推しカプのために当て馬ヤンデレキャラを演じていたら、展開がおかしくなってきた

七瀬おむ

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1巻

1-2

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「あなたはここ最近で一番ひどいわね。グレン様がなにも言わないのをいいことに、彼の寮にまでついていってるでしょう。あなたみたいなのが彼とお近づきになれると思ってるの? 長男のくせに家督を継ぐこともできない『リドリー家のお荷物』さん?」
「あっ、えっと、それは……」

 あきらかな悪意をぶつけられて、肩がびくりと震えた。しかし僕が付きまとっていて、グレンが迷惑していることは事実なので、なにも言い返せなかった。

「今日はね、あなたに忠告をしにきたのよ」
「忠告……?」
「私はね、この学園の運営に関わっている方とも繋がっているの。これ以上生徒会長であるグレン様にご迷惑をかけるようなことがあれば、あなたを退学処分にすることもできるのよ」

 リゼがそう言うと、取り巻きの二人がさっと羊皮紙とペンを取り出した。彼女はそれを受け取って、呆然とする僕に突きつける。
 羊皮紙にはずらっと細かい文字が並んでいる。僕が「これは?」と問いかけると、リゼが得意げに言った。

「これは今日からグレン様に付きまとったり、ご迷惑をおかけしたりしませんっていう誓約書よ。この誓約書には特別な魔法がかけられているから、サインをした段階で、あなたの行動は私が全部把握できるようになるわ。ここにサインをすれば、今回だけは温情で見逃してあげる」

 両脇にいた取り巻きの女子たちが、僕の腕を強く掴む。

「なっ、なにす」

 振り払おうとするが、その合間にもリゼはぶつぶつと呪文を唱えていた。すると地面からつたのようなものが生えてきて、僕の両脚に絡みついた。つたに引っ張られて膝を折り、その場から逃げられなくなってしまう。
 そして取り巻きの女子たちは誓約書とペンを地面に置いて、僕に書くように促した。
 嫌な汗が頬を伝う。僕はアルトの行動をただなぞればいいと思っていたが、このような場面の切り抜け方が全くわからなかった。
 もちろん付きまとっている僕が悪いのは重々承知で、完全に自業自得だ。
 けれど、ここで誓約書にサインすることはできない。だって僕にはこれから、グレンに告白をするという大きな仕事が残っているんだ。もし誓約書を書いてグレンに告白なんてしたら、本当に退学処分になってしまうかもしれない。そうなったら、当て馬としての役目を果たせない。推しカプの幸せな姿も見られない!
 なかなかサインを書こうとしない僕に焦れたのか、リゼが「早く書きなさい!」と鬼のような形相で詰め寄ってきた――そのときだった。

「お前ら、いい加減にしろ」

 その場に怒気をはらんだ、芯のある低い声が響き渡った。

「グ、グレン様!?」

 リゼたちが振り向いた先には、グレンが立っていた。彼はゆっくりとこちらに近づき、リゼと向かい合う。

「勝手なことをするな。親衛隊なんかいらないって言っただろ」
「グレン様、でも……。この人みたいに、グレン様にすり寄ろうとする人間がたくさんいるのですよ。私たちがいたほうが、グレン様にご負担がかからないかと……!」
「そんなこと頼んでない。自分のことは自分でなんとかする。さっさと行ってくれ」

 グレンは媚びるような甘い声を出したリゼを一蹴した。
 リゼは少しの間目を泳がせていたが、「わかりました」と呟くと、その場から離れていった。僕の足に絡みついていたつたも地面に消えていく。立ち去るリゼの背中を見つめていると、彼女は一瞬だけ僕のほうを振り返り、悔しそうに唇を噛みしめた。
 そうしてこの場には、僕とグレンの二人だけになった。
 僕は口を開いたり閉じたりして、どう声をかけようかと迷っていた。まさか助けてもらえるとは思ってなかったのだ。

「グレン君、あの」
「別にお前を助けたわけじゃないからな」

 僕が声を出した瞬間、グレンが被せるようにぴしゃりと言った。

「お前にも親衛隊とやらにも、うろちょろされて不快だっただけだ」

 彼は僕を見下ろしながら、冷たく言い放った。その声色からはあきらかに苛立っていることがわかる。
 いや、当たり前だ。仲良くもない男に付きまとわれたら、誰だってこんな反応になるに決まっている。

