【完結】前世で失った恋を、この世で。 ──黒曜の城で結ばれるふたりの夜

天音蝶子(あまねちょうこ)

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第4話 孤独と誓い ― 闇に沈む気配

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 夜の城は、音を殺していた。

 闇が深いのではない。
 光が足りないのでもない。
 ただ──誰かが、世界の“音”だけをそっと奪い取ったような静けさだった。

 横になっていても、思考が擦り減るだけだと悟り、
 ルナはベッドから起き上がる。

 眠れなかったのではない。
 眠ることそのものを、身体が拒んだ。

 扉の鍵を外し、静かに開ける。

 廊下に点々と並ぶ灯りは
 何百年も前からそこに立っていたかのように、呼吸を変えない。

(この城は……静寂が“規律”になっている)

 誰かの意志が、ここをそういう空間にした。

 角を曲がるたび、空気がひそやかに沈む。
 その沈み方の方向──地下。

(……下だ)

 導かれたのか、自分で歩いたのか。
 判別できないまま、階段の前に立つ。

 手すりに触れた指先に微かな冷気だけが触れ、去った。

 恐れとは違う。
 ただ、胸の奥でひとつ音が鳴った。

 これは“知らないもの”の気配だ。

 階段を降りるたび、石の質感がわずかに変わる。
 磨かれているはずなのに、奥に古い粗さがある。

 何かが長い時間、封じられていた場所。

(ここは……)

 降り切った先に、扉。

 黒曜ではない。
 白でもない。
 石とも金属とも呼べない静かな素材でできた扉。

 触れたら何かが変わる──その確信だけが、掌に浮かぶ。

 手をかけた。
 扉は、音もなく開いた。

 そこは、祈りの残骸だった。

 高い天井。
 消された信仰の痕跡。
 台座は残り、像はもうない。

 何が祀られていたのか。
 この部屋は、語ろうともしない。

 ルナは一歩だけ踏み込んだ。

 足音が吸い込まれる。
 音が死ぬ。

(……これは、何百年も前の“信”の跡)

 光のない信仰。

 背後で、扉が音もなく閉じた。

「そこは、誰にも見せぬ場所だ」

 声が、闇の奥から落ちてきた。

 振り向く。
 カイン・クロノス。

 薄闇の中でも、彼の赤い瞳だけはひとつの光のように浮かんでいる。
 短い黒髪が夜の端を切り取ったように揺れた。

 ルナは呼吸が一瞬、止まる。

「見せるつもりは、なかったのでは」

 言葉にすると、脈がひとつだけ跳ねる。

 カインは近づかない。

 ただ、この“空間”そのものを見ている。

「ここは、救いが喪われた場所だ」

 怒りも、悔恨もない声音。
 けれど、その一行には
 “かつて救いを願ったことがある者”だけの静かな冷たさが宿っていた。

(この男は……孤独を“祀った”のか)

 カインは視線をルナへ戻す。

「君が降りて来ると、わかっていた」

 断言だった。

 推測でも、偶然でもない。

 事実としての言い方。

 ルナは喉が微かに鳴るのを自覚した。

「なぜ、私だと」

 その半分の問いが空気に触れた瞬間。

 カインは、触れない距離で一歩、踏み込んだ。

「君は、いつもそうだった」

 ──いつも?

 胸の奥で、冷たいものがわずかに震える。

 “理解”ではない。
 まだ名前のつかない違和感。

 カインの声が、静かに落ちる。

「禁じられた扉を、自分の意志で開ける」

 その一行の中にあったのは、
 この礼拝室よりずっと深い時間の底の、記憶の気配だった。

 ルナは、返す言葉を持てなかった。

 沈黙だけがふたりの間に落ち、夜の底をさらに深くした。
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