【完結】氷の騎士様と、偽りの恋人を演じています。

天音蝶子(あまねちょうこ)

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第7話 契約解除の条件

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 霧が晴れたあの日から、
 レオンは本気で、私の半径一歩以内から離れなくなった。

 朝起きたら、もう廊下の前で待ってる。
 食事にも訓練にも会議にも同行。
 部屋に戻る時も、扉の前までしっかり送り届けて、
 最後に必ず——

「今夜も……絶対に、ひとりで歩くな」

 そう言って私の指先に触れる。

 もう、ほとんど恋人のそれだ。

 ……いや、恋人“役”なんだけどさ。

 でも、レオンの態度はもう役の範囲をとっくに越えていて、
 私もそれを否定できなくなっていた。

 だって、こんなふうに見つめられたら——
 好きじゃないほうが無理だよ。

 ◆

 翌朝。
 食堂に行くと、ユリウスさんが珍しく真剣な顔をしていた。

「二人とも来たな。……ちょっと、聞いとくべき話がある」

 私とレオンは向かいに座る。

 ユリウスさんは手元の紙を軽く叩いて言った。

「召喚の安定化が進んでる。
 魔導士団が分析した結果——」

 レオンの肩がわずかに強張る。

「“召喚者がこの世界に適応してきた”ことで、
 境界の揺れが減ってきてるそうだ」

「それは……いいことなの?」

 私は思わず聞いた。

「まあ、安定してきたってことだな。
 つまり——」

 ユリウスさんは私たちを見て、ゆっくりと告げる。

「“恋人役”の任務、解除の話が出てる」

 ……え?

 一瞬、意味が分からなかった。

 解除……?

 レオンといる時間が——
 レオンの「離すな」という言葉が——
 全部、終わる……?

 私が固まっていると、レオンが口を開いた。

「時期は?」

「式典が終わったら、だそうだ。……つまりあと十日」

 十日。

 十日で、レオンの隣に立つ理由がなくなる。

 胸がぎゅっと痛んだ。

 ユリウスさんはため息まじりに続ける。

「一応伝えとくが……任務は終わりでも、
 二人がどうするかは自由だ。
 続けたきゃ続ければいいし、離れるなら離れてもいい」

 離れる。

 その言葉だけは、頭の奥が拒絶した。

 でも……レオンは?

「レオン……どう思ってるの……?」

 恐る恐る見つめると、
 レオンは私を真っ直ぐに見返した。

 揺れない瞳。
 氷みたいなのに、熱がある。

 そして低く言った。

「……俺は、契約が終わったからといって、君を手放すつもりはない」

 心臓が跳ねた。

 だけどその一方で——

「……でも私、漂うみたいな立場だよ?
 魔物の影響もあって、いつ帰るかも分からなくて……」

「関係ない」

 言葉が強い。

「契約の有無で態度を変える気はない。
 ……ずっと、側にいてほしい」

 “側にいてほしい”。

 そんなふうに言われて、
 どうして心が揺れないでいられる?

 でも——

「……レオン。もし、私がいつか元の世界に戻りたくなったら?」

 この問いは、避けちゃいけない気がした。

 レオンは答えず、視線を落とした。
 長い沈黙のあと、搾り出すように言う。

「……その未来は、考えたくない」

 その声が苦しくて、胸が痛くなった。

 ◆

 そのあと訓練室に移動する間も、
 レオンはずっと黙っていた。

 肩が触れたまま歩く。
 手の甲同士が何度もかすって、心臓が落ち着かない。

 訓練室に入ると、レオンはようやく口を開いた。

「……契約解除の話、気にしているのか」

「そりゃ……気にするよ……。
 レオンは、私を守る任務があるから一緒にいてくれてたんだし……」

「違う」

 間髪入れずに返ってくる。

「任務は理由の一つに過ぎない。
 君を守りたいのは……君が君だからだ」

 胸がぎゅっとなる。

「でも……私の気持ちはどうなるの?」

 口にした瞬間、レオンの目がわずかに揺れた。

 私も驚いた。

 “好き”とか“恋”とか言ってないのに、
 そこに踏み込んでしまったような気がして。

「……レオンが離さないって言ってくれるのは嬉しいけど……
 私は、どうしてそんなふうに思われてるのか分からない」

「分からなくていい」

「よくないよ!」

 私が声を上げると、レオンはわずかに目を伏せた。

「……君が来てから、俺はずっとおかしい」

「おかしい?」

「判断が狂う。
 視界から消えるだけで息が乱れる。
 誰かが近づこうとすれば止めたくなる」

 その言葉は、まるで告白みたいで。

「……ユリウスにも言われた。
 “好意か執着か、自分で見極めろ”と」

 レオンは一度目を閉じ、そして私を見つめる。

「だが……どちらでもいい。
 俺は、君を手放したくない。それだけは確かだ」

 胸の奥がぐらぐらと揺れた。

 レオンは歩み寄り、私の頬へ手を伸ばす。

「……怖いのなら、言え」

「レオン……」

「君の意思を無視する気はない。ただ——」

 指が触れた瞬間、息が止まる。

「君が離れようとするなら、俺は全力で止める」

 その宣言が、甘くて、苦しくて。
 逃げ場がないのに、逃げたいと思わない。

「……そんなこと言われたら……」

「言われたら?」

「離れられないよ……」

 ぽろっと本心が漏れた。

 レオンの目がふっと揺れて、
 そのまま私のこめかみに触れた。

「それでいい」

 声はいつも通り低いのに、
 熱が混ざっていた。

 ◆

 その後、今日の動きを軽く確認して、訓練は終了した。

 部屋に戻ろうとしたとき、
 レオンはふいに私の手を取った。

「……契約が終わっても、俺の気持ちは変わらない」

「……うん」

「君の答えがどうであれ……俺は君の側にいる」

「……レオン……」

「離す気はない」

 その言い方に、背筋が震える。

 怖いくらいに真っ直ぐで。
 だけど——とんでもなく嬉しくて。

 ユリウスさんが遠くから言った。

「おーい、お前ら!
 もう恋人役じゃなくても成立してんぞ!」

「黙れ」

 レオンが即答する。

 私は、思わず笑ってしまった。

 でもその笑顔の裏には、
 胸の奥でひっそりと灯るものがあった。

 ——契約が終わっても、隣にいたい。

 そんな気持ちが、確かに芽生えてしまっていた。
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