「そもそも、二度と俺に近づくなって言ったよな?」
「あ、ええと」
「寮までついてきて、四六時中付きまとってきてどういうつもりだ? 俺に取り入ろうとしてるのか?」
「それは……」

 恐ろしいほどの美形に凄まれて萎縮してしまう。あまりの迫力に涙目になってきた。

「ん? お前……」

 しかし僕をまじまじと見つめていたグレンは、少しだけ表情を和らげてぴくりと眉を震わせた。さらに、なにかを確認するように僕を凝視している。

「あの、グレン君……」
「お前さ」

 さすがに気になって声をかけた矢先、彼は腕を組みながら言った。

「この前、十年前にどうこうって言ってたけど。もしかして、昔パーティーであった奴か? たしか、バルコニーで泣いてたよな」

 僕は驚きで大きく目を見開いた。

「そう、そうだよ! よかった。僕のこと、思い出してくれたんだ」

 ――正直、彼に忘れられていても仕方がないと思っていた。
 けれどグレンが思い出してくれたことで、鼻の奥がつんとして温かい気持ちが込み上げてくる。十年前のあんなに一瞬の出来事を、両親や使用人からまるで存在しない人間として扱われてきた僕のことを、彼は忘れないでいてくれたのだ。

「グレン君、ありが……」
「あれから一度も会ってないのに、よくあんなに馴れ馴れしくできたな。とにかく、もう俺に付きまとうのはやめろ。気持ち悪い」

 しかし、グレンは冷たい言葉で突き放す。
 呆然とする僕をよそに、グレンは言いたいことは言ったといわんばかりにきびすを返して、その場を立ち去った。
 一人きりになった僕は、温かい気持ちが急激に萎んでいくのを感じていた。
 十年前に社交パーティーで話をしたことは、きっと彼にとってはなんの特別な思い出でもなかったのだろう。
 そりゃあそうだよなと思いながらも、ずきずきと胸が痛む。
 前世を思い出した僕でさえこんな気持ちになるのだから、小説のアルト・リドリーはもっと衝撃を受けたはずだ。
 きっとアルトは、グレンから明確に拒まれたことが信じられなくて――

「そっか。アルトはこれで暴走して、告白なんてしちゃったのかな」

 僕は小説のアルトに思いを馳せながら、ぽつりと呟いた。


    ***


 翌日。僕は強い緊張感に苛まれつつも、なんとか登校した。
 朝のホームルームが始まる前に席に座り、顔を伏せて自らの太もものあたりをじっと見つめていた。
 ――今日は、いよいよグレンに告白する日だ。
 あきらかに嫌われているのに告白するというのも強烈だが、そもそも世間体や家同士の繋がりを重視する貴族にとって、親を介さずに、本人が直接告白をするというのはありえないことだった。
 やっぱり、上手くできるか不安になってきた。告白なんて、したこともされたこともない。
 放課後のことを考えると、胃のあたりがキリキリと痛みだした。
 でも、ここまできたらやるしかない。
 僕はとにかく、グレンに「付きまとってきたうえに、告白してきたヤバイ奴」という印象を植えつければいい。それが僕の「当て馬ヤンデレキャラ」としての役割なんだから。
 僕はぐっと拳を握り、ごくりと唾を飲み込んだ。


 一日中肩がぴんと張ったような感覚が解けないまま、ついに放課後を迎えた。
 僕は授業終了のチャイムが鳴ってから、グレンが教室を出たのを確認して、後をつけていった。
 グレンは廊下を歩いていき、そのまま校舎を出る。アルトが告白をするシーンは、教室棟の校舎を出てまっすぐに歩いたところにある、広場の中央噴水の前だった。僕は彼に声をかけるタイミングを慎重にうかがっていた。
 喉は恐ろしいほど渇いていて、手汗もひどい。心臓がバクバクと音を立て、気持ち悪くなりそうなほど緊張していた。
 大丈夫だ、と自分で言い聞かせる。アルトのセリフを思い出しながら、何度も脳内でシミュレーションをしてきたのだ。僕は完璧に演じられるはずだ。
 広場にはたくさんの生徒がいた。ついにグレンは中央噴水の横を通りかかる。
 ――今しかない。
 僕はそこで、腹の中から吐き出すように、ありったけの大きな声で叫んだ。

