【完結】前世で失った恋を、この世で。 ──黒曜の城で結ばれるふたりの夜

天音蝶子(あまねちょうこ)

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第14話 光の国よ、もう還らない ― ふたりの決断

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 朝は、残酷なほど静かにやってきた。

 黒曜城の石壁に、淡い光がすべり落ちる。
 夜の熱を、何事も無かったかのように洗い流していく。

 ルナは廊下の窓辺に立っていた。

 昨夜の痕跡はどこにもない。
 熱も、触れた指の記憶も、髪に触れた鼓動も。
 すべてが朝の光の前では、あまりにも脆い幻のようだった。

(私は、ここに戻った)

 それは“選択”だった。
 運命でも、従属でもない。
 ただ、自分の足でここへ戻って来た。

 そのとき、背後で足音がした。

 この城では聞かない音だった。
 外の土を歩いてきた、軽く乾いた足音。

 振り向いた瞬間、胸が微かに凍る。

 ラウルが立っていた。

 光の国の色をまとい、
 青年の頃と変わらぬ深い金の瞳。
 ルナの“帰る場所”そのものの象徴。

「ルナ」

 名前を呼んだ声には、命令も怒りもない。

 ただ、“当然戻ってくるはずだ”という信頼だけが乗っていた。

「……帰ろう」

 扉を開ける手のように、静かに、差し出されていた。

 胸の奥で、何かが痛んだ。

(ここに来るまでは、あの声だけが私を正しい場所へ導くと思っていた)

 ルナはゆっくりと息を吸う。

「ラウル卿。私は――」

 言う前に、ラウルの視線が鋭く変わる。

 ルナの背後を、見たのだ。

 黒曜の影が、音も無く歩み出る。

 カインだ。

 ルナの肩に触れたのは、一瞬。
 なのに、その一瞬で、空気が変わった。

「彼女は、もう還らない」

 低い声。
 理由を語らない“確定”の響き。

 ラウルは息を飲む。

「……洗脳されたのか」

 その言葉は、剣より鋭かった。

「ルナ、それは敵だ」

 敵。

 その一語が――胸の奥に深く刺さった。

(私は……もう、騎士ではない)

 だが、自分は消えていない。
 息をしている。
 選択がある。

 ルナはまっすぐラウルを見る。

「私は光の国の剣としてここに来ました。
 それは……かつての任務です」

 その一行だけで、ラウルの顔色が揺れた。
 ルナの声には“もう騎士の硬さ”ではなく、“人間の静けさ”があったからだ。

「任務は――終わりました」

 床に落ちたその言葉は、もう覆らない。

 ラウルは喉を震わせる。

「ルナ……まだ戻れる。今からでも遅くない」

「遅いです」

 ゆっくり、しかし迷いなく。

「私は、ここで自分で選んでしまった」

 “彼”の側に立つ未来を。

 ラウルは肩を落とす。
 理解と、拒否と、諦めが一瞬ごとに入れ替わる。
 それでも現実だけは否定できない。

 カインは余計な言葉を差し挟まない。
 ただ、ルナの背にそっと触れる。

 その“触れ方”だけで分かる。

 これは所有ではない。
 束縛でもない。

(この人は、私を失いたくないだけだ)

 ラウルが、声を押し出すように言う。

「……光は、捨てたのか」

 問いではなく、確認。

 ルナは、かつての自分に別れを告げる。

「光は、故郷です。
 でも――もう帰り道ではない」

 ラウルは言葉を失い、
 光の国の色をまとったまま、やがて背を向けた。

 去っていく背中は、ひどく遠かった。
 あの国のすべての価値観が、今あの背中に凝縮していた。

 朝の光が、黒曜石の廊下に伸びる。

 その光の上で、ルナはひとつ息を吸う。

(私はもう……“ここ”の人間だ)

 光の国よ――もう還らない。

 胸の奥に、静かに、そう刻んだ。
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