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19. カナちゃんの青い服
しおりを挟むショッピングモールは平日という事もあって休日ほどの混雑は無い。
カナちゃんを子ども用のショッピングカートに乗せると、それだけで嬉しそうに笑う。付属のハンドルをクルクル回したり、物珍しげに周囲へとキラキラした視線を送るカナちゃんは、家でいるよりもイキイキとしているようでとても可愛らしい。
「いっちゃん、どこ行くの?」
「そうだなぁ、子ども服のお店は三階だった気がす」
「わたしの青い服、さんかーい」
このショッピングモールには、これまで何度もカナちゃんの服や子ども用品を買いに来た事がある。
誕生日、クリスマス、雛節句、こどもの日など、その都度私はカナちゃんに何が似合うかなと悩みながら購入したのを思い出す。
姉からはそれとなく現金でいいと言われた事もあったけれど、本当にカナちゃんの為に使ってくれるのか甚だ怪しかった。だから姉の話は聞こえないふりをして、なるべくカナちゃんの使える物をプレゼントしていたのだ。
エレベーターで三階に上がり、一番近いところにある子ども服の店へと向かう。
そこは薄いブルーの壁紙にまぁるい照明、薄いピンク色のハンガーに掛けられた服は淡い色味の物が多い店だ。
色とりどりの小さな服が掛けられているのを見て、カナちゃんは興奮していた。
「ほら、カナちゃん。ここは薄い色が多いけれど、どうかな? フリフリしててお姫様みたいに可愛らしい服がたくさんあるよ」
「わぁ! おひめさまの服! いっちゃん、降ろして」
カナちゃんをお気に入りのショッピングカートから降ろすと、手を繋いで店内を歩く。
ハンガーに掛けられた商品には手の届かないカナちゃんに、青っぽい服を見せながら選んだ。
「わたし、これがいい。いっちゃん、かわいいよぉ」
カナちゃんが選んだのは胸元にフリルがあしらわれたワンピースで、左胸にはお花のブローチのような飾りが付いている。
スカート部分は刺繍の入ったメッシュのような生地で、本当にお姫様の着るドレスのようだった。
「うん、確かに可愛い。お姫様みたいだね」
そんな風に話していると店員が近づいて来て、そのスカート部分が「チュール」というものだと教えてもらった。
「チュールがふわふわと綺麗に広がって、お出かけ用にはとても素敵だと思います」
「普段着も欲しいのですが……。この子、青色が好きみたいで……」
「それならこちらなんて可愛らしいですよ」
優しそうな笑顔で対応してくれた店員は、青っぽいトップスとパンツ、インナーパンツという物が付いたスカートなどを持って来てくれた。
「かわいいねぇ! 青い服いっぱい!」
どれも嬉しそうに手を伸ばすカナちゃんは、青色がよほどお気に召したらしい。
「カナちゃん青色以外はいらないの?」
「うん。おひめさまは青色だったから、わたしも青色がいいな」
「そっか。じゃあ青色を買おうね」
結局お出かけ用のワンピースに上下の服、白のレースが付いた靴下まで買って、カナちゃんはご機嫌に紙袋を抱えている。
店員は最後まで微笑ましい様子でカナちゃんを見ていた。優しげな店員は、家でも優しいお母さんなんだろうか。
「ほら、カートに座って。荷物は後ろに掛けておくよ」
「うん、分かった!」
結局初めに入ったお店で一式を買ってしまった為に、ここに来てまだそんなに時間が経っていないにも関わらず目的を失ってしまった。
せっかく久しぶりの外出に喜ぶカナちゃんを、もう少しだけ楽しませてあげたい。
そうだ、カナちゃんはもうすぐ私の住むマンションに来る事になるのだから、布団や食器などを買っておいた方がいいかも知れない。
実家には一式あるものの、またそちらへ行く事もあるだろうから、それはそれで置いておいた方がいいと考えた。
姉のアパートにも勿論カナちゃんの使っていた物はあるだろうが、どうしても赤ちゃんの頃に見たカビた哺乳瓶の事を思い出す。とても清潔な物があるとは思えない。
「今からカナちゃんのお布団とか食器を買いに行くよ」
「え? どうして? わたしのお布団、バァバのところにあるよ」
そうだ、まだカナちゃんには話せていなかった。
カナちゃんをもうすぐ私と勇太の住むマンションで預かるという事を。
カナちゃんが嫌がったらどうしようと思うと、急に不安になってくる。
大人の都合で勝手に生活を変えてしまう事を、この子は許してくれるのだろうか。
色々な事があって頭が混乱し、大切な事をうっかり話すのが遅くなってしまった自分に呆れ果てた。
とりあえずショッピングモールのフードコートへと向かい、キョロキョロと辺りを見渡しては嬉しそうなカナちゃんに、リンゴジュースを手渡した。
「あのね、カナちゃん。今カナちゃんはバァバのお家にいるんだけど、もう少ししたらカナちゃんは私のお家にお引越しするんだよ」
「どうして? わたし、いっちゃんのおうちに行くの? バァバは?」
「うん。バァバやママは用事があるんだって。だからこれからは私のお家でネンネしよう。ダメかな?」
「やったー! わたし、いっちゃんとネンネする!」
とりあえずは納得してくれた様子のカナちゃん。バァバはともかく、ママという言葉には反応が薄かった。
カナちゃんの中で姉の存在は、あまり馴染みのないものになりつつあるのかも知れないと思うと、切ないと思う反面ホッとした。
ズズズッとストローでリンゴジュースを飲むカナちゃんは、小さな唇の動きもジュースを持つ手も小動物のように可愛らしくて、自然と頬が緩むのを感じた。
「今から、私の家で使う物を買いに行こうね」
「何買うの? お布団?」
「うん、お布団とか、ご飯を食べる食器とか。歯ブラシもいるよね」
近頃何でもかんでも質問してくるカナちゃんは、私の言葉を全て理解できている訳ではないだろう。
それでも私と暮らす事に関しては、すんなりと受け入れてくれた事はとても嬉しい。赤ちゃんの頃からずっと一緒に居た事で、カナちゃんと私の信頼関係は出来ていたようだ。
歯ブラシ、と聞いて露骨に嫌な顔をするところも愛嬌がある。
「歯ブラシ」
わざともう一度言葉にしてみる。するとまた顔を歪めて首を傾げた。子どもながらにとても嫌そうな表情を作っているのが可笑しくて、思わずふっと吹き出した。
「いやぁー、ハブラシいやー」
「そっか。でも虫歯は怖いよー?」
「ムシバもいやぁー」
そんなやり取りをしばらく繰り返してから、再びご機嫌なカナちゃんを連れてその日は目一杯お出掛けを楽しんだ。
そして……カナちゃんと買い物をした日から一週間が経った頃。なかなか連絡が取れなかった新一の方から、突然私に電話がかかってきたのだった。
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