推しカプのために当て馬ヤンデレキャラを演じていたら、展開がおかしくなってきた

七瀬おむ

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1巻

1-1

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    プロローグ


「グレン君、もう一生僕以外の人と話さないで。僕だけを見てよっ!!」

 二人きりの部屋の中。僕は「アルト・リドリー」のセリフを思い出しながら、声を張りあげる。
 目の前にいるのは、前世で大好きだったBL小説の「攻め」――グレン・アディソンだ。
 我ながら「当て馬ヤンデレキャラ」の演技は完璧だった。僕はグレンに拒絶されることを期待しながら、彼を見上げる。
 しかし僕の予想に反して、グレンは恍惚とした笑みを浮かべた。

「ああ、わかった。お前以外とは二度と喋らない」

 そして彼はゆったりと僕の手をとり、愛おしそうに指を絡めた。

「グレン君!?」
「お前も、これからは誰とも話さないよな?」
「あ、えっと、それは」

 なんなんだ、この状況は!
 どうしてこうなったんだろう。僕はただ、小説の通りにヤンデレキャラを演じただけだったのに……!
 想定外の展開になってしまい、僕は涙目で顔を引きつらせた。



    第一章 転生したら当て馬ヤンデレキャラでした


 僕には、大好きな小説があった。
 クラスメートたちの談笑の声で溢れる教室。僕はぽつんと端の席に座り、ブックカバーのかかった一冊の本を取り出した。
 みんなに見えないようにこっそりと、ブックカバーを少しだけ外して表紙を眺める。そこには『高嶺の令息と秘めたる恋』というタイトルと、二人の美麗な男子が描かれた表紙があった。
 僕は緩みそうな頬をなんとか引き締めて、カバーを着け直し、深呼吸をしてからページを捲る。すると不思議なことに、周囲の喧噪けんそうは一切気にならなくなり、僕は「彼ら」がいる世界だけに没頭することができる。もはや暗記できるほど読み込んで、幾度となくページを捲ってきたはずなのに、冒頭を読み始めるときのわくわくとした気持ちは止まらない。
『高嶺の令息と秘めたる恋』は、僕が腐男子になるきっかけとなった作品だ。
 僕は元々、親から漫画やゲームなどの娯楽を一切禁じられていた。しかし参考書を買いに本屋へ行ったとき、店の隅にある一角でこの小説に出合ってしまった。美麗な表紙に心を奪われて衝動的に購入してから、ずぶずぶとBLという底なし沼にはまっていった。
 この小説は、平民の美少年が貴族の攻めと恋に落ちるという、王道の異世界ファンタジーBLだ。メインカップリングはクールな美形生徒会長「グレン」×平民の美少年「シリル」。物語は、シリルが名門のリーベルタース魔法学園に入学し、三年生のグレンと出会うところから始まる。
 入学当初は平民であることから冷遇されていたシリルだが、持ち前の明るさと行動力で周囲から認められていき、最終的には侯爵家の次男であり、誰もが一目置く存在であるグレン・アディソンと結ばれるというストーリーだ。
 僕はこの二人が大好きで、いわゆる「推しカプ」だった。
 しばらく物語の序章を読みふけっていた僕は、予鈴が鳴ったのを聞いて手元の本から顔を上げた。他の生徒たちも教室に戻り始めたので、本を鞄にしまい、代わりにスマホを弄る。チェックするのは、BL専門のニュースサイトだ。

「あ、アニメ化!?」

 そのとき目に飛び込んできたのは、『高嶺の令息と秘めたる恋』がアニメ化するというニュースだった。スマホの画面をとてつもない勢いでタップしながら、情報を収集していく。どうやらアニメは半年後に放送されるらしい。
 動いて話す、推しカプが見られるのか!?
 僕は涙腺が緩むのを感じながら、感動に打ちひしがれていた。小説を読んで何度も頭の中で想像してきた推しカプの絡みが、映像化するなんて! 腐男子としてこれ以上の幸せはないだろう。
 なにがあっても、アニメが開始する半年後までは生きなければ……!
 僕はぐっと拳を握り、生きる意味を与えてくれてありがとう、と神様に感謝した。アニメが放送されたら、親の目を盗んでなんとか視聴するつもりだった。
 ――しかしその半年後、アニメ開始の前日に、僕は不運にも交通事故に遭って命を落としてしまった。
 コンクリートに自らの血が広がって意識が遠のいていくのを感じながら、最期の瞬間、たしかに思っていた。
 いつも一人ぼっちで、友人もいなければ恋人もいない。今思えばぱっとしない人生だったけど、推しカプが動く姿だけは見たかった……


