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第5話 真実の影 ― 揺れる忠誠の行方
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朝の空気は、夜よりも淡い。
光はあるのに、色がない。
廊下に響くのは、ルナの靴の音だけ。
黒曜城の朝は、驚くほど静かだった。
歩きながら、ルナは無意識に手首を押さえた。
昨夜、カインに触れられた場所。
“温度”だけが、まだ現実として残っていた。
(ただの接触だった…)
そう言い聞かせてみる。
だが、思考の端がかすかに震える。
剣の訓練でも、戦場でもなかった。
あの接触は――“揺らし方”を知っている手だった。
曲がり角を進んだとき、影が立っていた。
黒髪。
だがカインの刃のような黒ではない。
茶に転ぶ柔らかい黒。
手首の布が僅かに擦れる。
細工師のような指先。
男は片手を軽く上げた。
「初めまして。セレス、と申します」
控えめな声。
優しいのではない。
余計な力をすべて削いだ“軽さ”。
ルナは短く会釈した。
「ルナ・エルトリアです」
セレスは表情を動かさないまま、静かに言った。
「昨夜――この城の『底』に触れましたね?」
言葉だけで、背筋が固くなる。
(知っている…)
「…なぜ、それを」
問いを終えるより早く、セレスは淡々と続ける。
「ここでは、城そのものが“感応”します。
誰が、どこに触れたのか」
挑発ではなかった。
ただ、“事実”の報告。
その無機質さが逆に、思考を深く沈めた。
(監視役ではない…ただ“理解者”の目)
ルナは息を整え、淡々と返す。
「“底”は…礼拝の跡、ですね」
セレスはほんの僅かだけ肩を竦めた。
「祈りはとうに失われた。
残っているのは――傷だけです」
昨夜、言葉にならない痛みとして感じたもの。
それを、この男は淡々と“名指した”。
ここで“揺れ”が始まる兆しでした。
ルナは、そう理解した。
セレスは、薄く目を伏せて言った。
「カイン様は、誰にも“底”を見せません」
その言い方は、淡々としていた。
怒りも、嫉妬も、誇張もない。
ただの事実。
「本来あそこは、あなたの立ち入りを許す場所ではない」
ルナの胸が、ひそかに震えた。
「……許されていたと言いたいのですか」
セレスは頷かない。
否定もしない。
ただ、静かに言う。
「あなたは “最初から” ここへ入れる側です」
その言葉は、刃より鋭かった。
意味が、深すぎる。
(私は…最初から?)
理解が追いつかない。
追いつかせたらいけない気もした。
セレスはほんの一瞬だけ表情を伏せた。
「――あの方は、守ろうとしています。あなたを」
その一言が、胸の奥で静かに爆ぜた。
守る?
誰を?
私を?
私は、暗殺者だ。
彼を殺すためにここへ来た。それなのに。
胸の奥に、“役目以外”の言葉が静かに生まれる。
その言葉を、ルナは強く押し潰した。
(惑わされるな。私は任務を遂行する)
セレスは、もうそれ以上言わず、一歩下がった。
まるで――これ以上踏み込めば、ルナが壊れるのを知っているかのように。
◆
夕刻。
侍女に案内され、小さな食堂へ。
大広間ではない。
窓もほとんどない。
光が薄く落ちるだけの静かな部屋。
丸い卓に、カインがひとり座っていた。
その距離は、手を伸ばせば触れられるほど。
「座れ」
命令でもなく、選択も与えない声。
ルナは黙って向かいに座った。
“食事”という名の儀式のように、皿が置かれた。
しかし、カインは触れない。
食べる気も、飲む気も、最初から持っていない。
ただ、ルナを見る。
「君は、自分の足で開ける」
ルナの胸が、ひとつ跳ねた。
「“底”に辿り着いたのは、君だけだ」
(まるで“過去”を知っているかのような言い方)
「なぜ、私だと分かっていた」
問いは、喉の奥に硬く刺さったまま。
言葉になる前に、カインが静かに言った。
「君の意志は、折れない」
叫びでも、称賛でもなく。
ただの確信。
(折れたら終わる)
理由はまだ見えない。
見えないのに――この男は、まるで最初から“知っていた”ように見ている。
ルナは食事を口に運ぶふりをする。
味は、分からない。
ただ、指先に熱が残っている。
あの日、触れられた温度。