「グレン君!!」

 こんなに大声を出したのはいつぶりだろう。あまりの声量に、周囲の生徒たちの視線がこちらに向けられた。グレンはぴくりと反応すると、ゆっくりと振り向く。
 グレンはあきらかに怪訝そうな表情を浮かべていた。昨日あれだけ近寄るなと言ったのに、懲りずに話しかけたからだろう。その表情に怖気づきそうになったが、気を引き締めて彼と対峙した。周囲の生徒たちは、呼び止められた相手がグレンということもあってか、じろじろと僕たちに視線を送っていた。
 このタイミングだ……!
 僕はうるさいくらい音を立てている心臓を落ち着かせるように、胸に手を当てた。そして、何度も読み返していた小説の文章をもう一度思い出す。
『アルトは大声でグレンを呼び止めた。そして次の瞬間、好きです、と告げたのだった。
 困惑するグレンをよそに、アルトは一歩、二歩と近づいていく。
 ――グレン君。ねえ、僕のこと、『気持ち悪い』だなんて嘘だよね。ただの照れ隠しなんでしょう!?
 ――僕は十年前に君と初めて会ったときから、君のことが忘れられなかったの!
 ――好き、大好き! これからは、僕たちずっと一緒だよ!!
 ――グレン君も、僕のことが好きだよね!?
 アルトの瞳孔はこれでもかというほどに開いており、口元は大きく弧を描いていた。興奮を抑えきれず、まるで盲目な信者のように熱に浮かされた様子と、ねっとりと絡みつくような視線を、その場の誰もが異様であると感じていた。グレンは強烈な不快感を示すように眉をひそめて、俺は好きじゃない、と一言吐き捨てるように言った』
 僕は大きく息を吸うと、記憶の中のアルトのセリフをなぞるように、言葉を発した。

「っ、好きです!」

 まずはオーソドックスな「好きです」という告白から――なのだが、思いのほか声が上ずってしまった。僕の告白に、周囲がどよめいたのがわかる。
 告白って、こんなに恥ずかしいものなのか!?
 今までちゃんとヤンデレキャラを演じられていたというのに、告白の緊張感はわけが違った。正直言って今すぐ逃げ出したい。でも僕は、推しカプのために演じきらなければ。なんとか気持ちを持ち直して、再びセリフを口に出す。

「グレン君。あの、僕のこと、『気持ち悪い』だなんて、嘘だよね。ただの照れ隠し、なんでしょう?」

 さっきよりも声は上ずってしまったし、掠れてるし、手の震えが止まらなくなってきた。恥ずかしすぎて、カッと顔が熱くなっているのがわかる。

「僕は十年前に、君と初めて会ったときから、君のことが忘れられなかったの」

 もはやグレンの表情も、周りの様子も見る余裕がなく、顔を伏せていた。

「好き、です。これからは、ずっと一緒に、いたいなって」

 気が動転して、セリフも若干間違えてしまったような気がする。でもそんな細かいこと、もう気にしていられなかった。

「グレン君は、僕のこと、好き……?」

 ――最後まで言えた……!
 僕は少しだけ息が楽になったような気がして、恐る恐る顔を上げた。
 グレンは大きく目を見張っていた。時が止まったかのように、沈黙の時間が続く。
 周囲にいる生徒たちも、僕たちの動向を見守っている。その場はしん、と静まり返っていた。
 グレンはそこで、ようやく口を開いた。

「俺は、好きじゃない」

 それは小説の通りの言葉だった。僕は「そっか」と絞り出すように言うと、その場から逃げ出すように走り去っていった。


 僕はすぐさま寮棟に行き、自室に入って扉を閉めた。ガチャ、と鍵をかけた瞬間、緊張の糸が切れて一気に全身の力が抜け、床にへたり込んだ。

「き……緊張したあああ!」

 心の声がそのまま口に出てしまい、恥ずかしさのあまり顔を覆った。告白が終わっても、まだ手の震えが収まらなかった。
 たとえ演技であっても誰かに告白をする、そして周囲の人たちがじっと僕を見ている。そんな状況に耐えきれず、逃げるように帰ってしまった。

