5 / 27
第4話 孤独と誓い ― 闇に沈む気配
しおりを挟む
夜の城は、音を殺していた。
闇が深いのではない。
光が足りないのでもない。
ただ──誰かが、世界の“音”だけをそっと奪い取ったような静けさだった。
横になっていても、思考が擦り減るだけだと悟り、
ルナはベッドから起き上がる。
眠れなかったのではない。
眠ることそのものを、身体が拒んだ。
扉の鍵を外し、静かに開ける。
廊下に点々と並ぶ灯りは
何百年も前からそこに立っていたかのように、呼吸を変えない。
(この城は……静寂が“規律”になっている)
誰かの意志が、ここをそういう空間にした。
角を曲がるたび、空気がひそやかに沈む。
その沈み方の方向──地下。
(……下だ)
導かれたのか、自分で歩いたのか。
判別できないまま、階段の前に立つ。
手すりに触れた指先に微かな冷気だけが触れ、去った。
恐れとは違う。
ただ、胸の奥でひとつ音が鳴った。
これは“知らないもの”の気配だ。
階段を降りるたび、石の質感がわずかに変わる。
磨かれているはずなのに、奥に古い粗さがある。
何かが長い時間、封じられていた場所。
(ここは……)
降り切った先に、扉。
黒曜ではない。
白でもない。
石とも金属とも呼べない静かな素材でできた扉。
触れたら何かが変わる──その確信だけが、掌に浮かぶ。
手をかけた。
扉は、音もなく開いた。
そこは、祈りの残骸だった。
高い天井。
消された信仰の痕跡。
台座は残り、像はもうない。
何が祀られていたのか。
この部屋は、語ろうともしない。
ルナは一歩だけ踏み込んだ。
足音が吸い込まれる。
音が死ぬ。
(……これは、何百年も前の“信”の跡)
光のない信仰。
背後で、扉が音もなく閉じた。
「そこは、誰にも見せぬ場所だ」
声が、闇の奥から落ちてきた。
振り向く。
カイン・クロノス。
薄闇の中でも、彼の赤い瞳だけはひとつの光のように浮かんでいる。
短い黒髪が夜の端を切り取ったように揺れた。
ルナは呼吸が一瞬、止まる。
「見せるつもりは、なかったのでは」
言葉にすると、脈がひとつだけ跳ねる。
カインは近づかない。
ただ、この“空間”そのものを見ている。
「ここは、救いが喪われた場所だ」
怒りも、悔恨もない声音。
けれど、その一行には
“かつて救いを願ったことがある者”だけの静かな冷たさが宿っていた。
(この男は……孤独を“祀った”のか)
カインは視線をルナへ戻す。
「君が降りて来ると、わかっていた」
断言だった。
推測でも、偶然でもない。
事実としての言い方。
ルナは喉が微かに鳴るのを自覚した。
「なぜ、私だと」
その半分の問いが空気に触れた瞬間。
カインは、触れない距離で一歩、踏み込んだ。
「君は、いつもそうだった」
──いつも?
胸の奥で、冷たいものがわずかに震える。
“理解”ではない。
まだ名前のつかない違和感。
カインの声が、静かに落ちる。
「禁じられた扉を、自分の意志で開ける」
その一行の中にあったのは、
この礼拝室よりずっと深い時間の底の、記憶の気配だった。
ルナは、返す言葉を持てなかった。
沈黙だけがふたりの間に落ち、夜の底をさらに深くした。
闇が深いのではない。
光が足りないのでもない。
ただ──誰かが、世界の“音”だけをそっと奪い取ったような静けさだった。
横になっていても、思考が擦り減るだけだと悟り、
ルナはベッドから起き上がる。
眠れなかったのではない。
眠ることそのものを、身体が拒んだ。
扉の鍵を外し、静かに開ける。
廊下に点々と並ぶ灯りは
何百年も前からそこに立っていたかのように、呼吸を変えない。
(この城は……静寂が“規律”になっている)
誰かの意志が、ここをそういう空間にした。
角を曲がるたび、空気がひそやかに沈む。
その沈み方の方向──地下。
(……下だ)
導かれたのか、自分で歩いたのか。
判別できないまま、階段の前に立つ。
手すりに触れた指先に微かな冷気だけが触れ、去った。
恐れとは違う。
ただ、胸の奥でひとつ音が鳴った。
これは“知らないもの”の気配だ。
階段を降りるたび、石の質感がわずかに変わる。
磨かれているはずなのに、奥に古い粗さがある。
何かが長い時間、封じられていた場所。
(ここは……)
降り切った先に、扉。
黒曜ではない。
白でもない。
石とも金属とも呼べない静かな素材でできた扉。
触れたら何かが変わる──その確信だけが、掌に浮かぶ。
手をかけた。
扉は、音もなく開いた。
そこは、祈りの残骸だった。
高い天井。
消された信仰の痕跡。
台座は残り、像はもうない。
何が祀られていたのか。
この部屋は、語ろうともしない。
ルナは一歩だけ踏み込んだ。
足音が吸い込まれる。
音が死ぬ。
(……これは、何百年も前の“信”の跡)
光のない信仰。
背後で、扉が音もなく閉じた。
「そこは、誰にも見せぬ場所だ」
声が、闇の奥から落ちてきた。
振り向く。
カイン・クロノス。
薄闇の中でも、彼の赤い瞳だけはひとつの光のように浮かんでいる。
短い黒髪が夜の端を切り取ったように揺れた。
ルナは呼吸が一瞬、止まる。
「見せるつもりは、なかったのでは」
言葉にすると、脈がひとつだけ跳ねる。
カインは近づかない。
ただ、この“空間”そのものを見ている。
「ここは、救いが喪われた場所だ」
怒りも、悔恨もない声音。
けれど、その一行には
“かつて救いを願ったことがある者”だけの静かな冷たさが宿っていた。
(この男は……孤独を“祀った”のか)
カインは視線をルナへ戻す。
「君が降りて来ると、わかっていた」
断言だった。
推測でも、偶然でもない。
事実としての言い方。
ルナは喉が微かに鳴るのを自覚した。
「なぜ、私だと」
その半分の問いが空気に触れた瞬間。
カインは、触れない距離で一歩、踏み込んだ。
「君は、いつもそうだった」
──いつも?