 そんな僕の願いを、神様は叶えてくれたのだろうか。
 僕は「前世」の記憶を走馬灯のように思い出して、最終的にはそんなことを考えていた。

「リドリー」

 教師に呼びかけられ、はっと気がつく。広々とした教室で、黒板の前に立つ僕のことを大勢の生徒が見ていた。目の前に広がる光景は前世の高校の教室ではなく、『高嶺の令息と秘めたる恋』で描かれていた魔法学園の教室そのものだった。見上げるほどに高いドーム型の天井と、幾何学模様のステンドグラスから降りそそぐ陽光が室内を明るく照らしている。

「さ、三年から途中入学することになりました。アルト・リドリーです。よろしくお願いします」

 混乱しながらも挨拶を絞り出すと、クラスメートたちのまばらな拍手が聞こえた。どこからともなく「リドリーって、伯爵家の?」「あんな子いたっけ?」と話す声が聞こえる。

「それじゃあ、リドリーはあの席に座ってくれ」

 教師は木製の長机が並ぶ教室の一番奥、窓際の席を指さした。僕はおずおずと指定された席に腰かける。

「はあ……」

 担任教師がホームルームを開始し、なにやら話しているが、今はそれどころではない。
 ――リーベルタース魔法学園の初登校の日。僕は大好きなBL小説の世界に転生してしまったことに気づいたからだ。
 視線を移して左横の窓に映った自分の姿を見る。毛先が外にハネていて、ふわふわとした質感の薄ピンクの髪の毛に、紫の瞳。顔は大きめの目以外特筆すべきところはなく、小ぶりなパーツが集まっている。
 もちろん、このキャラクターのことも知っている。「アルト・リドリー」――三年生から途中入学し、グレンと一緒のクラスになる人物だ。

「そうだ、リドリー。もし足りない教材があったら、隣の席のアディソンに見せてもらってくれ。まだ届いていない教材もあるからな」
「あっ、はい! あ、アディソン?」

 考え事にふけっていた僕は、突然教師から話を振られて我に返った。
「アディソン」という言葉にぴくりと反応してしまう。僕の聞き間違いでなければ、教師が言っていたのはグレン・アディソン、つまり推しカプの攻めのことではないだろうか。しかもさっき、隣の席と言ってたような……?
 先ほどまで気が動転していて、クラスメートの顔まで見る余裕がなかった。僕は大きく息を吐くと、おずおずと右隣に視線を寄せた。
 僕の隣には、推しカプの攻め、グレン・アディソンが座っていた。
 艶のある金髪に、エメラルドグリーンの瞳。すっと通った鼻梁びりょうに、形のいい唇。背筋は毅然と伸び、長身に引き締まった肉体と、長い手足のおかげか座っているだけなのに気品が感じられる。
 僕は少し覗き見をするつもりが、しばらくグレンに見惚れてしまっていた。
 そのとき、ホームルームの終了を告げるチャイムが鳴る。僕は急いで視線を外そうとしたが、その前に彼が眉根を寄せて、こちらに目を向けた。
 ――推しが、動いた! アニメ化、いや実写だこれ!
 イメージ通り、いやそれ以上の圧倒的な美しさに、胸が打ち震える。

「なんなんだ?」

 グレンは訝しげに僕を見ていた。

「ご、ごめんっ。グレン君、隣の席になれて嬉しい、です。これからよろし……」
「ああ」

 グレンは僕の言葉を遮るようにして、ふいと顔を逸らした。
 彼の態度はひどくそっけなかったが、僕にはそんなことを気にしている余裕はなかった。低く響くような声まで、まさに小説から想像していたものとぴったりだったからだ。
 興奮と感動の渦にのまれてしばらく呆然としていたが、はっと顔を伏せると、手で胸のあたりを押さえた。
 グレンを間近で見ることができた僕は、ようやく冷静になってきた頭の中で、必死に考える。
 ――この世界で、僕はどうすればいいんだ!?
 その瞬間、僕は自分が転生してしまった「アルト・リドリー」の物語上の役割を思い出した。
 彼は推しカプの攻めであるグレンに恋心を寄せ、受けであり主人公のシリルのライバルとなるキャラだ。小説の中での登場回数は多く、二人の仲をかき乱そうとするも、結局その行動が二人の仲を深めるきっかけになるという、いわゆる「当て馬」のポジションであった。アルトがいたからこそ、二人は無事に結ばれたと言っても過言ではない。
 それなら僕の役割は、小説の通りに当て馬であるアルトを演じることなのではないか。
 僕は前世で、『高嶺の令息と秘めたる恋』のアニメを視聴できずに命を落としてしまった。今こうして僕が転生したのも、あれだけ大好きだった小説の世界を特等席で眺めていいよという、神様の思し召しなのかもしれない。
 僕は今度こそ、動いて話す推しカプを、この目で見られるのだ。そう思うと、転生してしまったという困惑は消えていき、全身にやる気がみなぎってくる。
 ――やろう。僕が推しカプの当て馬キャラを演じて、二人をくっつけるんだ!
 僕は唇を噛みしめ、ぐっと拳を握った。思わず「よし」と小さく声に出してしまい、グレンが怪訝そうな表情でこちらを一瞥した。


    ***


「よく考えたら、僕にできるのか?」

 無事に初登校を終えて、学園の寮の自室に入った僕は全身鏡を見ながら呟いた。この世界に転生してから十八年、ずっと付き合ってきた自分の姿が、前世を思い出した今となっては全く違う印象に見える。僕は当て馬キャラを演じることを決意してから、自らの――「アルト・リドリー」の過去を思い返し、未来についても考えていた。
 アルト・リドリーは、優秀な魔法使いを輩出しているリドリー伯爵家の長男として生まれた。子供に無関心な父と、教育熱心な母。アルトは幼いころ、母から跡継ぎとして厳しい指導を受けていた。口答えすることは許されず、なにか一つでも母の意に沿わぬことを言えば、「あなたの意見なんて聞いてない」と否定され続けてきた。アルトはだんだんと自分の意見を言わなくなり、従順に、親の期待に応えるために身を削るようになっていった。
 しかし、そんな日々は突如として終わりを迎える。八歳のとき、アルトが大病を患ってしまったのだ。幸いにも命に別状はなかったものの、過密な学習スケジュールにはとうてい耐えられない。すると両親は病気の長男に家督を継がせるのは困難だと早々に諦め、三歳下の健康で優秀な弟に愛情を注ぎ、後継者としての教育をするようになった。
 その後、母は手のひらを返したように無関心になった。アルトは屋敷の自室のベッドで、いつも一人きりだった。来てくれるのは医師や使用人たちだけ。けれど、彼らも仕事をこなしたらすぐに帰ってしまう。親から見捨てられた貴族の子息を気にかける者は誰もおらず、アルトは日々孤独感を募らせていった。
 そんなアルトの唯一の希望は、病気を治して「彼」に会いにいくこと。
 ――「彼」はアルトが病気になる数か月前に、貴族たちの集まる社交パーティーで出会った男の子だ。
 アルトは華やかなパーティーに初めて参加したはいいものの、貴族たちと上手く交流できなかった。両親から呆れたように他の場所で待ってなさいと言われ、アルトはパーティー会場のバルコニーに出て膝を折り、嗚咽を漏らしていた。そんなとき、現れたのが彼だった。

『びっくりした。まさか人がいるなんて』

 突然頭上から声がして、アルトはゆっくりと顔を上げる。そこには金髪にグリーンの瞳を持った、同い年くらいの美しい少年が立っていた。
 アルトはこんなところで泣きじゃくっている自分が恥ずかしくなり、再び顔を伏せた。どうか見なかったことにして、早くいなくなってほしい。そんな胸中とは裏腹に、少年はアルトに近づいて優しく声をかけた。

『俺もしばらくここにいていい? 話すの疲れちゃって、抜けてきたんだ』
『う、うん』

 てっきり馬鹿にされるものだと思っていたので、少年の言葉にひどく驚いた。
 少年はうずくまるアルトの隣に座って夜空を見上げた。沈黙の時間が続き、しばらくしてから、少年が話を切り出した。

