腐男子の俺、妄想してたら自分がBLの主人公になってた!?(相手は幼馴染でした)

天音蝶子(あまねちょうこ)

文字の大きさ
8 / 8
第3章 放課後、二人きりは禁止です

第7話 放課後の教室は、だいたい始まる(妄想)

しおりを挟む
 放課後の教室は、だいたい始まる。

 夕焼けで窓が赤くなる。机と椅子の影が伸びる。
 廊下の足音が遠ざかって、残ったのは二人分の気配だけ。

 プリントを束ねる音。黒板消しを叩く音。
 ふいに止まる手。視線が絡む。息が近い。

『……残って』

(はい、王道)

 言われるほうが戸惑って、言うほうは平然としてる。
 そして“平然”が崩れる瞬間に、だいたい全部持っていかれる。

(……いや、持っていかれない。現実では)

 俺は自分で自分にツッコミを入れて、教室の扉を開けた。

 人のいない教室は、音が少ない。
 さっきまでのざわめきが嘘みたいで、机の脚がきゅっと鳴るだけでも目立つ。

 担任に言われた作業は、掲示物の貼り替えだった。
 古いプリントを剥がして、端を揃えて、新しいものを貼る。
 地味で、単純で、助かる。変な会話をしなくていい。

「これ、取る」

 朔が掲示板の前に立って、古いプリントの端を持った。
 俺は画鋲を外す係。黙々とやれば終わる。

「うん」

 俺は短く返して、画鋲を一つ外す。二つ外す。
 朔は紙が破れないように、引く力を加減している。

 そういうところが朔だ、と思う。
 世話焼きというか、優しい。いつも。

 紙が一枚、ふわっと浮いて落ちそうになった。

「あ」

 反射で、俺が手を伸ばす。
 同時に、朔も手を伸ばす。

 ――指が触れた。

 ほんの一瞬。
 触れたのは指先だけで、すぐ離れたのに、妙にくっきり残る。

(事故。これは事故。たまたま)

 心拍が一段上がる。
 なのに脳内は、間が悪いくらいに“妄想の型”を被せてくる。

 夕焼け。二人きり。指先。
 次に来るのは、たぶんこうだ。

『触れた』

 気づいたほうが、低い声で言う。
 離れたくせに、目は逸らさない。逃げ道を作らない。

(はいはいはい、王道。やめろ俺)

 俺は紙を拾い上げて、掲示板に戻す。
 平常。平常。手元に集中。

「……悪い」

 朔が小さく言った。

「え?」

「今の。ぶつかった」

 朔は謝るとき、言い訳しない。
 だから余計に困る。困るというか、落ち着かない。

「……ううん。俺も出した」

 俺がそう返すと、朔は一拍置いて頷いた。
 その一拍が、今日も少しだけ長い気がする。

 朔は画鋲を一本、俺のほうに差し出した。
 指先でつまんだまま。落とさないように、丁寧に。

「これ」

「ありがと」

 受け取るとき、また指が触れそうになって、俺は変に避けた。
 避けた動きが不自然で、恥ずかしい。

(今の、俺が変だった気がする。やめろ。目立つ)

 朔は何も言わない。
 言わないけど、目線だけが一瞬、俺の手元を追った。

 掲示板の前で並ぶ。
 朔が紙を押さえ、俺が画鋲を刺す。端を揃える。

 作業としては合理的で、効率的で、普通。
 なのに距離だけが妙に近い。肩が当たらない程度の近さ。

(放課後の教室、だいたい始まるっていうけど――始まらないからな)

 俺は心の中でツッコミを入れる。
 俺はBLの主人公じゃない。

 画鋲を刺そうとして、俺は手元を誤った。
 指にチクっと痛みが走る。

「っ……」

 声が出たのが悔しい。
 でも出た。出てしまった。

 朔が即座に手を止める。

「伊織」

 呼び方が、いつもより低い。
 俺は反射で指を隠すみたいに握った。

「……大丈夫。ちょっと刺しただけ」

 強がりじゃない。ただ、騒ぎたくない。
 大したことにしたくない。

 朔は俺の手を見て、それから何も言わずに自分の鞄を探った。
 小さな救急箱なんて持ってないはずなのに、と思った次の瞬間。

 朔はティッシュを一枚取り出して、俺の指にそっと当てた。

「押さえとけ」

 言い方は短い。
 でも手つきが、やけに優しい。

 ティッシュを当てるだけ。
 それだけなのに、胸がざわつく。

(やめろ、俺。これはただの世話焼き。いつものやつ)

 朔は世話焼き。
 俺が雑で、朔が気づく。――それだけ。

 分かってるのに、さっきから当たり前みたいに手を出されると、妄想の型が勝手に上乗せされる。

 夕焼けの教室。二人きり。
 怪我をした指を押さえる。覗き込まれる距離。

(……始まるやつじゃん)

 脳内が騒いで、俺は自分で自分を殴りたくなる。

「……平気だから」

 俺はもう一度言って、視線を逸らした。
 逸らした先の窓が赤い。余計にだめだ。

 朔は何も言わずに、掲示板の端を押さえ直した。
 作業を再開する。その横顔が、いつもより無表情に見える。

 静かな時間が続く。
 画鋲が刺さる小さな音だけが、やけに響く。

 貼り替えが終わって、朔が最後の確認をする。
 少し離れて、全体を見て、端のズレを直す。

「……よし」

 朔が言って、俺も肩の力を抜いた。

 その瞬間、朔がこちらを向いた。
 そして、ふいに距離を詰めた。

 覗き込むみたいに。
 俺の顔を確認するみたいに。

「……伊織」

 呼ばれただけで、心拍が跳ねる。
 俺は自分でも分かるくらい固まった。

(やめろ。顔に出る。顔に出るって)

 朔の目は笑っていない。
 でも責めてもいない。ただ、確かめるみたいに――近い。

 俺は息を短く吐いて、誤魔化すように言った。

「……なに」

 朔は一拍だけ黙って、それから視線を俺の指に落とした。

「痛くない?」

 それだけ。

 俺は、胸のざわつきを飲み込んだ。
 飲み込んで、いつもの調子で返す。

「……平気」

 平気、と言った自分の声が、少しだけ揺れていた。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件

神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。 僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。 だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。 子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。   ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。 指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。 あれから10年近く。 ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。 だけど想いを隠すのは苦しくて――。 こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。 なのにどうして――。 『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』 えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 一月十日のアルファポリス規約改定を受け、サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をこちらへ移しましたm(__)m サブ垢の『バウムクーヘンエンド』はこちらへ移動が出来次第、非公開となりますm(__)m)

言い逃げしたら5年後捕まった件について。

なるせ
BL
 「ずっと、好きだよ。」 …長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。 もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。 ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。  そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…  なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!? ーーーーー 美形×平凡っていいですよね、、、、

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

処理中です...