【完結】氷の騎士様と、偽りの恋人を演じています。

天音蝶子(あまねちょうこ)

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第8話 微かな甘さ

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 式典まであと一週間。
 契約解除まで、あと十日。

 そんな数字を意識してしまうせいで、
 最近、レオンが側にいるだけで胸が苦しくなる。

 今日の予定は軽い資料確認だけで、
 午後はほぼ自由時間——のはずだった。

「午後の予定だが、場所を変える」

「えっ、どこに?」

 レオンは当たり前のように答えた。

「暖炉室だ。冷え込みが強い。君が倒れる」

「倒れない……と思うけど……」

「倒れたらどうする」

 反論の余地なし。

 ◆

 暖炉室は、雪国の城の中でも特に暖かい部屋らしく、
 木の香りがして落ち着く空間だった。

 パチパチと薪が燃える音。
 窓の外は吹雪なのに、ここだけ異様に居心地がいい。

 レオンは私をソファに座らせると、
 向かいではなく、隣へ腰を下ろした。

 近。
 なんで隣?
 普通、向かい合うんじゃ?

「手を出せ」

 またこれ。

「え、また温めてくれるの……?」

「寒いだろう」

 そう言いながら、
 レオンは私の手を包み込んだ。

 ああ、この感触……反則すぎる。

 ぎゅっと握られるだけで心臓の動きが全部狂う。

「……昨日より冷えている」

「え、そんなに?」

「分かる。君の体温くらいは」

 なんでそんな真顔で言えるの!?
 心臓止まるかと思った。

「レオンはさ……本当に、なんでこんなに優しいの?」

「優しくはない」

「優しいよ。今日だって部屋の温度まで気にして……」

「必要だからだ」

「必要……?」

 レオンは一瞬だけ視線を落とすと、
 そのまま私の手を重ねた手にぎゅっと力を入れた。

「君に……苦しい思いをしてほしくない」

 胸が一気に熱くなる。

「……ただの“恋人役”なのに?」

「……“役”と言われると不快だ」

 小さく、ほんのわずかに噛みしめるような声。

「今の俺は、任務より……君を優先している」

 耳が熱くなる。

 レオンは続ける。

「君が笑うと安心する。
 君が怖がると胸が締め付けられる。
 ……それが“役”の感情だと、まだ思うのか?」

 その問いかけに、息が止まった。

 だってそれって……どう考えても……

 ——私に“本気”ってことじゃないの?

 ◆

 レオンは手を離すどころか、
 両手で包み込むように握りしめる。

「……契約が終わっても、俺は離れないと言った」

「うん……」

「だが、まだ言っていないことがある」

 レオンの横顔はいつも通り冷静なのに、
 どこかぎこちなさが混じっている。

「君が俺をどう思おうと……俺は、君のことを……」

 そこで言葉が止まった。

 それを遮ったのは——

「レオン様ー! 至急の報告です!」

 扉を叩く声。

 うわ、タイミング……!
 あとちょっとで確実に言いかけてたのに!

 レオンは軽く眉を寄せると、手を放さずに言った。

「入るな。数秒待て」

 いや入らないで!? なにこの即ブロック!

 扉の外の騎士が困った声で返す。

「で、でも魔導士団から……!」

「数秒だと言った」

 声が低い。
 命令形なのに、なぜか少し焦ってるのが分かる。

 そのギャップに心臓がまた暴れる。

 レオンは私に向き直り、小さく言った。

「……今の話の続きは、後で必ず言う」

 そんなの……
 期待しちゃうに決まってる。

 ◆

 報告を受けるために立ち上がる前、
 レオンは私の手を離しかけて——

 結局、離さなかった。

「移動する」

「このまま!?」

「離す必要がない」

 いや手を繋いだまま廊下歩くの!?
 無理!!
 心臓が絶対もたない!!

 廊下に出た瞬間、
 近くにいた騎士たちがそわそわした顔をする。

 ユリウスさんなんて、
「お前らもう結婚の練習してんの?」って顔だ。

 レオンは無視して歩く。

「……レオン、離してもいいよ……?」

「嫌だ」

 即答。

「そ、そんなはっきり……」

「君の手は冷たい。暖める」

 言い訳が理論武装されてて強い。

 でも……
 嫌じゃない。

 むしろ、嬉しい。

 ◆

 報告を終えて暖炉室へ戻ると、
 吹雪の音だけが外から聞こえてきた。

 レオンは私をソファに座らせ、
 また手に触れてくる。

「……さっきの続きだけど——」

 と言いかけた時。

 今度は魔導士見習いの少年が飛び込んできた。

「お姉さん!! レオンさん!! やばいです!!」

「……またか」

 レオンが不機嫌そうに言う。

 少年は息を切らせながら叫ぶ。

「城の北側で“召喚の扉”が、
 ちょっとだけ……揺らぎました!」

「……扉が?」

 嫌な言葉。

「今すぐ戻ったりする危険はないですけど……
 “境界反応”は確実に出てます。
 つまり——」

 少年は私の手を握った(瞬間、レオンが殺気を撒いた)。

「お姉さんの魔力が、動き始めてる!」

 ——私の魔力?

 ということは。

「……私、本当に……こっちの世界の滞在が不安定になってきてるの?」

 少年は黙って小さく頷く。

 レオンの手が、強く私の指を掴んだ。

「……絶対に行かせない」

 その声は低くて、震えていて、
 そして……どこか祈るようだった。

 ◆

 少年が出ていったあと、
 レオンは静かに私の隣に座りなおした。

 距離は近い。
 肩が触れる。
 手はまだ繋いだまま。

「……怖いか」

「……少し、うん」

 正直に答えると、
 レオンは私の手の甲を親指でゆっくり撫でた。

「大丈夫だ」

 その声はいつもみたいに冷静じゃなくて、
 どこか柔らかい。

「君は、俺が守る」

「……レオン……さっきの話……続き……」

 言った瞬間、レオンは目を細める。

「……後で必ず、と言った」

「後でって……いつ……?」

 レオンはゆっくりと私の頬に触れた。

 指が温かくて、心臓が跳ねる。

「焦らなくていい。
 ただ……一つだけ言う」

「?」

 レオンはほんの少しだけ、
 私の額に自分の額を寄せてきた。

 触れそうで触れない距離。
 息が絡む距離。

「……契約が終わっても。君は俺の隣にいろ」

 それは、ほとんど告白で。
 でもまだ“決定的に言葉にしない”残酷な甘さで。

 胸の奥がぎゅうっと鳴った。

「……うん」

 そう答えた私の声は震えていたのに、
 レオンはとても満足そうに目を閉じた。

 この距離。
 この温度。

 “微甘回”なんて言葉じゃ収まらない。

 だって、これはもう——
 演技の距離じゃない。
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