『お前、名前は?』
『アルト・リドリー、です』
『アルト、な。さっきからなんで泣いてるんだ?』
『僕……パーティーに参加する前に、挨拶の仕方とか色々教えてもらってたのに、全然上手くできなくて』

 少年の優しい声色に安心したアルトは、掠れた声で答えた。少年は目を見張って、『そうなのか?』と驚く。

『俺、さっきアルトのこと見てたけど、上手くできてただろ』
『えっ?』
『ああ、ごめん。実はさっき会場で同い年くらいの子がいるなって気になってたんだ。どこかのタイミングで話しかけたいと思ってたんだよ』

 少年は気恥ずかしそうに微笑んだ。

『挨拶も俺よりずっとしっかりしてて、すごいなって思ってた』

 アルトはこんなに純粋に褒められたのは初めてで、頬が熱くなっていくような感覚がした。月の光を背負って、彼のブロンドの髪がキラキラと輝いて見えた。

『俺も今日初めてパーティーに来たんだけど、なかなか大変だよな。お父様もお母様もさ、侯爵家にふさわしい振る舞いをしなさいっていつもうるさいし』

 少年が深いため息を吐いたので、アルトは心配になって少年に目を向けた。しかし彼はすぐさま穏やかな表情に戻って『でも、今日はアルトと話せてよかったな』と言った。
 それから二人は、夜空を眺めながら、ぽつぽつと会話をした。両親や従者としか話をしたことがなかったアルトにとって、気を遣わず、素直に心の内を明かせることはなによりも嬉しかった。肩がほんの少し触れるたびに、心拍数が上がっていく。いつの間にか、とめどなく流れていたアルトの涙は止まっていた。

『やっと泣き止んだな』

 少年はそう言って、涙の痕を優しく消し去るように、アルトの頬を拭った。
 アルトが瞠目して、一気に鼓動が激しくなるのを感じたとき、『どこに行ったの!?』と大人の声が聞こえた。少年は『もう気づかれたか』とぼやいて立ち上がる。

『あっ、あの! 君の名前も、教えて』

 アルトは震える声でそう言うと、少年の手を掴んだ。本当はもっと話がしたかった。しかし、名前を聞くだけで精一杯だったのだ。
 少年はそんなアルトを見て、明るい笑顔を向けた。

『グレン・アディソンだ。それじゃあアルト、絶対また会おうな』

 少年はそれだけ言い残して、パタパタと会場に戻っていってしまった。
 アルトは嵐のように去っていった少年の姿を、ただ呆然と見つめていた。そしてぽつりと、『また、会いたいな』と呟いた。
 しかしその後、二人がパーティーで会うことはなかった。アルトが病にかかり、屋敷にこもりきりになってしまったからだ。
 アルトと少年が話をしたのは、たったそれだけ。けれどアルトにとって、この出来事は心の支えであり生きる意味でもあった。初めて自分を肯定してくれた人であり、心を許すことができた人。もう一度、彼に会いたい。その一心で闘病を続けた。
 幸いにも治療の甲斐あって、アルトの病気は十七歳で完治する。そしてアルトは猛勉強の末、その翌年、十八歳で「彼」のいる学園に途中入学し、再会を果たすことになるのだった。
 これがアルト・リドリーの過去であり、僕が転生してから経験してきたことだった。
 アルト・リドリーというキャラクターは、前世で小説を読んでいるときから、共感するところが多かった。教育熱心な親に「言う通りにしなさい」と言われ続け、求められる役割を必死に果たそうとする姿が、まさに前世の僕そのものだったから。
 ――けれど、その後のアルト・リドリーの行動については、全く共感ができない。
 というのも、アルトはずっと待ち望んでいた「彼」、グレン・アディソンと再会してからおかしくなっていくからだ。
 アルトは入学後、グレンと再会できた喜びに心を躍らせて、彼を自分の「運命の相手」だと思い込むようになってしまう。さらに十八年間独りぼっちで友だちがいなかったアルトは、人との距離の詰め方が全くわからなかった。グレンと話をしたいがために、彼に四六時中付きまとうようになり、しまいにはグレンと再会してわずか一週間後、公衆の面前でグレンに告白をする。
 当然グレンはアルトを拒絶して、告白は失敗する。しかし十年間くすぶり続けていた恋心はそう簡単におさまらなかった。アルトはグレンへの執着を強めて病んでいき、付きまとう行為はもちろん、グレンと仲を深めていく主人公・シリルに強烈な嫉妬をして、二人の仲を引き裂こうとする。

