【完結】氷の騎士様と、偽りの恋人を演じています。

天音蝶子(あまねちょうこ)

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第11話 甘やかしと約束

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 式典の前夜。
 明日は“恋人役の最後の日”で——
 同時に、契約が終わるカウントダウンの始まりでもある。

 胸がそわそわして落ち着かない。
 でも、レオンはそんな気配を敏感に察していた。

 夕食後、部屋に戻る途中。
 廊下の灯りがゆらゆら揺れるたびに、
 レオンは何度も私の肩へ手を添えてきた。

「……歩く速度が遅い。疲れているのか?」

「え、そんなことないよ……」

「嘘だ。いつもより呼吸が浅い」

 観察眼が鋭すぎる。

「式典が不安か?」

 その問いに、私は少しだけ沈黙してしまう。

 だって——
 明日が終われば、もう“恋人役”という名目で彼の隣にいられない。

 それが、想像以上に怖かった。

 レオンは黙ったまま私を見つめ、
 次の瞬間――

 ふわ、と抱き寄せられた。

「……っ、れ、レオン……ここ廊下……!」

「誰もいない」

 そう言って、私の頭を自分の胸元へ押し当てる。
 耳元で静かに鳴る鼓動。
 落ち着いた、でも少しだけ早い鼓動。

「……不安なら、言え」

「不安……じゃ、ないけど……少しだけ」

「なら、甘えていい」

 甘えていい——?

 その言葉が甘すぎて、胸がくしゃっとなる。

 ◆

 暖炉室に連れて行かれ、
 レオンは私をソファに座らせると、
 隣ではなく、真正面に膝をついた。

 その姿勢に、心臓が一気に跳ねる。

「……レオン?」

「顔色が悪い。少し休め」

 レオンは手袋を外し、
 素手で私の頬に触れた。

 熱い。

 いつもの冷静さとは違う、
 じわっとした温度が伝わってくる。

「……君の体温が低い。暖める」

 そう言うと、
 そのまま両手で包み込むように私の頬を挟んだ。

「ち、近……」

「嫌か?」

「嫌じゃ……ないけど……」

「なら問題ない」

 今日も出た、レオンの“問題ない”理論。

 でも、嫌どころか目を逸らせない。

 レオンはじっと私を見つめ、
 いつもより少し柔らかい声で言った。

「……明日、側に立ってくれるか」

「もちろん。恋人役だし」

 そう答えた瞬間、レオンの指がぴくりと動いた。

「恋人“役”……」

「……っ」

 あ、これ……地雷ワード……!

 レオンはすぐに視線を落とし、
 ほんの一瞬、悔しそうに眉を寄せた。

「役は……明日で終わる」

「……うん」

「だが、俺は違う」

 顔を上げたレオンの瞳は、
 炎に照らされて揺れていた。

 氷色なのに、熱い。

「君を恋人として扱うのは……役だけではない」

「れ、レオン……?」

 レオンは私の手を取り、
 手の甲に軽く口づける。

 ーー触れた、だけ。
 でも全身が熱くなる。

「君が消えそうになった日のこと……覚えているか」

「……うん」

 霧に飲まれて、一瞬だけレオンと離れたあの日。

 レオンは声を低くして続ける。

「君を失うかと思った。
 恐ろしくて……胸が裂けるようだった」

「……レオン……」

「その時、気づいた。
 俺はもう……君なしでは平静でいられない」

 その告白じみた言葉に、息が止まった。

「契約が終わっても、君は俺のものだ。
 ……俺がそう望む」

 すごく強い言葉なのに、
 どこか弱くて切実さがにじんでいる。

 私はゆっくりと、レオンの手を握り返した。

「……私も、レオンと離れたくないよ」

 レオンの瞳がわずかに揺れ、
 そのまま私の手を胸元に押し当ててきた。

 ドク、ドク——
 熱い鼓動が伝わる。

「……他のどこにも行くな」

「行かないよ」

「契約が終わっても、俺の隣にいろ」

「……うん」

「誰にも渡さない」

 その声は低く、濃く、甘い。

 私の胸がしびれる。

 ◆

 その後しばらく、レオンは私の手を握ったまま動かなかった。

 静かな部屋に、暖炉の音だけが響き続ける。
 レオンの指が、ゆっくりと私の指を撫でる。

「……明日、式典が終わったら話がある」

「は、話?」

「大事な話だ」

「ど、どんな……?」

 レオンは少しだけ微笑んだ。
 氷が溶けるみたいな、滅多に見せないやつ。

「……秘密だ。
 君に逃げられたら困る」

「逃げないよ!」

「なら、聞けるはずだ」

 優しく、でも逃げ場はないような声音。

 もう、覚悟を決めるしかない。

 レオンは私の額に手を添え、
 唇が触れるか触れないかの距離で止まった。

「……今はまだ、これ以上はしない」

「……っ」

「明日、きちんとした形で……
 俺の気持ちを話す」

 その囁きは、
 もうキスと同じくらい心臓に悪い。

 レオンはゆっくり立ち上がると、
 名残惜しそうに私の手を離した。

「休め。明日、君は俺の隣で輝く」

「……うん」

「目を離さない。離す気もない。
 だから安心して眠れ」

 それは、甘やかしで、独占で、誓いのようで。

 そして今日の最後に、ゆっくりと囁く。

「——明日。君を迎えに来る」

 胸がいっぱいになって、
 何も言えなかった。

 そして分かってしまった。

 明日、私はきっと——
 レオンから逃げられない。

 ……逃げる気なんて、もうないけれど。
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