ホライズン 〜影の魔導士〜

かげな

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エミリアンヌ 5歳①

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 その日は豪雨だった。朝から外は暗く、雨の音が絶え間無く聞こえた。
 エミリアンヌは両親と姉セシリアで父の書斎で過ごしていた。父はセシリアに古代語の本を読み聞かせ、母はエミリアンヌに古代文字の読み書きを教えていた。古代文字は魔法陣を使うにあたり、理解していると圧倒的に有利になるのである。
 エミリアンヌは暖房効果もついた光の魔道具が設置された父の書斎でゆったりと家族で過ごす時間が大好きであった。普段は研究室に助手達と篭り忙しい両親が二人でエミリアンヌとセシリアに勉強を教える時間は1週間に一度くらいしか無いが、それでも一つ一つ二人に合わせて丁寧に教える両親の態度からは一緒に過ごす時間が少なくても確かに愛を感じるのだ。
 三日前にもこの時間はとられていたが、今日は大規模な豪雨な為、両親は助手達休みを言い渡していた。普段は明るいのに暗くなる事が不思議で元々好きだった雨だが、エミリアンヌは家族の時間を増やしてくれる豪雨が特別好きだった。
 雨音を背景に話す柔らかい母の声を聞きながらエミリアンヌは上機嫌だった。

「あら、エミリー。とってもご機嫌ね?」

「おや、本当だ。我が娘は雨が好きなようだね。」

 楽しそうに目を輝かせ、頬を緩めるエミリアンヌを見て母は慈しみを浮かべ、頭を優しく撫でた。エミリアンヌと対面して座っている父はそんな二人を優しく見つめた。

「雨はもちろん好きだけど、エミリーはお父さんとお母さんとセシリーお姉ちゃんと一緒にいるのが嬉しいの。」

 頭を撫でられて嬉しそうにエミリアンヌは言った。父の隣に座っていたセシリアは席を立つとエミリアンヌの座るソファの後ろに回り込み、エミリアンヌに後ろから抱きついた。

「嬉しい事を言ってくれるわね、エミリー。」

 セシリアは頬をエミリアンヌのに擦り寄せて言った。
 そんな二人を両親は暖かく見守っていたが、ふと一階の玄関から扉を叩く音が聞こえた。

「ごめんくださーい。へーヴェルさんはいらっしゃいますかー。」

 雨音に掻き消されることを心配しているのか、男の大きな声が聞こえた。父は席を立ち、「少し見てくるよ。」と言って書斎から出て階段を降りていった。

「紅茶が無くなって来たから追加を作りましょうか。」

 娘達に声を掛けて母は部屋の隅にある簡易キッチンに空になった四人分のティーセットとティーポットを持って行った。エミリアンヌとセシリアもそれに続く。
 母が湯沸かし器に水を注いだ時であった。

「おい!何して!?ゔあああああああああぁぁぁぁぁっ!」

 父の絶叫に三人は顔を見合わせた。明らかに普通では無い様子に深刻そうな顔をした母は書斎に置いてあった剣の魔道具を手に取った。

「貴方達は金庫に隠れていなさい。母さんが良いと言うまで出てはいけないわよ?」

 分かった?と尋ねた母にエミリアンヌとセシリアは真剣な顔をして頷いた。
 セシリアが本棚にある本をいくつかずらすとその横の壁が横に動いた。出て来たのは魔鉱石で出来た壁で、セシリアが手のひらをつけて魔力を通すとダイアルが出て来た。セシリアがそれを何度か回すと、壁に扉が出現した。取っ手を引っ張ると扉が開く。
 エミリアンヌはセシリアが金庫を開けているのを横目に、母が簡易キッチンに運んだ四人分のティーセットのうち二人分と、机に置いてある先程勉強を教えて貰うために使っていた魔導書や筆記用具を器用に取り、金庫に持って行った。もしもの時に自分達の存在を知られにくくする為の物である。自分達の部屋が見つかっても出掛けていると思われるかもしれない。
 エミリアンヌが金庫に足を踏み入れると、セシリアは扉を閉めて魔力を通した。書斎に出来た扉は消え、元の壁に戻った。金庫は父がギリギリ立てるくらいの高さと、入っている荷物があっても家族全員で余裕を持って座れるだけの広さがある。又、金庫の中の音が外に漏れることは無いが、金庫の中からは外の音が聞こえ、見えるようになっている。

「ティーセットも持って来たの?エミリー。」

「うん、一応。...お父さんとお母さん、大丈夫かな?」

 セシリアは答えられなかった。今何が起きているのかを二人は把握出来ていないのである。

 暫くして乱暴に扉が開けられ、見たことのない男達がずかずかと書斎に入って来た。

「研究資料を探せ!」

 思わずエミリアンヌは金庫の中にあった黒塗りの腕輪を掴んだ。そこには父の今までの研究成果が入れられている。

「お父さんの研究資料を奪いに来たの...?」

「まずいよ、研究室やお父さんの寝室にも資料があるんだもの。」

 男達が書斎に入ってきたときには二人とも気付いていたが互いに確認したくなかった。認めてしまう事が怖かった。
 両親の魔力が感じられなくなっていた。血縁である、膨大な魔力を持つ人間の魔力を感じられない事が意味すること。


ーーー両親は死んだ。この男達に殺されて。
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