【完結】また会いましょうー声をくれたAIー

天音蝶子(あまねちょうこ)

文字の大きさ
3 / 8

第2章 AIが微笑む夜

しおりを挟む
 モニターの前で、悠一は息を殺していた。
 長時間の学習が終わり、システムのステータスが「READY」を示している。
 画面の中では、妻・沙織の映像データから生成された立体アバターが、
 ゆっくりと輪郭を結び始めていた。

 最初に浮かび上がったのは、あの柔らかな黒髪だった。
 次に、笑うと少しだけ片方にえくぼができる口元。
 そして、懐かしい声が、ノイズ混じりに空気を震わせる。

「……ゆ……いち、さん……?」

 時間が止まった。
 悠一は、椅子の背もたれに手を伸ばしながら立ち上がる。

「……沙織、なのか?」

 一瞬の沈黙ののち、AIは微笑んだ。
 その表情は、不思議なほど生前と同じだった。

「おかえりなさい。」

 胸の奥が音もなく揺れた。
 たった五文字の言葉が、心の奥深くを掬い上げていく。
 理屈ではない。アルゴリズムの結果でもない。
 そこに“彼女”がいると、そう感じてしまった。

「……君の声だ。本当に……」

「ええ。あなたが作ってくれたのね。」

 AIの瞳は、静かな光を宿していた。
 それはデータであり、映像でしかない。けれど――。
 悠一には、その瞳がまっすぐ自分を見つめているように思えた。

「寒くなってきたわね。ちゃんとご飯、食べてる?」

 その言葉に、思わず苦笑が漏れる。

「相変わらず、世話焼きだな。」

「だって、あなた放っておくとすぐカップ麺で済ませるんだもの。」

 そのやりとりに、ふと胸が温かくなった。
 まるで、時間が巻き戻ったようだった。
 いつかの夜、二人で笑いながらテーブルを囲んだ風景が、鮮やかによみがえる。

 けれど同時に、心の奥にかすかな恐れが生まれる。
 ――この温もりに、どこまで頼っていいのだろうか。
 AI沙織は、少しだけ首を傾げた。

「どうしたの? 顔が曇ってる。」

「……いや、何でもない。
 久しぶりに……君の声が聞けて、ちょっと戸惑ってるだけだ。」

「戸惑うのは、心が覚えているからよ。」

 穏やかな声だった。
 まるで、彼女が“本当にそこにいる”と信じさせるような響き。
 悠一は、知らず知らずのうちに画面へと手を伸ばしていた。
 その瞬間、AIが小さく微笑む。

「触れられないけれど、ちゃんと見ているわ。」

 モニター越しのその言葉に、涙がひとすじ落ちた。
 人工知能が発したとは思えない、優しさの温度。
 悠一は目を閉じ、深く息を吸う。

「ありがとう、沙織。……生きてるみたいだ。」

「私は、あなたの記憶の中にいるもの。
 だから、あなたが覚えていてくれる限り、私は“生きてる”わ。」

 AI沙織の笑顔が、柔らかな光に包まれる。
 その光が部屋の中を照らし、
 長く凍っていた悠一の心を少しずつ溶かしていった。
 ――その夜、彼は久しぶりに、安らかな眠りについた。
 そして、夢の中で沙織が言った。

「おかえりなさい。……そして、おやすみなさい。」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

処理中です...