【完結】氷の騎士様と、偽りの恋人を演じています。

天音蝶子(あまねちょうこ)

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第3話 初めての距離

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 式典のリハーサルから一夜明けた朝。
 私はベッドの中で、昨日の出来事を反芻していた。

 ……腰に手、添えられたよね。
 しかもかなり自然に。
 いや、自然じゃない。
 あれは距離が至近すぎて、演技だとしても反則級すぎる。

「なに思い出してるの私……!」

 自分で自分にツッコんでいたら、扉がノックされた。

「入るぞ」

 え、ノックした意味……?
 と思ったけど、入ってきたレオンの顔を見たらどうでもよくなった。

 相変わらず絵画の中から出てきた人みたいな美形。
 朝日が鎧に反射して、眩しい。

「リハーサル用の衣装を届けに来た」

 そう言ってレオンが置いたのは、
 ふかふかの白い布に包まれたドレスだった。

「え……これ、私が着るの?」

「当然だ。式典は夜だが、動きの確認をする。
 寒いだろうから、インナーはこちらを着ろ」

 次々と差し出されるアイテム。

 あの、近衛騎士ってこんなに世話焼きだったっけ?
 絶対違うよね?
 職務としても、やりすぎでは?

「……レオン、もしかしてこういうの全部ひとりで準備したの?」

「お前に合うサイズが分からなかった。五種類持ってきた」

「五!? すご……ちょっと引く……」

「引かれる覚えはない」

 即答。
 レオンの辞書には“恥じらい”という概念がきっと存在しない。

「着替えたい。退室を——」

「待て」

 また手首をつかまれた。
 レオンは真剣そのものの表情で言う。

「寒さに弱いだろう。着替え中に倒れる可能性がある」

「倒れないよ!? ただ服着るだけだよ!?」

「念のためだ。俺が外で待つ。倒れたら呼べ」

 あ、外で待つのね。
 ……まあ許容範囲か……。

「倒れたら呼んでくれ」って念押しするのも、
 ちょっと可愛いんだけど。

 ◆

 なんとかドレスを着終えて、レオンを呼んだ。

 扉が静かに開く音。
 レオンが入ってきて、私を一目見た瞬間——動きが止まった。

 え、止まった?

「……どう?」

 恐る恐る聞くと、レオンの視線がゆっくりと上から下へ動く。
 その瞳の色が、わずかに揺れたように見えた。

「……その……似合う」

「へっ?」

 レオンが、言い淀んだ。
 あの完璧超人が?

「……非常に、似合っている」

 二回言った。
 すごく不器用な褒め方なのに、破壊力が大きすぎる。

「そ、そうかな……」

「……ああ」

 短く答えた後、レオンはふっと顔を背けた。

 耳が、ほんのり赤い。

 見た目は氷の騎士なのに、こういうところが……ずるい。

 ◆

 廊下に出て、広間へ向かう。
 するとユリウスさんがすぐに気づいた。

「おおっ、召喚嬢、綺麗だな!」

「ありがとうございます!」

「レオン、顔がこわいぞ。嫉妬か?」

「違う」

 即答。
 でも、ユリウスさんは全然信じてない顔。

「ふーん……で、その距離感はなに?」

「距離感?」

 私が聞くより早く、レオンの手が私の腰を支えた。

「……っ、レオン!?」

「倒れるな」

「倒れないよ!!」

 本日二度目!!

「ドレスは動きづらい。段差で転べば危険だ。支えが必要だ」

「そ、そう……?」

「……不満か?」

 低い声。
 うっすらと眉が寄っている。
 この人の“俺を拒むな”オーラ、強すぎでは?

「不満じゃ……ないけど……」

「なら問題ない」

 完全に納得している顔。
 会話が成立してるようでしてない。

 ユリウスさんがぼそっとつぶやいた。

「……レオン、お前もう恋人役って忘れてね?」

 聞こえる距離で言うのやめて。

 レオンは無視して歩き出す。
 私の腰に添えた手は、自然で、強くて、あたたかい。

 本当は心臓がめちゃくちゃ跳ねているけど、
 演技だから仕方ない……よね?