胸の奥で、冷たいものがわずかに震える。
“理解”ではない。
まだ名前のつかない違和感。
カインの声が、静かに落ちる。
「禁じられた扉を、自分の意志で開ける」
その一行の中にあったのは、
この礼拝室よりずっと深い時間の底の、記憶の気配だった。
ルナは、返す言葉を持てなかった。
沈黙だけがふたりの間に落ち、夜の底をさらに深くした。
0
あなたにおすすめの小説
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
村娘あがりの娼婦ですが、身請けされて幸せです
春月もも
恋愛
村を飛び出して王都に来たリリアは、いまは高級娼婦として生きている。
ここは通過点のはずだった。
誰かに選ばれて終わる物語なんて、わたしには関係ないと思っていたのに。
触れない客。
身体ではなく、わたしの話を聞きに来るだけの商人。
「君と話す時間を、金で買うのが嫌になった」
突然の身請け話。
値札のついた自分と向き合う三日間。
選ばれるのではなく選ぶと決めたとき、
通過点は終わりになる。
これは救いではなく対等な恋の話。
白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。
あの、初夜の延期はできますか?
木嶋うめ香
恋愛
「申し訳ないが、延期をお願いできないだろうか。その、いつまでとは今はいえないのだが」
私シュテフイーナ・バウワーは今日ギュスターヴ・エリンケスと結婚し、シュテフイーナ・エリンケスになった。
結婚祝の宴を終え、侍女とメイド達に準備された私は、ベッドの端に座り緊張しつつ夫のギュスターヴが来るのを待っていた。
けれど、夜も更け体が冷え切っても夫は寝室には姿を見せず、明け方朝告げ鶏が鳴く頃に漸く現れたと思ったら、私の前に跪き、彼は泣きそうな顔でそう言ったのだ。
「私と夫婦になるつもりが無いから永久に延期するということですか? それとも何か理由があり延期するだけでしょうか?」
なぜこの人私に求婚したのだろう。
困惑と悲しみを隠し尋ねる。
婚約期間は三ヶ月と短かったが、それでも頻繁に会っていたし、会えない時は手紙や花束が送られてきた。
関係は良好だと感じていたのは、私だけだったのだろうか。
ボツネタ供養の短編です。
十話程度で終わります。
前世の私は重い女だったので、今世は恋なんてしません。
ありま氷炎
恋愛
前世は余りにも夫が大好きで、愛が重すぎた。
だから捨てられた。
なので生まれ変わった今は、恋なんてするつもりはなかったのだけど……。
二十年以上無視してきた夫が、今さら文通を申し込んできました
小豆缶
恋愛
「お願いです。文通から始めてもらえませんか?」
二十年以上会話もなかった夫――この国の王が、ある日突然そう言ってきた。
第一王妃マリアは、公爵家出身の正妃。だが夫はかつて、寵愛する第三王妃の話のみを信じ、彼女を殴ったことがある。その事件が原因で、マリアは男性恐怖症が悪化して、夫と二人きりでは会話すらできなくなっていた。
それから二十年。
第三王妃はとある事故で亡くなり、夫は反省したらしい。だからといって――今さら夫婦関係をやり直したいと言われても遅すぎる。
なのに王は諦めない。毎日の手紙。花を一輪。夜食の差し入れ。
不器用すぎる求愛に振り回されるうち、マリアの中で止まっていた感情が少しずつ動き始める。
これは、冷えきった政略夫婦が「文通」からやり直す恋の話。
※本作は「存在されていないことにされていた管理ギフトの少女王宮で真の家族に出会う」のスピンオフですが、単体で読めます。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?
すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。
人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。
これでは領民が冬を越せない!!
善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。
『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』
と……。
そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる