【完結】氷の騎士様と、偽りの恋人を演じています。

天音蝶子(あまねちょうこ)

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第10話 独占の確信

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 式典まで、あと一日。
 契約終了まで、あと四日。

 微妙すぎる時間が、余計に胸をざわつかせる。

 昨日の衝突から、レオンは少し距離感を調整してくれている……
 と思ったけど——

「危険区域だ。手を出せ」

 はい出た。
 廊下を三歩歩くごとに“危険区域”。
 なんなの、私の周りだけ魔物湧いてる設定でもあるの?

「レオン、ここはただの書庫前だよ……?」

「誰が出入りしているか分からん」

「え、でも——」

「手を」

 あ、これはもう逃げられないやつだ。
 観念して手を出すと、レオンは自然に指を絡めてきた。

 指を、絡めて。

「レオン……それ、恋人繋ぎ……」

「恋人役だから問題ない」

「いやいやいや、役でそこまで……」

「役でなくても構わない」

 心臓:バクッ

 この人、さらっと爆弾落とすのやめてほしい。

 ◆

 廊下を進むと、魔導士見習いの少年がはっとした顔で走ってきた。

「お姉さん! あのね! 北側の魔力、また揺れてて——」

 少年が近づいた瞬間。

 レオンの手が、ぐいっと強く私を引き寄せた。

「近づきすぎだ」

「またそれ……!」

 少年は怯えながら手をバタバタさせる。

「ち、違うんですレオンさん! 怒らないで! お姉さんに触る気なかったから!」

「なら下がれ」

 声が低い。
 氷点下。

「あ、あの、私のせいだから……レオン落ち着いて……!」

 袖を引くと、レオンは渋々といった感じで力を緩めた。

 少年はほっとしつつも、興奮気味に続ける。

「大事なのはこっちで! 魔力の揺れ方が変なんです!
 今までは“召喚者の影響”って感じだったのに……
 今日は“誰かが扉を揺らしてる”みたいな……!」

「誰かが……?」

 その瞬間、レオンの顔から一瞬で温度が消えた。

「……狙っている者がいるということか」

 低い声。
 嫌な予感が背中をなぞる。

 少年が震える声で言う。

「召喚魔法って、本来は“術者の意志”に反応するんです。
 だからもし誰かが外部から扉を触ってるなら……」

「……お姉さんを“戻そうとしてる”可能性がある」

 ——戻そうとしてる?

「ま、待って! 私を……?」

 少年は小さく頷いた。

「誰かが……“召喚のやり直し”を仕掛けてるのかもしれない。
 この世界から、お姉さんを引き離そうとしてる」

 胸が冷たくなる。

 戻る……?
 こんな状態で?
 レオンと……離れて?

「そんなの……嫌——」

 言いかけた瞬間。

 レオンの指が、私の指を強く絡め直した。

「戻さない」

 声が低い。
 熱すぎて、冷たすぎる。

「誰が仕掛けたとしても、お前を渡す気はない」

「レオン……」

「たとえ術者が王族でも、魔導士団でも、他国でも——
 君を奪う者は、俺が全部排除する」

 少年がびくっと肩をすくめるほどの、本物の殺気。

 私の胸は、怖いより……熱くなっていた。

 ◆

 そのあと、レオンは魔導士団に少し話を聞きに行くことになり、
 私はその間ユリウスさんと一緒に控室で待っていた。

 ユリウスさんは、ちらりと私の顔を見て言う。

「……レオンの“アレ”、びっくりしただろ」

「あ、うん……ちょっと……」

「まあ正直、予想はしてた」

「予想……?」

 ユリウスさんは苦笑しながら肩をすくめる。

「あいつさ、人に興味持つのが極端に少ないんだよ。
 “守る”って決めた相手には全力だけど……
 “情が入る”なんて、ほとんどない」

「情……」

「で、お前が召喚された日からだ。
 あいつ、表情の変化が人間らしくなった」

「え、表情あったの……?」

「細かいんだよ。
 眉の角度とか、目線の揺れとか、声の温度とか」

 え……そんなの、全然気づかなかった。

 ユリウスさんは続ける。

「だから言っとくけどな。
 あいつの“独占欲”は……そろそろ限界だぞ」

「げ、限界……?」

「“君は俺のものだ”って言いかけて止めたの、分かっただろ」

 ——分かった。分かりすぎるほど。

 ユリウスさんはため息まじりに笑った。

「お前、自覚しとけ。
 レオンはもう“役だから”じゃ動いてねぇ。
 完全に“自分の女だと思ってる顔”してる」

「……っ、そ、そんな顔、してたかな……」

「してる。全員知ってる。城で一番有名だ」

 え、全員……!?

 私の心臓は、もう混乱と照れと嬉しさとで忙しい。

 ◆

 しばらくしてレオンが戻ってきた。

 部屋に入るなり、まっすぐ私の前へ来て言う。

「……待たせたな」

 その“私だけに向けた声”が、胸の奥をぎゅっと掴む。

「扉を揺らしているのは、まだ特定できない。
 だが——」

 ゆっくりと私の頬に触れてくる。

「君を失う可能性があるなら……俺は迷わない」

 距離が近い。
 呼吸が触れ合うほど近い。

「奪われるくらいなら、この手で守る」

 その目は、深い、深い静かな決意に満ちていて。

「……君を、他のどこにも行かせない」

 心臓が跳ねた。

 これ、もう……
 好きって言われてるのと同じじゃない?

 声が、掠れてしまう。

「レオン……もし私が……戻されそうになったら?」

 レオンは私の手を取り、指を絡めて、
 そのままゆっくり引き寄せた。

「その前に——
 俺がお前を抱いて離さない」

 息が止まった。

 抱いて——
 離さない。

 その宣言に、
 全身が熱くなった。

「……レオン……」

「君は俺の隣にいろ。
 契約が終わっても、役がなくても。
 ……俺の“女”として」

 ついに、その言葉が出てしまった。

 独占、確信、支配、愛。
 全部入り混じった、たったひとつの言葉。

 私は震える声で、でもはっきり答えた。

「……離れないよ。
 レオンが望むなら、どこにも行かない」

 レオンは、ほんの一瞬だけ目を閉じて——
 とても静かに、深く息を吐いた。

 まるで祈りが叶ったみたいに。

 そして私の額へそっと触れて、小さく囁く。

「……いい子だ」

 心臓が完全に溶けた。

 ◆

 その夜。

 城の外では、また魔力が揺れていた。
 誰かが召喚の扉を触っている。

 でも私は、もう不安じゃなかった。

 レオンの手が、ずっと私を離さなかったから。

 ——明日は、いよいよ式典。

「離れるなよ。ずっと隣にいろ」

 その声とともに、
 レオンは私をそっと抱き寄せた。

 胸に広がる熱で、全部の不安が消えていく。

 これが“独占”じゃなくて何なの?

 でも、嬉しいと思ってしまう私は——
 もう完全に、レオンのものだ。
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