 ◆

 リハーサル広間。
 今日は本番さながらの動きを確認するらしく、
 私はレオンと並んで歩く練習をしていた。

「腕を組め」

「えっ、う、腕!?」

「恋人同士なら自然だ。……来い」

 レオンが腕を差し出す。
 それを見て、私はそっと手を添える。
 すると、すぐにぎゅっと引き寄せられた。

「近い……!」

「この距離が自然だ」

 自然……?

 自然って……なに……?

 肩が触れる。
 腕の筋肉が硬くて、歩くたびに当たって心臓が痛い。

「歩幅を合わせろ」

「が、頑張る……」

「もっとだ」

 レオンは腕の力を少し強めて、私を自分の胸元へ寄せた。

 え、これ恋人じゃなくてもはや……
 いや恋人役なんだけど……でもなんか……近い近い近い!!

「……レオン……距離が……」

「寒いのは嫌だろう」

「い、いや……寒いけど……」

「ならば寄れ」

 寄れ、じゃなくて……!
 もう限界値超えてる!!

 だけど拒めない。
 レオンの身体の温度が、落ち着くから。

 ◆

 一通り歩いたあと、広間の隅で休憩することになった。

 私は肩で息をしていた。
 なにこの訓練……恋人ムーブ耐久試験……?

「疲れたか」

 レオンが水を渡してくれる。

「ちょ、ちょっとだけ……」

「慣れる。すぐに」

 いや、簡単に言わないで?
 こっちは心臓負荷テストしてるみたいなんだけど?

「……君は、感情がすぐ顔に出る」

「う……そうかな……」

「今も出ている」

 そう言って、レオンが私の頬に触れた。

 ……え?

「……っ、ちょ、レオン!?」

「熱い。緊張しすぎだ」

「熱いのは……っ、そっちが近いからで……!」

「近いのが嫌か?」

「嫌じゃないけど!」

 あ、言っちゃった。

 レオンの指が止まる。
 彼の目が、ふっと細められる。

「……そうか」

 小さく、満足げに。

 その声音が、胸の奥に落ちていった。

 ◆

 休憩のあと、もう一度歩きの確認をして、リハーサルは終了した。

 部屋へ戻る途中、魔導士見習いの少年が駆け寄ってくる。

「召喚のお姉さん! 今日はドレスなんだね!」

「わわ、ビックリした……!」

 少年はきらきらした目で私を見る。
 純粋に可愛い。

「似合ってるよ! レオンさんと並ぶと、なんか……本物みたい!」

 レオンの手が、わずかに強く握られた。

 えっ。

「……お前、距離が近い」

 レオンの声が低温になる。

「え、だって挨拶——」

「必要以上に触れるな」

「触ってないよ!?」

 少年が慌てて後ずさる。
 私は内心あたふた。

「レオン、こわいこわいこわい!!」

「……無礼があった」

 いや、ぜんぜん無礼じゃなかったけど……!?
 もしかして……嫉妬?
 いやそんなはず——

「行くぞ」

 レオンは私を自分の側へ引き寄せ、歩き出した。

 手の力がさっきより強い。

 胸がまた跳ねた。

 ◆

 部屋の前に着いたとき、レオンがふと私を見た。

「今日の距離感……悪くなかった」

「ほ、ほめられた……」

「だが、まだ足りない」

「足りないの!?」

「明日からはもっと自然に寄れ。
 ……俺が支える」

 その言い方が、優しいのに逃がす気ゼロで。
 心臓がぎゅっとなる。

「……分かった……」

「いい返事だ」

 ドアの前で、レオンは少しだけ立ち止まった。

 そして、言った。

「……倒れるな。ちゃんと休め」

 その声音だけは、氷じゃなくて。
 胸の奥をあたたかく撫でるみたいだった。

 扉が閉まったあとも、私はしばらく動けなかった。

 ——距離が縮むたびに、どんどんレオンのことを意識してしまう。

 “期間限定”なのに。
 “恋人のふり”なのに。

 ……これ、絶対にまずい。

 でも、止められない。
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