【完結】氷の騎士様と、偽りの恋人を演じています。

天音蝶子(あまねちょうこ)

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第6話 氷の騎士の乱れ

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 その日の午後。
 城の中はどこか張り詰めた空気に包まれていた。

 廊下を歩く騎士たちの足取りは早く、
 魔導士たちは何かを測定するように魔力計を構えている。

「……魔物、そんなにひどいのかな」

 私がつぶやくと、隣を歩くレオンが言った。

「昨日より明らかに強い反応だ。
 森の奥で何かが起きている。
 ……だからこそ、君を一人にできない」

「わ、分かってるけど……そんなに危険なの?」

「危険だ」

 レオンは迷いなく答えた。

「もし魔物が城内に侵入すれば、まず狙われるのは召喚者だ」

「……私?」

「ああ。だから君は——」

 レオンが私の手を取ったその瞬間だった。

 ——城の警鐘が鳴り響いた。

「侵入者だ!! 西側塔に魔物発生!!」

「っ……!」

 レオンが即座に私の肩を引き寄せる。

「こっちだ!」

 私の手を握りしめたまま、レオンは走り出した。
 ユリウスさんが反対方向から駆けつける。

「レオン! 西側塔の下で魔力の揺らぎが発生してる! 城の結界が薄くなってる!」

「原因は?」

「不明だ! ただ、魔物の反応が“何か一つを探すように”集中して——」

 その視線が、自然と私へ向かう。

「……最悪だ」

 ユリウスがつぶやいた。

 レオンはきつく私の手を握りしめる。

「君は絶対に離れるな」

「うん……!」

 私は必死にレオンの背中を追った。

 でも、走り出した途端——

 強い衝撃。
 地面が揺れた。

「きゃっ!」

 床が割れ、足元から黒い霧が噴き出す。

「魔物——!?」

「下がれ!!」

 レオンが剣を抜き、私を後ろへ押しやる。

 黒い影が一気に広がり、視界を奪う。
 私は反射的にレオンの腕をつかもうと手を伸ばした。

「レオ——」

 ——届かなかった。

 黒い影がレオンの位置と私の位置の間に割り込んで、世界が真っ黒になった。

 ◆

「……っ、痛……!」

 気づくと私は石畳の上に倒れていた。

 霧はすでに薄れていて、周囲は見慣れない廊下。

 ここどこ……?

「レオン!? レオンどこ!?」

 叫んでも返事がない。

 胸がざわつく。
 さっきまで隣にいたのに。
 手を離すなって言ってたのに。

「レオン……!」

 暗い廊下に足を踏み出した時だった。

「お姉さん!!」

 少年の声が響き、駆け寄ってくる。

「よかった……! 生きてる……!」

「し、少年! レオンは!? レオンはどこに!?」

「分からないよ! 魔力の波が急に暴れて、お姉さんの位置が“跳んだ”んだ! たぶん偶然……でも……」

 でも?

「レオンさん……お姉さんが消えた瞬間、顔が真っ青になって……」

 胸が締めつけられた。

「探しに飛び込んでいったよ。霧の中へ」

 ……私を探しに?

「どの方向に?」

「西塔のほう! でも危ないよ! 
 霧で魔力が乱れてるから、魔物がいっぱい——」

「行く!」

 足が勝手に動いていた。

「危ないって! お姉さん狙われる可能性高いのに!」

「レオンがひとりで危ないほうがもっと嫌!!」

 少年が目を丸くする。

 でももう止まれない。

 レオンが危ない。
 私を探して……ひとりで飛び込んでいった。

 そんなの嫌だ。

 ◆

 西塔へ向かう廊下は、ひどく静かで、嫌なほど冷たい。

 雪の夜みたいな空気。
 手が震える。

 奥のほうで、ふっと霧が揺れた。

「……レオン?」

 違う。
 黒い影。

 魔物だ。

 一歩踏み出した瞬間、影がこちらへ一気に突進してきた。

「——来るなぁ!!」

 思わず叫んだ瞬間。

 鋭い音が空気を裂いた。

 次の瞬間、霧は光に切り裂かれて消える。

 そして——

「……何をしている」

 低い声が降ってきた。

「レオン!!」

 そこにいたのは、剣を構えたレオンだった。
 霧を斬って現れた彼は、信じられないほど息が荒い。

「……見つけた」

 その言葉は、怒りでも安堵でもない。
 もっともっと深い……混ざりきれない必死さだった。

 私は駆け寄ろうとして——
 でもレオンに止められた。

 ガシッ。

 手首をつかまれ、レオンに引き寄せられる。

「動くな……っ」

 肩に額が落ちる。

 レオンが……震えている。

「れ、レオン……?」

 答えない。
 ただ強く、私の肩を抱きしめた。

 その腕が震えていて。
 氷みたいな彼が、こんな……。

「……消えたと思った」

 かすかな声。
 今にも消えてしまいそうなほど弱い声。

「君が……俺の視界から……突然……」

 レオンは言葉を区切りながら続ける。

「胸が……潰れるかと思った」

「レオン……」

「もう……二度と……」

 レオンが私を抱きすくめる力が強くなる。

「——離れないでくれ」

 その声が、あまりにも切実で。
 胸が痛くて、でも同時にどうしようもなく嬉しかった。

「ごめん……でも、レオンが危ないと思ったから……!」

「俺はいい。だが君は駄目だ」

 レオンは顔を上げる。
 氷のような瞳なのに、熱がこもっている。

「君を失うくらいなら……俺は、俺でなくなる」

 その言葉を聞いた瞬間。

 胸の奥のどこかが、静かに音を立てて崩れた。

 レオンは私を離さない。
 腕の力は強すぎるのに、痛くなくて。
 ただただ必死で。
 それが苦しくて、幸せで。

「レオン……私、ここにいるよ。離れない」

 そう言った瞬間、レオンの表情がわずかに緩んだ。

 ほんのわずか。
 けれど確かに。

「……よかった」

 今までで一番素直な声だった。

 ◆

 魔物の残滓は退けられたものの、
 西塔周辺の魔力は依然不安定らしい。

 ユリウスさんや魔導士団が駆けつけ、状況確認が始まる。

 けれどレオンは、その間もずっと私を手放さなかった。

 腰でも手でも肩でも、どこか常に触れて離れない。

 ユリウスさんが苦笑する。

「おーおー、レオン……顔がひどいな。死ぬかと思った?」

「……黙れ」

「いや、その様子なら言わなくても分かるわ」

 ユリウスさんの視線が私に向かう。

「召喚嬢、気をつけろよ。あいつ……“好き”とかのレベル超えてるから」

「え、えっ……」

 レオンが即座に遮る。

「余計なことを言うな」

「余計じゃないだろ。見りゃわかるって」

 ユリウスさんの言葉が真実味を帯びていて、
 私は胸が熱くなるのを止められなかった。

 レオンは、私を見つめる。

 その目が、
 もう“演技”の距離じゃない。

「……君を、離す気はない」

 その宣言に、
 胸が締め付けられて——
 もう、逃げられないと思った。

 でも……逃げたいなんて、少しも思わなかった。
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