「でも、なんとか上手くできたよね?」

 しばらくうずくまっていたら、心臓の音は収まり、身体の熱も引いてきた。僕はもう一度、グレンの反応を思い返す。

『俺は、好きじゃない』

 目を見張り、ぽかんとした表情を浮かべ、小説通りのセリフを言っていた。あまりにも熱烈すぎる告白に、グレンがドン引きしたのは言うまでもないだろう。

「よし……!」

 僕は湧き上がってきた達成感から、その場で小さく拳を握った。緊張しすぎてグダグダになってしまったかと思ったが、案外悪くない演技だったのだろう。
 これから、グレンとシリルが出会い、アルトの妨害によって、二人の仲が深まるという展開が待っている。僕はようやく立ち上がり、推しカプの二人が並んでいる姿を想像して、ニヤニヤと口元を緩めた。


    ***


 俺に近づいてくるのは、「アディソン家」という地位や身分に惹かれた人間ばかりだった。
 煌びやかな社交の場も、学園も、だんだんと息が詰まるような空間になっていった。どこにいても、俺の懐に入って利用しようとする人間や、蹴落とそうとする人間が近寄ってくる。俺が侯爵家の人間だとわかった瞬間に媚びへつらい、自己の利益に繋げようという魂胆が透けて見える視線は、なによりも気持ち悪かった。だからこそ俺は、自分に取り入ろうとする人間は全て遠ざけてきた。
 三年生から入学してきたアルト・リドリーに付きまとわれたときも、またか、と思った。侯爵家かつ生徒会長であるという立場上、こういうことは珍しくない。彼も俺に取り入ろうと、なんとか接点を探っているのだろう。正直鬱陶しくて仕方がなかったが、今回も無視していれば、いずれ諦めるだろうと考えていた。
 しかし、アルトはしつこかった。
 ただでさえ隣の席だというのに、穴が開くほどまじまじと見られ、本人は身を隠しているつもりなのだろうが、放課後までバレバレの尾行で後をつけてくる。ついに我慢の限界を迎え、俺は「付きまとうのはやめろ」と釘を刺した。
 けれどアルトはなぜか、その翌日――公衆の面前で俺に告白をしてきたのだ。
 中央噴水の前では、多くの生徒が俺のことをちらちらと見ていた。俺は事の元凶であるアルト・リドリーが告白し嵐のように走り去ったあとも、しばらくその場から動けなかった。
 まさか学園で、それもこんなに大勢の前で告白されるなんて思ってもみなかったからだ。
 貴族は自分のプライドを傷つけられることをひどく嫌う。だから告白をするにしても、手紙などで隠れて行うのが当たり前だった。つまりアルトの行動は、俺にとっても、そして周りの人間にとっても理解不能なことであった。
 俺はもう一度、告白してきたときの彼の様子を思い出す。
 大きな声で俺を呼び止めたかと思えば、こちらにまで緊張が伝わってくるような声色で「好きです」と告げた。その様子は、俺に初めて話しかけてきたときの、強引で薄気味悪い印象とは随分違っていた。
 彼はどうしても伝えなければいけないことがあるのだとでも言うように、顔を真っ赤にしながら、たどたどしく必死に言葉を紡いでいた。手のひらをぎゅっと握り、顔を伏せて、涙目になりながらも訴えかける姿は、どんな言葉よりも雄弁に、純粋な「好き」という気持ちを語っているように思えた。

「さっきの告白してた人、この前転入してきたアルト君でしょ? すごかったね……。なんか、子犬みたいっていうか」
「うん。最初はすっごい変な人だと思ったけど、本当にグレン様のことが好きなんだなって伝わってきて、応援したくなっちゃった」
「断られてたけど、大丈夫かなあ」

 ぼそぼそと、周囲にいた女子たちの話し声が聞こえてきた。おそらく同じクラスの女子たちだ。彼女たちは彼の姿を見て、思わず胸を打たれてしまったらしい。
 俺はどくどくと脈打つ心臓を落ち着かせるように、ごくりと唾を飲み込んだ。
 あんな得体のしれない人間に告白をされて、すんなりと受け入れられるはずがない。だから俺は、「好きじゃない」ときっぱり断った。今までだって、そうして懐に入ろうとする人間を遠ざけてきたのだ。
 それなのに、彼が声を震わせながら、恐る恐る俺を見上げて「僕のこと、好き?」と問いかけた瞬間を、何度も頭の中で反芻はんすうしていた。
 彼の言葉をそのまま受け取るなら、アルトは十年間俺に片想いをしていて、なりふり構わず想いを伝えてきたことになる。俺の懐に入りたいというわけではなく、ただ純粋に俺のことが好きで、気持ちを伝えたかったのだろうか。

