かわいい猛毒の子

蓮恭

文字の大きさ
42 / 55

41. 正体不明の尾行者

しおりを挟む

 結城は先に到着していて、店員に案内された私が個室に入るなり、焦燥感を露わにした表情で口を開く。
 
「神崎さん、お疲れ様です!」
「今日休み? 珍しいね、結城が呼び出すなんて」
「はい、休みです。それと、突然呼び出したりしてすみません。でも私、どうしても気になって……」
 
 普段の結城はこんな風に突然私を呼び出すなんて事はしないし、少し顔色が悪いように見えるのは気のせいでは無いと思う。
 きっと、余程の事があるのだろうと想像出来た。
 
「大丈夫? 何があった?」
「こないだ神崎さんが小さい女の子を連れて夕方にスーパーで買い物をしてるのを見かけたんです。それでその時『姪っ子さんですか?』って声を掛けようとしたんですけど、少し離れたところから神崎さん達の方をじっと見てる女性がいる事に気づいて……。マスクをしてたからはっきり顔は見えなかったんですけど、髪の長い人でした」
「女性?」
「はい。しかも車に乗るところまでずっと神崎さんと姪っ子さんを尾けていたんです。何だか気持ち悪くて……それなら私もあの時、神崎さんに声を掛けたら良かったと後で気づいたんですけど、あんまり異様な雰囲気だったから見守るしかできなくて」
 
 多分カナちゃんと私を見かけたスーパーというのは、生簀のあるあのスーパーだと思う。
 この辺では一番品揃えが良く大きなスーパーだから、普段の買い物はそこでしかしない。
 
「どんな背格好だったとか、車はどんなだったとか分かる?」
「細身で身長は私くらい? 雰囲気からして多分二十代前半くらいだと思うんですけど。車は……えーっと……、私はカゴを持ったままだったので店内から駐車場を見てて。神崎さんと姪っ子さんが先に車へ乗り込んで、多分車で尾行する為に女性が早足で自分の車の方へ移動してたから。私は急いで会計を済ませて外に出たんです」
「それで? 車は見た?」
 
 何の為に私とカナちゃんを尾行していたんだろう。

 知り合いならそれこそ声を掛けるはずだし、買い物をしている時はカナちゃんに気を取られて、そんな気配には全く気づいていなかった。
 車に乗れば尚更、まさか尾行されているなんて思ってもいないから。
 
「それが……、何台か同時に動いてたのでどれが女性の車だったか分からないんです」
「そうなんだ。誰だったんだろう? それより、何の為に……」
「変な人だったので心配になって。とりあえず神崎さんに伝えた方がいいかなと思ったんです」
 
 結城はとても観察眼が鋭い人間だ。患者のちょっとした変化だけでなく、同僚がちょっと化粧を変えただのヘアオイルを変えただのという、私には全く分からないような事にもよく気づく特技を持っていた。
 だからきっと、その結城が言うのならば本当にその女性は何らかの目的で私を見張っていたのだろう。
 
「ありがとう。理由は思い当たらないけど、今後は気をつけるよ」
「はい、そうした方がいいですよ」
 
 眉間に深く皺を寄せた結城は、そのままコーヒーを一口含んだ。そして、意を決したように口を開く。
 
「それと、実は私も最近変な事があって……」
 
 結城が言うには、私が退職してしばらくしてから誰かに見張られてるような気がするのだと言う。
 仕事終わりに車に乗り込む時、そして仕事中も。
 
「変ですよね、気のせいかなとも思ったんですけど。きっとそれで神経質になってるから、神崎さんの事を見ていたあの人に気づいたんだと思います。そもそもあのスーパーは家から遠いから私は普段使わないし、まさか神崎さんがいるなんて思いもしなかったので」
「二人揃って見張られてるなんて、何だろうね。患者関係とか? 職場でも視線を感じるなんて、それこそ同僚とか……まさかね」
「そうですよ。第一、何の為に? 同僚って言っても、あの病棟でそんな変な人はいませんしね」
 
 結局答えは出ないまま、カナちゃんのお迎えの時間が迫ってきていたからカフェを出た。
 
「神崎さん、今日は急に呼び出したりしてすみません。電話でも良かったんですけど、直接話したくて」
「いや、こっちはパートで働いてるだけだから。時間はあるし、教えてくれてありがとう。これからくれぐれも気をつけて。何か分かったらまた連絡を」
「はい、ありがとうございます」
 
 そう言って私と結城は手を振り、お互いの車へと向かった。
 
 それにしても、得体の知れない人間に付き纏われているかも知れないと思うと気味が悪い。これから買い物にカナちゃんを連れて行くのを控えようか。
 魚の生簀を見れなくて残念がるかも知れないけれど、今度は勇太と三人で買い物に行こう。

 カナちゃんの待つ保育園へと車を走らせながらも、悶々とした心はいつまで経っても落ち着かなかった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...