腐男子の俺、妄想してたら自分がBLの主人公になってた!?(相手は幼馴染でした)

天音蝶子(あまねちょうこ)

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第1章 男子校は妄想の宝庫

第1話 入学初日、尊い素材が多すぎる

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 男子校の入学式は、想像以上に“素材”が多すぎた。

 体育館の床はワックスの匂いが強く、慣れない革靴が足裏に刺さる。式次第の紙は手汗で少しふやけて、ネクタイは息苦しい。
 ――普通なら、ここで「早く終わってくれ」と思うはずだ。思うはずなのに。

(おいおいおい、見ろ。可愛い系がいる)

 列の少し前。背が小さめで、髪が柔らかそうで、目元が眠たげな男子が、ぼんやり前を見ていた。垂れ目気味で、表情がふわっとしていて、存在がすでに優しい。

(うん、受け。完全に受け。はい確定)

 頭の中で勝手に判定して、勝手に満足する。
 続けて視線を泳がせると、今度は逆方向に“分かりやすい”のがいた。

(で、あっちは攻め……)

 背が高く、首筋がすっとしていて、制服が既製品みたいに似合っている。前髪が少しだけ邪魔そうなのに、それすら絵になる。
 誰かと軽く言葉を交わして笑った瞬間、空気が一段明るくなった気がした。

(尊い。素材が豊作。男子校、最高)

 俺の脳内で、初対面の二人が勝手に目を合わせる。
 通路の端で偶然ぶつかって、謝る声が重なって、気まずさをごまかすように笑って――そこから始まる、運命のやつ。

(「ごめん」「いや、こっちこそ」……はい、恋。はい、始まった)

 自分でも分かっている。妄想が早い。展開が雑。テンプレが好き。
 でも、こういうのは“趣味”だ。現実に持ち込むつもりはない。
 あくまで、眺めて楽しむ。安全圏で。

 ――その時だった。

「……伊織」

 名前を呼ばれて、現実に引き戻される。
 肩を軽く叩かれて振り向くと、隣にいたのは相沢朔だった。

 隣の家に住んでいて、小学校からずっと一緒で、気づけば高校の入学式まで一緒に来ている幼馴染。
 朔は式次第の紙を片手に持ったまま、いつもの落ち着いた顔で俺を見た。

「ネクタイ、曲がってる」

「え、マジ? ……どこ」

 俺が自分の胸元を探ろうとすると、朔はため息まじりに言った。

「動くな。直す」

「はいはい、母親」

「母親はそんな雑じゃない」

 小声で言い返しながら、朔は迷いなく俺のネクタイに手を伸ばしてくる。
 結び目を整えて、襟元を軽く押さえて、はい終わり。

「よし」

「どーも」

 ――いつものやつだ。
 朔は昔からこういう世話を焼く。ランドセルの肩紐だって直されたし、忘れ物だって回収された。
 だから俺は、特に何も感じない。というか、慣れすぎている。

 むしろ、こっちが気を抜くと勝手に整えられているのが若干腹立つくらいだ。

 式が始まって、校長の話が長く続く。
 俺はその間も、ちらちらと周りの“素材”を視界に入れながら、脳内で勝手にシーンを作り続けていた。

(入学式で目が合う、からの、廊下で再会――定番。強い)

 さっきの可愛い系は、少し眠そうにしていて、ふとした瞬間に目をこする仕草まで可愛い。
 イケメンは姿勢が良くて、たぶん運動できるタイプだ。こういうのが、無自覚に受けを助けるんだよな。

(はい、保健室イベント。はい、体育祭。はい、文化祭。はい、同じクラスで席が隣)

 脳内脚本家が勝手に働く。
 そして現実の俺は、式次第を見ながら「長いな」と思っている。並行作業だ。

 入学式が終わると、新入生は教室へ移動した。
 廊下は人の流れと制服の擦れる音でざわざわしている。

「伊織、これ持つ」

 朔が俺の荷物をひょいと取った。入学式の資料が入った紙袋だ。
 俺が「いや、いいって」と言うより早い。

「やめろ。自分で持てる」

「落としそう」

「落とさないし!」

 俺が小声で反論すると、朔は小さく笑って、結局そのまま持って歩く。
 ――こっちの意思、聞いてない。いつもそうだ。

 教室に入ると、さっき見かけた可愛い系男子が窓側の席に座っていた。
 目が合った気がして、俺は勝手に「運命の出会い」の音を脳内で鳴らす。

(来た。初対面で目が合う。始まった――)

 その可愛い系が、ふわっと笑って手を振ってきた。

「同じクラスだね。よろしく」

 声が柔らかい。距離感が近い。
 俺は内心で「はい、可愛い」と思いながら、普通の顔を作る。

「あ、うん。よろしく」

 ――危ない。
 俺はBL好きだなんて、絶対にバレたくない。
 妄想は妄想。趣味は趣味。現実に持ち込む気はない。

 背の高いイケメンも教室に入ってきた。
 周囲の空気が一瞬でそっちに寄る。ああいうのは、どこに行っても中心になる。

「お、ここか。よろしくな」

 明るい声。
 それを聞いただけで、俺の妄想が勝手に走り出す。

(攻め来た。攻め来た。これで受けが困って――)

「伊織。席」

 朔が俺の背中を軽く押した。現実に戻される。

「分かってるって」

 席を確認する。
 俺の席は――朔の隣だった。

「あ、隣だな」

 朔が淡々と言って座る。俺も座る。
 幼馴染と隣の席。別に珍しくない。小学校から何回目だよ、って話だ。

 ただ、こういう時に限って朔が机の上を整えてくるのが面倒くさい。

「はい、筆箱こっち。消しゴム落ちそう」

「うるさい。俺の机に口出すな」

 言い返しながら、俺は笑ってしまう。
 朔は相変わらずだ。世話焼きで、細かくて、ちょっと過保護。

 ――だから、何も思わない。
 思うとしたら、「はいはい、いつもありがとうございます」くらいだ。

 教室の前では、担任が名簿を読み始める。
 可愛い系男子の名前は小鳥遊透。
 イケメンは神崎怜央。
 ――覚えた。素材の名前、大事。

 そのタイミングで、ポケットの中でスマホが震えた。
 朱里姉からのメッセージだ。

『入学おめでと。新学期祝い、貸したいものがあるんだけど。帰ったら部屋来て』

 貸したいもの。
 新学期祝い。
 姉。腐女子。貸す。

(……はいはい。分かってる。多分それだ)

 胸の奥が嫌な意味でざわつく。
 今日から男子校ライフが始まって、尊い素材も豊作で、妄想は捗る予定だったのに――開始早々、姉の“貸したいもの”が確定演出みたいに差し込まれてきた。

(帰ったら、俺の世界がまた広がるやつだ。望んでないのに)

 俺はスマホをポケットに戻して、前を向いた。
 とりあえず、今は入学初日だ。現実は現実。趣味は趣味。

 ……そのはずなのに、なぜか朔が俺の方を一瞬だけ見て、すぐ目を逸らした気がした。
 俺は「何?」と聞くほどでもないと思って、何も言わなかった。

 ――まだ、何も始まっていない。
 俺の中では、きっと。
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