そのひと雫を――消せないまま。
(これは任務を脅かす)
その自覚が、いちばん恐ろしい。
光はあるのに、色がない。
廊下に響くのは、ルナの靴の音だけ。
黒曜城の朝は、驚くほど静かだった。
歩きながら、ルナは無意識に手首を押さえた。
昨夜、カインに触れられた場所。
“温度”だけが、まだ現実として残っていた。
(ただの接触だった…)
そう言い聞かせてみる。
だが、思考の端がかすかに震える。
剣の訓練でも、戦場でもなかった。
あの接触は――“揺らし方”を知っている手だった。
曲がり角を進んだとき、影が立っていた。
黒髪。
だがカインの刃のような黒ではない。
茶に転ぶ柔らかい黒。
手首の布が僅かに擦れる。
細工師のような指先。
男は片手を軽く上げた。
「初めまして。セレス、と申します」
控えめな声。
優しいのではない。
余計な力をすべて削いだ“軽さ”。
ルナは短く会釈した。
「ルナ・エルトリアです」
セレスは表情を動かさないまま、静かに言った。
「昨夜――この城の『底』に触れましたね?」
言葉だけで、背筋が固くなる。
(知っている…)
「…なぜ、それを」
問いを終えるより早く、セレスは淡々と続ける。
「ここでは、城そのものが“感応”します。
誰が、どこに触れたのか」
挑発ではなかった。
ただ、“事実”の報告。
その無機質さが逆に、思考を深く沈めた。
(監視役ではない…ただ“理解者”の目)
ルナは息を整え、淡々と返す。
「“底”は…礼拝の跡、ですね」
セレスはほんの僅かだけ肩を竦めた。
「祈りはとうに失われた。
残っているのは――傷だけです」
昨夜、言葉にならない痛みとして感じたもの。
それを、この男は淡々と“名指した”。
ここで“揺れ”が始まる兆しでした。
ルナは、そう理解した。
セレスは、薄く目を伏せて言った。
「カイン様は、誰にも“底”を見せません」
その言い方は、淡々としていた。
怒りも、嫉妬も、誇張もない。
ただの事実。
「本来あそこは、あなたの立ち入りを許す場所ではない」
ルナの胸が、ひそかに震えた。
「……許されていたと言いたいのですか」
セレスは頷かない。
否定もしない。
ただ、静かに言う。
「あなたは “最初から” ここへ入れる側です」
その言葉は、刃より鋭かった。
意味が、深すぎる。
(私は…最初から?)
理解が追いつかない。
追いつかせたらいけない気もした。
セレスはほんの一瞬だけ表情を伏せた。
「――あの方は、守ろうとしています。あなたを」
その一言が、胸の奥で静かに爆ぜた。
守る?
誰を?
私を?
私は、暗殺者だ。
彼を殺すためにここへ来た。それなのに。
胸の奥に、“役目以外”の言葉が静かに生まれる。
その言葉を、ルナは強く押し潰した。
(惑わされるな。私は任務を遂行する)
セレスは、もうそれ以上言わず、一歩下がった。
まるで――これ以上踏み込めば、ルナが壊れるのを知っているかのように。
◆
夕刻。
侍女に案内され、小さな食堂へ。
大広間ではない。
窓もほとんどない。
光が薄く落ちるだけの静かな部屋。
丸い卓に、カインがひとり座っていた。
その距離は、手を伸ばせば触れられるほど。
「座れ」
命令でもなく、選択も与えない声。
ルナは黙って向かいに座った。
“食事”という名の儀式のように、皿が置かれた。
しかし、カインは触れない。
食べる気も、飲む気も、最初から持っていない。
ただ、ルナを見る。
「君は、自分の足で開ける」
ルナの胸が、ひとつ跳ねた。
「“底”に辿り着いたのは、君だけだ」
(まるで“過去”を知っているかのような言い方)
「なぜ、私だと分かっていた」
問いは、喉の奥に硬く刺さったまま。
言葉になる前に、カインが静かに言った。
「君の意志は、折れない」
叫びでも、称賛でもなく。
ただの確信。
(折れたら終わる)
理由はまだ見えない。
見えないのに――この男は、まるで最初から“知っていた”ように見ている。
ルナは食事を口に運ぶふりをする。
味は、分からない。
ただ、指先に熱が残っている。
あの日、触れられた温度。
そのひと雫を――消せないまま。
(これは任務を脅かす)
その自覚が、いちばん恐ろしい。
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