「前世を思い出してなかったら、僕がこうなってたってことだよね?」

 自分が転生者だと気づいたものの、グレンとの宝物のような思い出は消えていない。しかし、自分が当て馬だということを理解してしまった。推しカプの攻めであるグレンを「運命の相手」だと思ったり、ましてや恋愛感情を抱いたりするわけがない。アルト・リドリーのように、いわゆる「ヤンデレ」にはならない。
 でも僕は、推しカプの幸せのために、そんな暴走列車のようなアルト・リドリーを演じなければならないのだ。
 前世から自分を出さずに、誰かが望む役割をするのは得意だった。さすがに演技をしたことはないが、きっとなんとかなるはずだ。
 弱気になる自分を鼓舞するように、ぐっと拳を握る。
 僕は小説の文章を暗記できるほどに読み返してきた。アルトのセリフだって、全て覚えている。僕はそのセリフを、ただ口に出すだけでいいのだ。

「よし、やるぞ! 早速明日からだ」

 あくまでアルト・リドリーは脇役だから、小説で描写されていない細かい言動まではわからない。けれど確実なのは、これからグレンに付きまとうことと、一週間後にはグレンに告白することだった。おそらくこの二つの行動をなぞっていけば、間違いはないはず。僕は頭の中でシミュレーションをしながら、明日から行動に移すことを決意した。


    ***


 翌日。早速僕は、教室に入ってきたグレンに大きな声で話しかけた。

「グレン君、おはよー!!」
「……え? あ、ああ」

 クラス全体に響き渡る声を聞いたグレンは、ぽかんとしたような表情を見せた。
 既に席についていた生徒たちも、一斉にこちらを見る。しかし僕は、そんな周囲の視線は一切気にせず、グレンの腕に抱きついた。

「グレン君っ、昨日は嬉しくて緊張しちゃって、なにも話せなくてごめんね。君とこうしてまた会えて嬉しいよ。僕、君に会うためだけにたくさん勉強して、この学園に来たんだ!! 僕のこと、もちろん覚えてるよね!?」
「……は?」

 僕が捲し立てるように話すと、その場の空気が凍った。僕は一瞬怯んだが、小説のアルト・リドリーのセリフを思い出しながら続ける。

「僕たちは運命の相手なのに、再会するまでに十年かかるなんて、本当に長かったよね。これからは会えなかった分、たくさんお話ししようねえ」

 僕は上目遣いをしながら、彼の腕に頬を擦りつける。語尾にハートマークでもつくんじゃないかというセリフとねっとりとした口調は、自分で言うのもなんだが、鳥肌が立ちそうなほど気色悪かった。
 グレンはそんな僕に、ゴミを見るような目を向ける。

「覚えてない」
「ふふ。恥ずかしがらないでよ。だって昔、『アルト、絶対また会おうな』って言ってくれたでしょ。君がそう言ってくれたから、僕は十年間耐えられたし、君と会うために今まで生きてきたんだよ!」
「さっきから、なにわけわからないことを言ってるんだよ。いい加減離せ」

 グレンは冷たく言い放つと、勢いよく腕を振り払った。

「グレンく……」
「二度と俺に近づくな」

 グレンにぴしゃりと拒絶されて、僕はその場に立ち尽くした。
 一気に重苦しい空気が流れる。「あの人ちょっとおかしくない?」「グレン君、すっごい困ってたね」と、クラスメートたちの声が聞こえてきた。
 普通なら落ち込むところだろうが、僕はむしろほっとしていた。
 グレンがアルトに抱いた第一印象は「最悪」。そして小説のアルトは、登場するごとにその最悪を更新していくことになる。
 ――僕って意外と、ヤンデレキャラの演技いけるんじゃない!?
 僕は小説の通り演じきれたことに、達成感すら覚えていた。


