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42. 思わぬ展開
しおりを挟む「いっちゃん、今日もお魚見れる?」
車にシートに乗ったカナちゃんの第一声は、最近お気に入りのスーパーの話だった。無邪気に尋ねるカナちゃんに、ダメと言うのはとても忍びない。
だがついさっき結城から話を聞いたばかりで、カナちゃんを連れてあのスーパーに行く気にはなれない。
「今日はお買い物行かない。ごめんね」
カナちゃんの身体にピッタリとシートベルトを装着しながら答える。みるみる悲しげな顔になるカナちゃんに心が痛んだ。
「えー、お魚見たかったー!」
「そうだ、今度勇太と三人で水族館にお魚観に行こうか」
三人で遊びに行った事はまだないから、出かけたらカナちゃんも喜ぶだろう。
それに勇太だってきっと楽しんでくれる。思いつきで提案したがなかなか良いかも知れない。
「すいぞくかん?」
「お魚がいっぱい泳いでて、大きいのも小さいのもたくさんいるよ」
「やったー! 行きたいー! ゆうちゃも!」
「うん、勇太も一緒に行こう」
嬉しい事があるとシートで足をバタつかせるのは昔からカナちゃんの癖だった。
最近は身長が伸びてバタつかせた足が前のシートにガンガン当たるようになったから、カナちゃんの前にある助手席のシートは随分前へと寄せている。
カナちゃんを後部座席に乗せ、自分も運転席に乗り込んだところでスマホが着信を知らせた。
それは勇太からのDMで、今日は珍しく残業で遅くなるから夕飯は要らないとの事。
それならばこのまま実家へ向かおう。両親に特別養子縁組の話をしなければならない。久しぶりに両親もカナちゃんに会えて喜ぶだろう。
「カナちゃん、今からバァバのお家に行くよ」
「えー! バァバ⁉︎ やったー!」
すっかり機嫌が良くなったカナちゃんを乗せて、私は実家へと向かった。
念の為に保育園を出る時、実家に向かう道中に尾行してくる車がないか周囲を見回してみたりもしたが、特に怪しい車は見つからない。
それでなくとも姉の事で頭がいっぱいなのに、何故こうも困り事は重なるのだろう。
幼児が向けのCDから奏でられる陽気なBGMは、車内で一人ため息を吐く私の憂鬱をカナちゃんから隠してくれた。
実家に到着するとまだ父は帰っておらず、母は急に訪れた私に驚きつつも、保育園に通い始めたカナちゃんの成長に目を瞠っていた。
身長が伸び、体格も良くなったカナちゃんが思い切り飛びつくと、母は後ろに倒れそうになるほどだった。
「バァバ! こんにちは!」
「カナちゃん、何だかちょっと見ないうちに大きくなったわねぇ! それに保育園の制服を着ていると、もう随分お姉さんみたいね」
父は帰るのが遅いからと、母と三人で蕎麦を茹でて食べた。「たまたま今日はお蕎麦で良かったわ」と言う母に、連絡もせず来たことを謝る。
色々な事が一度にあり過ぎて、つい連絡をするのを忘れていた。
「そうだ、バァバ。保育園でね、先生とお友達と私がクレヨンで絵を描いたのー。私はいっちゃんとゆうちゃと一緒にご飯食べてるところ描いたよ」
食後にリンゴを剥いてもらって食べている時、思い出したようにカナちゃんがそう言った。
勇太の事を未だに両親に話していなかったから、ハッとして母の方を見る。
「ゆうちゃん?」
「うん、ゆうちゃがいつもお子様ランチしてくれるの。いっちゃんとゆうちゃと三人でご飯食べて、それから遊んで、ねんねする」
カナちゃんが次々と家での生活を母に語るのを止めるわけにもいかず、こちらに目を向けた母と私の間では、気まずい空気が流れている。
いつまでも黙っている訳にはいかない。けれど、私だって話すタイミングを見計らっていたのだ。
「そう、ゆうちゃんはカナちゃんのお家にいるのね?」
「うん、ゆうちゃといっちゃんと私のお家だからね。バァバも遊びに来る?」
「そうねぇ、また今度遊びに行こうかしら」
「やったー!」
無邪気なカナちゃんの言葉は、あの家が三人の家だと思ってくれている証拠のようでとても嬉しいものだ。
けれど今は、母からの鋭く刺すような視線が全身に感じられて痛い。
こんなタイミングで母に話す事になるとは思ってもみなかったし、それがカナちゃんとの今後にどういう風に関わってくるか心配だった。
「後でちゃんと説明するから」
それだけ伝えると、母も複雑な顔をしてから頷く。今はせっかく母と会えて喜ぶカナちゃんの楽しい時間を壊したくなかった。
そのうち父が帰宅して、母がカナちゃんをお風呂に入れている間に私が茹でた蕎麦を食べた。
入浴後にこちらに置いてあった服を着たカナちゃんは、久々に見た父の姿にはしゃいで飛んだり跳ねたりしている。
置いてあった服が窮屈になり、合わなくなっていた事に母は驚きつつも喜びを口にした。
「おお、カナちゃん。ジィジと会うのはかなり久しぶりだな。明日は土曜でお休みだから遊びに来たのか?」
「ジィジ! 今日ここでねんねしていい?」
膝に乗せたカナちゃんが可愛くおねだりするのを、父は目を細めて見ている。
私自身も久しぶりに会ったからか、白髪が増え髪の毛が薄くなった気がした。
「伊織、どうなんだ? 泊まっていくのか?」
「どっちでもいいよ。母さん達がいいなら」
母の方を見れば、「お父さんがいいなら」というような表情だ。母はいつもそうだ。いつも父がいいなら、というようなスタンスだった。
「じゃあカナちゃん、今日は泊まっていくか。明日はジィジ達と服を買いに行こうか? もうだいぶ窮屈そうだ」
「やったー! 私、青い服が欲しいなぁ」
「よしよし。青い服な、きっとカナちゃんに似合うだろうなぁ」
父がカナちゃんに向かってそう言うのを聞いて、チラッと母の方を覗き見た。しかし以前は青い服なんかダメと言っていたはずの母も、特に何も言わなかった。
母はこうして父に合わせる事が常になっている。
はしゃいで疲れたカナちゃんは、赤ちゃんの頃に買ったお昼寝布団では少し小さいからと、来客用の布団に寝かせた。
それから居間で待つ両親と膝を突き合わせて話し合う事になり、厳しい顔をした母がはじめに話を切り出した。
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