「なんなんだ、あいつ」

 俺は胸のあたりを押さえながら、小さく呟く。
 アルト・リドリーは、今まで出会ったことのない人間だった。
 頭の中をかき乱されるような感覚がずっと消えない。俺はため息を漏らし、ようやくその場を後にした。



    第二章 推しカプの当て馬になりたい


 僕がリーベルタース魔法学園に入学してから、十日が経った。
 窓の外を眺めると、桜によく似た木々が咲き、薄ピンク色の花びらが舞っていた。
 そういえば前世でもこうやって、よく窓の外をぼうっと見ていたなあと感慨にふけっていたが、「ホームルームを始めるぞ」という担任教師の声が聞こえて、はっと我に返り正面に向き直った。
 つい先日始まった新学期だが、今日のホームルームでは委員会決めが行われるらしい。僕は絶対にとある実行委員になると決めていたので、注意深く教師の話に耳を傾けていた。

「それじゃあ次は、魔法学園祭の実行委員だが、希望者はいるか?」

 教師がそう言って、黒板から振り返って生徒の様子をうかがった。僕は待ってましたと言わんばかりに、すっと手を挙げる。

「リドリーだな。他に希望者は?」

 きょろきょろと周囲を見回すが、他に手を挙げている者はいない。

「じゃあ決定だな。今日の放課後に実行委員の顔合わせがあるから、指定された教室に向かうように」

 どうやら滞りなく決まったらしい。教師の言葉を聞いて、僕は心の中でガッツポーズをした。
 ――リーベルタース魔法学園祭。それは年一回、秋に開催される学園祭である。このイベントでは、毎年生徒たちによるハイレベルなパフォーマンスや展示が行われ、各地から大勢の観客が集まる。中には、将来有望な生徒を見つけるために視察に来る貴族や魔法使いがいるくらいだ。つまり生徒たちにとって、自身の将来に関わるアピールの場でもあった。そんな大きなイベントのため、生徒会と実行委員を中心に春から準備を進める。
『高嶺の令息と秘めたる恋』の当て馬キャラクター「アルト・リドリー」は、この魔法学園祭の実行委員であった。目的はもちろん、生徒会長であるグレンにより近づくためである。
 僕は教師が黒板に各実行委員の名前を書いていくのを見ながら、隣の席のグレンに話しかける。

「グレン君。僕、魔法学園祭の実行委員になったよ! 早速今日から集まりがあるんだね。グレン君も行く?」

 僕は彼を見上げるようにしながら小首を傾げる。グレンは僕を一瞥し、眉間に皺を寄せた。

「ああ」
「やったあ! よかったら一緒に行こう?」
「なんでお前と……?」

 しつこく話しかけ続ける僕に、グレンは深いため息を吐いた。
 僕は先日グレンに告白して、きっぱりと断られたにもかかわらず、懲りずにことあるごとに話しかけていた。もちろん「当て馬ヤンデレキャラ」としての役割を全うするためだ。グレンは僕が話しかけるたびに顔をしかめているので、さぞかし鬱陶しく思っていることだろう。
 ホームルームが終わってから、僕は授業の準備のため、鞄から魔法書を取り出してパラパラと捲っていた。魔法書を読むふりをして顔を伏せ、なんとか頬の緩みを抑えようとするがなかなか上手くいかない。
 実はもう少しで、学年が違うグレンとシリルが出会う場面が見られる。僕はそれまでに、できるだけグレンにしつこく絡み、極限まで好感度を下げておくことで、このあとの展開をスムーズに進めようとしていた。
 もうすぐで推しカプが会話をするのを見られると思うと、楽しみで仕方がなかった。しかも、そのタイミングでは僕も当て馬として重要な役割を担っていて、まさに特等席で二人の出会いを見ることができる。
 僕はなんて幸せ者なんだろう。ひっそりと深呼吸をして、なんとか気分を落ち着かせた。
 伏せていた顔を上げると、なぜか数人のクラスメートがこちらをうかがっていることに気づいた。

「リドリー君、気まずくないのかな」
「あんなにきっぱり断られたら、ねえ」

 耳を澄ますと、僕のことを指しているのだろうという会話が聞こえた。僕はまたか、と思いながら、気づかないふりをする。
 僕がグレンに公開告白をしてから三日。僕は完全に、クラスで浮いてしまっていた。
 ただでさえ三年生からの途中入学者で目立つというのに、みんなの憧れの的であるグレンに公衆の面前で告白し、ばっさりと振られたものだから、余計に変人として名が知られてしまったらしい。
 グレンを横目でちらりと見ると、彼は周囲からの視線を気にするそぶりを見せず、ただ静かに本を読んでいた。
 彼は別の意味でクラスの中でも浮いていて、僕と同じくいつも一人だった。けれど、僕と違って独りぼっちの悲壮感はまるでない。グレンはいつも堂々としていて、自分を確立しているような印象があった。

「さっきからなんだよ。ちらちら見て」
「あ、いや。今日も僕のグレン君はカッコイイなあって思って」
「はあ?」
「実は僕、君に再会する前から、成長した君はどんな姿なんだろうってずっと想像してたんだ。成長した姿を何枚も絵に描いたりしてさ。だけど実際に君に会ったら、僕の想像以上に大人になってて。もちろん昔もカッコよかったけど、今は色気も加わって、自然と見惚れちゃうというか」
「お前、本当に懲りないよな」

 とろんとした目つきでペラペラと語り出した僕に、グレンは呆れ果てたような表情をした。

「懲りないって、なにが?」
「だから、この前きっぱり断って……いや、もういい。お前相手じゃらちが明かなそうだから」

 グレンはそう言うと、再び本に視線を戻した。


「結局、グレン君は先に行っちゃったなあ」

 放課後になり、僕は一人でぶつぶつと呟きながら、実行委員の集まりがある大講堂を探していた。
 大講堂は共通棟の奥にあるらしい。開始時間が近づいているので焦りながら、なんとか辿り着いた。

「ここ、か……?」

 重厚な扉を恐る恐る開けると、そこには数百人は収容できそうな講堂が広がっていた。ステージの前方には、木製の長机が階段状に並んでいる。前のほうはほとんど席が埋まっており、さすがに一大イベントの学園祭というだけあって、数多くの人が関わっているようだ。
 僕は周りをきょろきょろと見回しながら、適当に空いている席に座った。

「あら、もしかしてアルト・リドリーさんかしらぁ!」

 そのとき、背後から鼻にかかった甘い声が聞こえてきた。
 まさか、と思って振り向くと、予想通りの人物がそこにいた。
 グレンの親衛隊隊長であるリゼ・エリオットだ。彼女は僕の顔を見て、腰まで伸びた赤髪をくるくると手でまきつけるような仕草をしながら、にやりと口角を上げた。

「お噂は聞いてますわ。この前グレン様に告白して盛大に断られたんですってねー! あまりの勇気に私、感激してしまいましたの。あら、席が空いてないわね。お隣よろしいかしら?」

 彼女は捲し立てるように話しかけながら、僕の隣の席に歩み寄った。制服のスカートを撫で付けるように座り、背筋をぴんと伸ばす。仕草は上品なお嬢様そのものだったが、嫌みったらしい口調が全てを台無しにしていた。

「それにしても、まさかアルト・リドリーさんも実行委員だなんてね! 私もそうなのよ。これからよろしくお願いしますわ!」
「は、はあ」

 彼女は萎縮する僕にぐいと顔を近づけて、堪えきれないというようにニヤニヤと笑った。
 僕が暴走してグレンに振られたことが、よほど面白かったのだろう。今回は「グレン様に近づくな」と詰め寄られることはなかった。
 これは喜んでいいのだろうか。反応に困った僕は、ひとまず苦笑いを浮かべた。
 それから数分して、大講堂の真ん中のホールがぱっと明るく照らされた。それと同時に、マイク越しの声が響き渡る。

「みなさん、よくぞ集まってくださいました。今年度の魔法学園祭に向けた初回の集会を始めます」

 壇上に上がったのは、赤のネクタイをつけた長身の人物だった。
 眼鏡で真面目そうな印象の青年が、今年の実行委員長であると名乗り、まずは魔法学園祭の運営体制についての説明をしてくれた。

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