【完結】氷の騎士様と、偽りの恋人を演じています。

天音蝶子(あまねちょうこ)

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第9話 衝突とすれ違い

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 式典まで、あと三日。
 恋人役の契約も、本当に終わりが見えてきた。

 そんな微妙なタイミングで——
 今日は外交相手の代表団が城に到着する日だった。

 レオンは朝から緊張している……ようには見えないんだけど、
 いつも以上に言葉が少なくて、歩く速度も早い。

「レオン、ちょっと速い……ついていけない……!」

「歩幅を合わせろ」

「合わせてるけど……!」

 私が息を乱すたび、
 レオンの眉がピクリと動く。

「……苦しいか?」

「少し……」

 レオンは立ち止まると、
 ため息を混ぜて私の腰に手を添えた。

「なら寄れ」

「ま、また距離が近い……!」

「必要だ」

 必要。
 最近その言葉、よく聞く。

 でも——今日はなんだか違う。
 レオンの声が硬くて、
 余裕がない。

 ◆

 代表団との挨拶の時間。

 広間は緊張と礼儀の空気で満たされていて、
 私はレオンの隣で“恋人役”を演じることになっていた。

「失礼を……」

「ほう、これが“騎士殿の恋人”か」

 代表団の男性たちが、
 興味深そうに私を見る。

 その視線がざらっとしていて、ちょっと苦手だった。

 レオンの手が、私の腰をきゅっと引き寄せる。

「触れるな」

 代表のひとりが、冗談めかして私の手を取ろうとした瞬間だった。

 レオンは氷みたいな声で言い放った。

「それ以上近づくのなら……外交儀礼では済まさない」

 えっ。
 広間の空気が凍りつく。

 男性は苦笑して引いたが——
 さすがにやりすぎじゃ?

 私はそっとレオンの袖を引く。

「レオン、そんな言い方……」

「不愉快か?」

「い、いや……そうじゃなくて……!」

「なら問題ない」

 いや問題あるよ!?
 外交の場だよ!?

 周りの視線が痛いほど集まってくる。

 レオンは、私の腰に添えた手の力を抜かない。

 ……ひょっとして、
 これって——嫉妬?

 でも今はそんな場合じゃない。

「レオン、少し落ち着いて……?」

「落ち着いている」

 落ち着いてない。
 絶対落ち着いてない。

 代表団はそのまま去っていったけれど、
 広間に残った空気は、微妙にざわざわしていた。

 ユリウスさんが近寄ってきて、小声で言う。

「……お前、今日は制御ガタガタだぞ」

「問題ない」

「問題しかねぇよ」

 私は、胸の奥がざわつくのを感じていた。

 今日のレオンは、
 私が他の男と話すだけで過剰に反応している。

 これが……“本気”の証拠なのか、
 それとも“焦り”なのか。

 どちらにしても、胸が苦しい。

 ◆

 挨拶が終わった直後、
 レオンは私を連れて別室に入った。

 誰もいない。
 扉が閉まった途端、レオンが言う。

「……あの代表団。君に近づきすぎだ」

「う、うん……まあ確かに近かったけど……」

「君は嫌ではなかったのか?」

 唐突な言葉。
 思わず言い返してしまった。

「嫌だったよ! でもレオンの反応も、ちょっと……!」

「俺の反応が何だ」

「怖かった!」

 レオンが静かに目を細めた。

「……俺が、怖い?」

「そうじゃなくて……っ!
 私が誰かと話しただけで、
 あそこまで怒られたら……
 どうしたらいいか分からないよ!」

 沈黙。
 重い、冷たい沈黙。

 レオンは拳を握り、
 今にも壊れそうなほど硬い声で言った。

「……君を守るためだ」

「守るため、で全部片付けないでよ……!」

 声が震えていた。

「レオンが……“私を取られそう”って思って怒ったのくらい、分かるよ。
 でも……」

 レオンの肩がわずかに揺れる。

「でも、そんなふうに怒られたら……
 私、どうすればいいの?」

 レオンは俯いた。

「……すまない」

 その声音は低くて、擦れていて。
 いつもの完璧なレオンじゃなかった。

「君が……他の男に触れられそうになると……
 どうしようもなく冷静でいられなくなる」

「……レオン」

「理解してくれとは言わない。
 ……ただ、君を失いたくないという気持ちは……抑えられない」

 胸が痛い。
 こんなの、怒れない。

 でも——言いたいことはある。

「レオン……私を大事に思ってくれるのは嬉しいよ。
 でも、私だって人前で恥ずかしい思いはしたくない」

 レオンは顔を上げた。

 氷色の瞳が、
 不安と後悔で濡れているみたいだった。

「……傷つけたか」

「ちょっとだけ」

「……すまない」

 その言葉は、本気で苦しそうだった。

 私はそっとレオンの手に触れる。

「怒ったわけじゃないよ。
 ただ……言っておきたかっただけ」

 レオンの手が微かに震えたあと——
 ゆっくりと、私の指を包んだ。

「……君に嫌われたら……どうすればいい」

 その声が、あまりにも弱すぎて。

 胸が、きゅうっと締め付けられた。

「嫌わないよ」

「本当か」

「うん……本当」

 レオンは、私の手を額に押し当てるようにして目を閉じた。

「……よかった」

 その姿が、
 あまりにも弱くて、強くて、愛おしかった。

 ◆

 ほんの少しの沈黙のあと、
 レオンは私の腰をそっと抱き寄せた。

 距離が近い。
 でも、さっきまでの張り詰めた空気はもうない。

「君を怒らせたくはない」

「うん」

「だが、どうしても……独占したくなる」

「……それは、分かるけど……」

「制御する。……努力する」

 珍しく不器用すぎる言葉。

 その誠実さに胸があたたかくなる。

 私は小さく笑いながら言った。

「じゃあ……頑張ってね、レオン」

 レオンの目がわずかに細められ、
 そのまま私の耳元で囁く。

「……君が望むなら、いくらでも」

 ずるい。
 そんな言い方。

 でも、嫌じゃない。
 むしろ——

 心臓が、また跳ねた。

 この衝突は、
 きっと私たちに必要なものだった。

 すれ違って、ぶつかって、
 それでも手を離さなかった。

 だから今、
 距離がまたひとつ近づいた。
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