【完結】氷の騎士様と、偽りの恋人を演じています。

天音蝶子(あまねちょうこ)

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第5話 王国の異変と鍵情報

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 朝の訓練室を出た頃には、
 城の外の雪がさらに強くなっていた。
 窓の外は白い壁みたいで、見ているだけで震えそう。

「……今日はいつもより寒いな」

 レオンがぽつりとつぶやく。
 彼ですらそう言うって相当なんじゃ——
 と思った瞬間、廊下の端からバタバタと走る足音。

「レオン様!!」

 駆け込んできたのはユリウスさんだった。
 珍しく息を切らしている。

「外……森の魔物、数が増えてる。市街地ギリギリまで来てるぞ」

「やはりか。詳細は?」

 レオンの声が一段低くなる。
 私まで背筋がぞくっとした。

「おかしいんだよ。種類もバラバラで、群れ方が変だ。
 ……まるで“何かを探して”集まってるみたいで」

 探してる……?
 嫌な予感しかしない。

 レオンは私の後ろに回り込むように立ち、肩に手を置いた。

「……召喚者を?」

 ユリウスが眉を寄せる。

「ああ。昨日も城の周りに残滓が漂っていた。反応源は——」

 視線が、私に向けられる。

 心臓が跳ねた。

「ま、まって……私のせいってこと……?」

 少年が慌てて走り寄ってきた。

「違う! 違うよお姉さん!  “原因”じゃなくて“鍵”なんだよ!」

「鍵……?」

「召喚魔法の余波って、時間が経つほど不安定になるんだ。
 だけどお姉さんみたいに“異世界から来た人”が近くにいると、
 逆に魔力が安定しやすくなる。
 でも……最近、周りの魔力が全部逆流してて——」

 少年の説明は専門用語だらけで、
 よく分からないけどひとつだけ理解できた。

 私の存在が、魔物を“刺激してしまっている”可能性があるということ。

「そんな……」

 思わず一歩下がりそうになったとき、
 レオンの手がぎゅっと肩を押さえた。

「下がるな」

「で、でも……私が危険を——」

「君のせいではない」

 レオンは断言するように言った。

 その声があまりにも強くて、涙が出そうになる。

「君は誤召喚された。責任は召喚側にある。
 君を責める者などいない」

「レオン様の言う通りだ」

 ユリウスも頷く。

「問題は“どう守るか”のほうだ。……で、お前はどうする?」

 レオンは迷いもなく答えた。

「今まで以上に側を離れさせない。
 視界から消す気もない」

 言い切った。
 怖いくらいに迷いがない。

 それが嬉しいのか怖いのか分からなくて、胸がきゅっとなる。

 ◆

 その後、王から「当面は室内中心に過ごすように」と命が下った。

「……つまり軟禁……?」

「保護だ」

 レオンが即答する。

「どこへ行くにも俺が同行する」

「いつものことだよね……?」

「いつも以上だ」

 さらに強化されるのか……!

 私が苦笑していると、少年がぽつんと言った。

「……それだけお姉さんの存在、
 魔力の波に影響してるんだよ。」

「……どういうこと?」

 少年は少し躊躇ってから、小さく呟いた。

「召喚の扉が“閉じかけてる”ってこと。
 魔力が不安定なせいで、世界の境界が揺れてるんだ。
 ……お姉さんがこの世界に留まるための扉が」

 胸がぎゅっと縮まった。

「戻れなくなる……ってこと……?」

「いや、逆に今は“戻ってしまうかもしれない”んだ。
 無意識のうちに。魔物が暴れてるのは、
 たぶんその揺れの影響だと思う」

 戻る……?
 この世界から……?

 それは本来の世界に戻れるって意味でもあるけど、
 同時に——

 レオンや、この世界と離れるかもしれないってことでもある。

「……そんなの、やだ……」

 気づいたら呟いていた。

 レオンが即座にこちらを見る。

「だめだ」

「え……」

「戻らせない。
 まだ不安定な状態で扉に触れれば、危険が大きい」

 そういう意味……?

 でも、レオンの目は私を見つめすぎていて、
 “任務のため”って言葉だけでは説明できる感じじゃなかった。

 ◆

 休憩室に移動したあと、レオンが少しだけ距離を詰めて言った。

「……怖いか?」

「……うん」

 正直に言うと、レオンはゆっくりと手を伸ばし、
 私の顎をそっと持ち上げた。

「だが、俺がいる」

「……レオン……?」

「離れなければいい」

 その声があまりにも自然で、優しくて、
 一瞬、もう演技だと忘れそうになる。

「君は俺の……」

 言いかけて、彼は言葉を止めた。
 長い睫毛がわずかに震えた気がした。

「……恋人役だ。守るのは当然だ」

 最後だけ、少しだけ苦しそうだった。

 ◆

 その夜。
 部屋に戻ったあとも、胸が落ち着かなかった。

 戻るかもしれない私。
 離さないと言うレオン。
 魔物が増え続ける森。

 どれも簡単に受け止められない。

 ベッドに座っていると、窓の外からかすかな光が見えた。

 雪原の向こう、森の方で……なにかが揺れていた。

「……魔物……?」

 その瞬間、ドアがノックされる。

「入る」

 またそれ!
 でもレオンの顔を見てほっとする。

「森で動きがあった。魔導士団が出ているが……もしものためだ」

 レオンは迷わず私の前に膝をつき、目線を合わせた。

「君は、俺から離れないでくれ」

 その言葉は、命令じゃなかった。
 ただの願いのように聞こえた。

「……うん。離れない」

 私が答えると、レオンの肩がわずかに緩む。

「よかった」

 その小さな安堵が、胸を貫いた。

 演技のはずなのに、こんな表情をするなんて反則だ。

「……レオン」

「なんだ」

「私、戻りたくない……かも」

 言ってしまった。

 レオンは息を飲み、私を見つめる。

 そして——

「戻さない」

 即答だった。

「たとえ世界がどう揺らいでも、
 ——俺は君を手放すつもりはない」

 その言葉は冷たくなくて、
 むしろ熱くて、どこか必死だった。

 胸の奥が、ぎゅうっと締め付けられる。

 もう分かってる。

 これは“演技”じゃない。

 レオンは本気で、
 私を離すつもりがないのだ。

 そして私も……
 それを怖いと思うより、嬉しいと感じてしまっている。

 ——それが一番、危険なんだ。

 でももう、止まれない。
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