 グレンに嫌われてしまった僕は、それからも彼に話しかけ続けたが、完全に無視をされるようになった。しかしアルト・リドリーは、冷たくされても簡単に引き下がるような人間ではない。僕はその後も性懲りもなくグレンに絡み、ついにグレンへのストーカー行為をするようになった。
 グレンに付きまとうのは、それほど難しいことではなかった。
 そもそもこの全寮制の学園に通う生徒たちは、行動範囲がかなり限られている。学園のすぐ近くにある寮で寝泊まりし、昼から夕方にかけては授業を受け、放課後には委員会活動やクラブ活動をして再び寮に帰る。日曜日のみ授業が休みになるが、学園の外に行くためには事前に外出許可を取らなければならない。つまり大体は、学園と寮内を行き来していれば、相手の行動は把握できるのだ。
 ストーキング行為を始めてから六日が経ち、グレンについてわかったのは、彼の寮の部屋番号と、放課後は生徒会の活動で忙しくしているということだった。
 僕は今日も廊下の柱に身を隠しながら、生徒会室に向かう彼のあとをつけていた。
 この学園は校舎が複数あり、生徒会室へ行くには僕たちが普段授業を受けている教室棟とは別の共通棟に足を運ぶ必要がある。しかしそのわずかな間にも、グレンが通りかかるたびに周囲の生徒たちが「きゃあ」と黄色い声を上げ、「グレン先輩だ」と羨望の眼差しを向けていた。
 それもそうだろう。類い稀なる容姿に、学園トップの成績、かつ侯爵家という家柄。なにもかもを兼ね備えた男だ。けれど彼は、周囲からの熱視線に一切関心を寄せることはない。会話をするのも生徒会のメンバーだけで、グレンはどこか人を寄せつけないオーラを纏っていた。
 ――昔、パーティーで会ったときはもうちょっと明るい雰囲気だったんだけどなあ。
 今のグレンは小説の中の「クールな美形攻め」そのものではあったが、僕が昔出会ったころの彼とは随分ギャップがあった。泣いている僕を慰め、涙を拭って「また会おう」と言ってくれた少年と同一人物だとは思えないくらいだ。

「あっ、行っちゃった」

 僕がぼうっと考えているうちに、グレンが共通棟に入っていくのが見えた。急いで追いかけるが、既に彼は生徒会室に入ってしまったようで、廊下には誰もいなかった。当然、生徒会室には入れないので、グレンが出てくるまでしばらく待っている必要がある。
 顔を伏せて息を吐き、きびすを返す。共通棟から外に出て木陰に佇み、グレンの生徒会の仕事が終わるまで、どう時間を潰そうかと考えていたときだった。

「最近グレン様に付きまとっているのは、あなたよね。アルト・リドリーさん?」

 ぱっと顔を上げると、道を塞ぐように三人の女子が立ちはだかっていた。

「えっと……?」

 彼女たちは揃って腕を組み、僕を睨みつけていた。
 制服のリボンの色は、僕のものと同じ赤色だ。三年生は赤、二年生は青、一年生は緑と決まっているから、僕と同級生であることはわかった。

「入学早々グレン様とお隣の席になれたからって、いい気になっているのかしら?」

 あざけるように言ったのは、真ん中にいた女子だった。やや目尻が吊り上がった赤く美しい瞳に白い肌、すらりとしたスタイル。彼女は僕を射貫くように見つめながら口角を上げた。

「だ、誰ですか?」
「あら、私ったらご挨拶が遅れてしまってごめんなさぁい。リゼ・エリオットよ。あなたと同じ、伯爵家の者ですわ」

 リゼは腰までかかった赤髪をさらりと払った。

「それにしても、親衛隊にも入らずに彼のことを追いかけ回すなんて、どういうおつもり?」
「し、親衛隊?」

 そのとき、僕はようやく合点がいった。『高嶺の令息と秘めたる恋』の中で、グレンのファンたちの集いである「親衛隊」が存在しているという記述があったのだ。
 リゼ・エリオットはたしか親衛隊隊長だ。小説の中では、一瞬しか出番がない端役だったはず。

「グレン様は、何度もあなたみたいな人間に付きまとわれて迷惑しているの。だから私たち親衛隊が、あなたみたいな人がいないかチェックしているってわけ」

 リゼは僕に冷たい視線を浴びせながら、きっぱりと言い放った。その威圧感のある雰囲気に気圧されてしまう。

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