婚約者の謀で何故か従者に溺愛される〜美形従者は主人を啼かせたい〜

蓮恭

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5. マリア嬢

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 マリア嬢はブルネットの髪を複雑に編み込んで、エメラルドのような色の瞳に合わせたのだろうか、グリーンのワンピースを身に付けていた。

 丸みを帯びた金縁フレームのメガネをかけた彼女は、社交会で騒ぐ令嬢たちのように、派手な性質ではなかった。

 本を読んだり、演劇を観るのが好きな大人しい令嬢だ。

 そんなマリア嬢が、僕に媚薬を盛ったり香油を準備したりするだろうかと、やはり俄には信じられないことだ。

「マリア嬢、宜しければ今から僕と散歩にでも出かけませんか? 美しい花が咲いている場所があるんです」
「……まあ、ノエル様とお出かけ出来るなんて。嬉しゅうございます」

 ほら、今だってとても良好な関係の婚約者のような返答をしているじゃないか。
 
 しかし、彼女の考えていることは全く分からない。
 この笑顔の下で、ユージンを使った婚約破棄を、虎視眈々と狙っているのだろうか。

「ノエル、貴方にしては珍しく気が利く誘いね。婚約者として、マリアとは仲良くするのですよ」
「母上、ちゃんと分かっていますよ」

 ほら、母上は僕よりも断然婚約者であるマリアの方を可愛がっている。
 こちらに瑕疵がある婚約破棄だなんて事になれば、僕はこの家を追い出されるかも知れないな。

 ふと見たユージンは、壁際で従者として作った表情を崩さずにいる。
 コイツもマリア嬢も、一体何を考えているんだ。

「それでは参りましょうか」
「はい。ノエル様」

 マリア嬢をエスコートして、侯爵家の広大な敷地内にある花の群生地へと向かった。

「まあ、ノエル様。このお花たち、とても可愛らしいわ」
「この時期になると、ここには沢山この花が咲くんですよ」

 真っ白で小さな花弁を沢山付けた花たちは、可憐という言葉がよく似合う。

「マリア嬢、何か僕とお話したいことはありませんか?」

 卑怯な聞き方をしてしまった。
 話をしたいのは僕の方なのに、何となくユージンとの事を自分から話すのは躊躇われた。

「……それでは、遠慮なく。昨日の媚薬と香油はお気に召しましたかしら? ユージンとはお楽しみになりまして?」

 清楚で、純真無垢だと思っていた令嬢の口から、とんでもない言葉がサラリと飛び出したので、僕は思わず息を呑んだ。

「マ、マリア嬢……」

 どうしよう、やはりマリア嬢は僕とユージンの事を理由に、婚約破棄を言い渡すつもりなのか。

「ノエル様。ユージンとお二人で、とても熱い夜をお過ごしになられたのでしょう?」
「いや……、それは……。そ、そうだ! 何故、何故貴女はそのようなことを?」

 そうだ、僕はマリア嬢にそれを聞こうと思って誘ったんだ。
 思ってもみなかった言葉が、直接目の前のマリア嬢から飛び出したものだから、危うく本題を忘れるところだった。

「何故? 何故、とおっしゃったのかしら?」

 マリア嬢は金縁の眼鏡に手をやり、スッと掛け直した。
 キラリと光ったレンズによって、彼女の瞳が一瞬見えなくなったのが、何故か恐ろしく感じた。

「それは勿論、もうすぐ婚姻を結ぶあなたとのこれからの婚姻生活を、謳歌するためですわ」

 これからの、婚姻……生活……。

「僕との婚約破棄を……、望んでおられるのでは?」

 マリア嬢の言葉は予想外の内容であり、僕は間抜けにも馬鹿正直に、心の中の疑問をぶつけてしまう。

「婚約破棄ですって? まさか! ノエル様は私の理想なのですから。婚約破棄などあり得ません」
「それでは……、一体マリア嬢は僕に何をお望みなのですか?」

 よくよく考えてみれば、十六から二年も婚約者であったのに、マリア嬢の心からの笑顔など見た事はなかった。

 それなのに、今目の前で眼鏡をクイッと上げたマリア嬢は、心からの笑顔を浮かべている。

「ノエル様は、ユージンとこれからも末永く仲睦まじく過ごしていただけたらと。それが私の望みですわ」

 婚約破棄はしない。
 だが、僕がユージンと仲睦まじく過ごす?
 それがマリア嬢の望みだと言うのか?

「あの、全く話が見えないのだが……。申し訳ない。どうやら随分と混乱しているようだ……」

 そりゃあ混乱するだろう。
 婚約者から、同性の従者とこれからも末永く睦み合えと言われたのだから。

「お嬢様。そのような伝え方では、ノエル様が混乱するのも当然だと思いますよ」

 突然聞こえた聞き慣れない声に、僕は驚いてしまった。

 ここにはマリア嬢と僕しか居ないつもりでいたけれど、よく考えたら従者であるユージンと、マリア嬢の侍女がそばに控えている。

 先程の声は、マリア嬢の侍女のものだ。

 従者や侍女というのは、時にいる事すら感じさせない程に自然に周りに溶け込むから、すっかりと忘れてしまっていた。

「レベッカ、それではどのように言えば良かったの?」
「お嬢様の側の事情をきちんとお話にならないと」
「なるほど、それもそうね」

 そう言ったマリア嬢は、その後とんでもない事を次々と述べるのだけれど、僕はその衝撃から頭が真っ白になって、ただ頷く事しかできなかった。





 

 










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