜜柑桜

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第一章 星

(二)

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 母が帰ってきてみんなで夕食になった。聞くところによると今夜、トゥレットの両親は取引先との集まりで遅くなるらしく、彼らの帰る頃までトゥレットはララナの家で預かるという話になったらしい。
 もうこんなことも何度目になるだろう。両親を継いで料理人になりたいというトゥレットは、せっかくだから菓子作りの技も磨きたいとララナの父に半ば弟子入りしている。たまにララナの家の店番を任されているのもそれが理由である。そして食事を一緒にとるときには、調理の練習と言ってトゥレットが振る舞ってくれることがよくあった。
 彼にとってはすでに勝手知ったるララナの家の厨房であり、今日の主菜は魚料理。彼が父親から伝授された味だ。職人仕込みの技をいつも見ているララナでさえ息を呑む盛り付けの鮮やかさ。そして見た目だけではない。火に炙られて部屋に満ちる香草の香りが食欲をそそる。
「あらトゥーレ、腕をあげたかしら? 今日のはまた凝ってるわね」
 ララナの母が魚にソースをつけながら笑みをこぼす。それにつられてララナもスプーンでソースを掬って口に運んだ。色々な種類の調味料が混ぜられているようで、不思議な味だ。香草が魚の臭を消して、味は濃すぎず、柑橘の風味も加わりさっぱりとして美味しい。
「どうも。あ、おもての香草、使わせてもらいましたよ」
「どうぞどうぞ」
「香草の種類、増えましたね。作るの、すごく楽しかったです」
「あらぁそれは良かったわ。もっと増やそうかしら」
「楽しみにしてますね」
 いつも聞いている会話だが、どうもこの二人は昔から仲が良い。もともとララナの母は男の子が好きだが(力持ちだし、頼りになるし、一人家に欲しかったわ、とかいつも言っている)、ララナがこうした会話を聞いていて自分がのけ者にされた気分になるのは、子供っぽいと言うのだろうか。
 そんなもやっとした気持ちがふと浮かんだのに気が付き、「別にトゥレットが誰と話そうといいんだけど」とパンを勢いよくちぎって打ち消す。
「ところでララナ、今日ティナちゃんに会ったわよ」
「ん? 何か言ってた?」
 今度は豪勢にナイフで魚を切りながら尋ねる。
「特には……でも妙に浮かれていたみたいだったわねえ。お祭りが近いからだけって感じではなくて。あの子、あんまりふわふわした気分だとおっちょこちょいだから怪我でもしないかしら。羽目を外さないように気をつけていてあげなさいね」
 母は心配そうにそう言うが、そんなに気にすることかな、とララナには疑問である。ティナが泣いたり笑ったり忙しいのは確かだけれど、学校も町も祭りに向けて準備が進んでいる中で楽しくないはずはない。
 しかも今年の祭りは特別なのだ。年頃の娘である自分たちが浮かれない方がおかしい。
 ——なんて言ったって、やっとダンスに参加できるんだもの。
 待ちに待った十五歳になる歳。祭りのダンスへの参加が許される初めての年。こんなに胸がどきどきするのに。
 ——お母さんだって昔はそうだったんじゃないのかな。
 同じ十五歳の時があったはずなのに、どうして大人は忘れてしまうんだろう。たった一度の機会なんだから、思い切り羽目を外したっていいのに。
「ララナ、聞いてる?」
「はいはい、明日、ティナの様子に気をつけます」
 大人って変な心配で楽しい気分に水を差すんだから、と心の中で文句を言いながら、ララナはトゥレット自慢のスープに口を付ける。
「あっ、ちょっと待て!」
「うっ?」
 いきなりの制止にむせこむ。塩の効いたスープが気管に入って痛い。
「な、なに、かはっ」
 ごほごほと咳き込むララナに「悪い」とひと言謝っただけでトゥレットは台所へ駆け込んでいった。母に背中を叩いてもらうけれどなかなか止まらない。さらに言えば咳よりも塩の辛さがきつい。塩が効き過ぎだ。痛い。
 自分でも胸をどんどんと叩いて、ようやく収まってきた頃にトゥレットが蒸した人参とじゃがいもを持って帰ってきた。
「ごめん。これ入れるの忘れてた。味付け強めにしといて、あとからこれ入れてちょうど良くするつもりで。早めに入れると崩れちゃうし」
 そう言いながらてきぱきと各自のスープ皿に人参とじゃがいもを入れていく。
ララナは素早い手捌きを見ながらも、こんなんじゃまだまだ一人前の料理人にはほど遠いぞ、と心の中で悪態をついた。
 あと少しで帰ってくる父の皿に人参とじゃがいもを入れ忘れなければいいけれど。
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