森の精霊 翼の天使

蜜柑桜

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第一章 星

(三)

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 夕飯を終え、もう少しで寝る時間という頃、ララナはベランダに出ていた。
 洗って濡れた髪が夜風に吹かれて気持ちがいい。夏とはいえ夜になれば、昼のちくちくする陽射しとは対照的に、やや冷えた空気が肌をなでる。
 空にはひときわ明るい星が三つ。繋いでみれば大きな三角形を作る。夏の大三角。少しずれて蠍座のアンタレスが赤く光っている。月は出たばかりで東の空にあった。南の地面近くでは教会がまだ明かりを灯している。その明かりが辺りを暖かく照らしていて、教会の上には星があまり見えない。
 祭りの日になると地上の明かりはもっと増える。夜でも人が多く出歩くのでお店も遅くまでやるのだ。ララナの家もトゥレットの家も例外ではない。
 でもララナは暗い夜の方が好きだ。明るい夜も楽しいし安全だから嫌いではないけれど、その明るさは星の輝きを隠してしまう。作られた明かりよりも星が放っている光の方がよほど綺麗で透明で美しいのに、どうして簡単に人が作った光に負けてしまうのだろう。
 小さな頃からずっとそう思っていた。自然が降らすきらめきは優しくて、暗い部屋で一人眠るのがちょっと怖くても、幼いララナを安心させてくれる。今でも星は大好きで、よく夜空を眺めるのだった。
 でもなぜだろう。今日の夜は、不思議な感覚がする。
 月は楕円に近い形をしている。膨らんだ上弦の月だ。まんまるになるまでもう少しの月。祭りは満月の夜から。あとそういく日もない。
 満月の四分の三しかないのに、その光はいつにも増して強く見えた。不安な色に思えた。普段の透明感のある白い色ではなくて、古くなった檸檬みたいにくすんだ色だ。
 ふっと、背筋に寒いものが走った。その理由はわからないけれど、激しく動悸がした。森の方の木々が妙に激しく風に吹かれている。胸騒ぎはそのせいだろうか。
「あれ、どうしたの」
 いきなり背後からした声にビクッと身体が震えて、身を乗り出していたララナは慌てて手すりを握りしめた。バランスを取ったところで振り返れば、ベランダに入ってきていたのはトゥレットである。彼は今夜、泊まっていくことになったのだった。よくあることだ。またララナの母が誘ったのだろう。
「嫁入り前の娘の部屋に来ないでよ」
「ここベランダでしょ」
「私の部屋に入らないと来れないでしょ」
「デザートいらないの?」
「話逸らさないでよ」
「無意味に話してたら無駄なこともあるんだよ」
 完璧な笑顔でこんな風に話をまとめ上げるなんて、やっぱりこの男は詐欺だ。でもなぜか父親にするみたいには反論できない。
 そんな自分がちょっと情けなくなって、ララナはベランダの手すりに頭をもたせかけた。
「また星を見てたのか」
「礼儀を知らないお子様には教えてあげない」
 怒ってますよ、と膨れっ面をしてみせると、トゥレットもやれやれと両手をあげる。その顔は先ほど以上に柔らかく微笑んでいるだけだけれど。
「無礼を詫びましょう?」
 優しい声音で優雅に礼を取る。
「夜のお茶会にお誘いしてもよろしいでしょうか」
 トゥレットのすすき色の髪の毛が夜風に揺れる。伏せた瞳が夜の闇を映し、さらに深い紺色になって夜空の色に近くなる。
「喜んで、お誘いをお受けしましょう」
 ララナも腰を少し下げて、頭を垂れた。
「光栄の至り。御案内いたします」
 手を取ってトゥレットが顔を上げ、もう一度、にっこりと笑った。そしてお互い、顔を見合わせて吹き出す。しばらくの間、二人してくすくす笑いが止まらない。
「なにこれ」
「今度の祭りの時の礼の取り方。学校で教わった」
 相手でもいるのかな——いつもの会話みたいにすぐ聞けばいいのに、咄嗟に言葉が出なかった。そして直後、そう気になった自分が不思議で、ララナはキュッと唇を引き結ぶ。
「じゃ、改めて。参りましょうか」
 改めて差し出された手を、ちょっと迷ってから受け取って、トゥレットの横顔を見た。ベランダの星空の下、少ない明かりに照らされたその顔は、昼間の何倍も綺麗だった。そして、やっぱり優しそうな笑顔だった。
 無意識にララナの顔が熱くなる。
 ——まずい……やっぱりこいつ、かっこいい、のかな。
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