【完結】前世で失った恋を、この世で。 ──黒曜の城で結ばれるふたりの夜

天音蝶子(あまねちょうこ)

文字の大きさ
14 / 27

第13話 ひとつになる夜 ― 運命が交わる瞬間

しおりを挟む
 扉が閉まる音は、まるで深い水の底に落ちる小石のようだった。
 跳ね返りもせず、泡も立てず、ただ静かに沈んでいく。

 振り返らなくても分かる。
 ここは外界と遮断された、“ふたりの空間”だ。

 黒曜の壁は、魔力を吸い込む。
 他人の視線も、他人の気配も、ここには入り込まない。

 カインはすぐには近づかなかった。
 ただ、視線だけが距離を測る。

 その眼差しは、探っているのではない。
 確かめているのだ。
 “ルナが自分の意思でここにいる”という一点。

「戻ったのか」

 問いというより確認だった。
 声は低い。
 しかしその低さは“安堵”を押し隠した音だった。

 ルナは一歩だけ近づいた。

「……はい」

 その一言には、誓約の重さが宿った。
 言葉はただの音ではない。
 ここでは、言葉ひとつが大きく世界を変える。

 カインはその一歩を見て、初めて動いた。

 ゆっくりと距離を詰める。
 音を殺した靴音。
 その“音のなさ”がかえって、胸を震わせる。

 指先が頬に触れた。

 爪ではなく、掌の内側。
 “触れ慣れたものに触れる自然さ”だった。

 ひどく静かで、ひどく優しい温度。

 ルナは目を逸らさない。
 この人の前では、もう誤魔化す意味がない。

(この人は――私を“知っている”)

 言葉ではない。
 記憶ですらない。
 もっと深い場所で、そう思い出してしまう。

 カインは静かに息を落とす。

「前も……言えなかった」

 それだけだった。
 説明はなかった。
 けれど“どの前”の話か、もう聞く必要もなかった。

 そのまま、額と額が触れた。

 ただの接触。
 なのに、それだけで全身が熱に変わる。

「今度は手放さない」

 囁きは決意ではなかった。
 祈りに近い。
 願いの音だった。

 ルナは息を吸い、目を閉じた。
 拒む理由は、もうどこにもない。

「……はい」

 その一言。
 それが“選択”だった。

 唇が触れたのは、一瞬。

 けれど、その一瞬で
 胸の奥に残っていた「任務」と名付けていたものが、
 ゆっくりと、音を立てずに崩れていくのが分かった。

 深く、ではない。
 ただ、確かに触れて、離れた。

 呼吸だけが近い。
 互いの吐息が、夜の空気の中で混ざる。

 ルナは静かに目を開ける。

 そこには、今世で出会ったばかりの“敵国の将”ではなく
 ずっと前から自分だけを見ていたという男がいた。

 名ばかりの結婚でもなければ、政治の駒でもない。

 魂の側でつながる相手――
 そんな言葉すら、まだ持てないのに
 身体の奥が“そう”とだけ、静かに頷いていた。

 カインが、ルナの背へ腕を回す。
 強くではない。
 壊さないための力で。

「眠れ」

 その声は、命令ではない。
 願いだった。

(眠りは弱さではない。
 あなたの隣でだけは、守られる時間だ)

 ルナは、自分の意志で目を閉じた。
 この判断は、誰にも委ねない。

 衣擦れの音が、静かに寝台の縁で揺れる。

 手を引かれて横たわる。
 ただそれだけで、
 深く、深く、夜が満ちる。

 指先が絡む。
 触れただけ。
 それなのに――涙が出そうになる。

(私は、ここにいていい)

 その“許可”だけがあまりにも温かかった。

 カインの吐息が髪を撫でる。

 闇がふたりを包む。

 ひとつの夜が、静かに始まった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

村娘あがりの娼婦ですが、身請けされて幸せです

春月もも
恋愛
村を飛び出して王都に来たリリアは、いまは高級娼婦として生きている。 ここは通過点のはずだった。 誰かに選ばれて終わる物語なんて、わたしには関係ないと思っていたのに。 触れない客。 身体ではなく、わたしの話を聞きに来るだけの商人。 「君と話す時間を、金で買うのが嫌になった」 突然の身請け話。 値札のついた自分と向き合う三日間。 選ばれるのではなく選ぶと決めたとき、 通過点は終わりになる。 これは救いではなく対等な恋の話。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

あの、初夜の延期はできますか?

木嶋うめ香
恋愛
「申し訳ないが、延期をお願いできないだろうか。その、いつまでとは今はいえないのだが」 私シュテフイーナ・バウワーは今日ギュスターヴ・エリンケスと結婚し、シュテフイーナ・エリンケスになった。 結婚祝の宴を終え、侍女とメイド達に準備された私は、ベッドの端に座り緊張しつつ夫のギュスターヴが来るのを待っていた。 けれど、夜も更け体が冷え切っても夫は寝室には姿を見せず、明け方朝告げ鶏が鳴く頃に漸く現れたと思ったら、私の前に跪き、彼は泣きそうな顔でそう言ったのだ。 「私と夫婦になるつもりが無いから永久に延期するということですか? それとも何か理由があり延期するだけでしょうか?」  なぜこの人私に求婚したのだろう。  困惑と悲しみを隠し尋ねる。  婚約期間は三ヶ月と短かったが、それでも頻繁に会っていたし、会えない時は手紙や花束が送られてきた。  関係は良好だと感じていたのは、私だけだったのだろうか。 ボツネタ供養の短編です。 十話程度で終わります。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

前世の私は重い女だったので、今世は恋なんてしません。

ありま氷炎
恋愛
前世は余りにも夫が大好きで、愛が重すぎた。 だから捨てられた。 なので生まれ変わった今は、恋なんてするつもりはなかったのだけど……。

二十年以上無視してきた夫が、今さら文通を申し込んできました

小豆缶
恋愛
「お願いです。文通から始めてもらえませんか?」 二十年以上会話もなかった夫――この国の王が、ある日突然そう言ってきた。 第一王妃マリアは、公爵家出身の正妃。だが夫はかつて、寵愛する第三王妃の話のみを信じ、彼女を殴ったことがある。その事件が原因で、マリアは男性恐怖症が悪化して、夫と二人きりでは会話すらできなくなっていた。 それから二十年。 第三王妃はとある事故で亡くなり、夫は反省したらしい。だからといって――今さら夫婦関係をやり直したいと言われても遅すぎる。 なのに王は諦めない。毎日の手紙。花を一輪。夜食の差し入れ。 不器用すぎる求愛に振り回されるうち、マリアの中で止まっていた感情が少しずつ動き始める。 これは、冷えきった政略夫婦が「文通」からやり直す恋の話。 ※本作は「存在されていないことにされていた管理ギフトの少女王宮で真の家族に出会う」のスピンオフですが、単体で読めます。

婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?

すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。 人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。 これでは領民が冬を越せない!! 善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。 『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』 と……。 そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。

処理中です...