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44. 両親の変化
しおりを挟む翌朝、カナちゃんを起こして朝の支度をする。私にとってはいつも通りのルーティンだ。
昨夜はカナちゃんの隣に来客用の布団を敷いて寝たけれど、全く眠れなかった。
これから両親とどうなるのかという事よりも、カナちゃんの前で気まずい雰囲気にしたくないという気持ちが強かった。
けれど予想に反して「おはよう」と朝の挨拶に来た母の顔は、どこかすっきりとしていた。
「伊織、カナちゃん。朝ご飯が出来ているからこっちにいらっしゃい」
「はーい!」
それでもやはりどんな顔をしたら良いのか分からない私と、そんな私を見て困ったような顔をする母の間にはばつの悪い空気が流れた。
しかし何も知らずに無邪気に笑うカナちゃんが救いで、小走りでダイニングに向かうカナちゃんの後を追いながら、母の耳元で「母さん、ごめんね」と囁いた。
すると母は一気に瞳を潤ませて、口元に手をやる。まともに見たらもらい泣きしそうだったので、さりげなく横目に見ながらダイニングへと繋がる廊下を進んだ。
「ジィジ、私大きい椅子で食べるー」
「そうか? もうこの椅子は小さくなっちゃったか」
前に使っていた子どもの食事用椅子を嫌がるカナちゃんに、父は目尻を下げて答えている。
元々家族は四人だったのにも関わらず、何故か六脚あるダイニングチェアの一つにカナちゃんが座った。まだ少しテーブルが高いからと座布団を敷いて朝食を待つ。
母の作る手の込んだ和朝食を食べるのは久しぶりだった。
「カナちゃん、今度ゆうちゃんもここに連れて来たらいい。皆でご飯を食べような」
父が何でもない事のようにカナちゃんに向かってそう言ったから、私は思わず箸を止めた。
そうは言いつつも決してこちらを見ようとはしない父と、大人の事情などまるで知らないカナちゃんの対比が際立った。
「ゆうちゃん、じゃないよ! ゆうちゃ! ジィジ、ゆうちゃだよ!」
「そっか、ゆうちゃか……」
そうボソッと呟いてから、父親はやっとこちらを見た。
ふと、私の意志の強そうな眼差しは父親譲りだと言われていた事を思い出す。
「伊織、またその宮部勇太くんを連れて来なさい。孫もお世話になっているんだ。きちんと会って挨拶とお礼をしなければならないだろう」
「父さん……ごめんね」
「全く、お前はすぐに謝るなぁ。いいか、そういう時は謝るんじゃなく感謝するんだ。『ごめん』よりも『ありがとう』の方が人は嬉しいもんだぞ。いつも生徒たちにはそう言い聞かせてきたんだからな」
「うん、ありがとう」
鼻の奥がツンと痛むのが堪えきれず、ポロリと涙を零してしまう。
それを見つけた向かいの席のカナちゃんが、可愛らしいどんぐりのように目をまん丸にしてこちらを指差した。
「あー! ジィジがいっちゃんを泣かせた! わーるいんだ、悪いんだ! いっちゃん、だいじょうぶ?」
「大丈夫、嬉しくて泣いてるんだよ」
「えー? うれしくて泣くの? へーんなの」
そう言って首を傾げるカナちゃんの様子に、母親が思わずふふふっと息を漏らすように笑った。
「カナちゃんも大人になったら分かるわよ。さぁ、ご飯食べちゃいましょうねぇ。今日はカナちゃんのお洋服を買いに行くんでしょう」
「やったー!」
喜んだカナちゃんはダイニングテーブルの下でいつものように足をバタバタとやっているのか、身体がゆらゆら揺れている。
父親はそんなカナちゃんの事を優しい眼差しで見つめていた。
母親は家族団欒というような空気感がくすぐったいのか、忙しなく冷蔵庫を開けてみたりあちこち歩いたりしている。
思いがけないタイミングではあったもののカナちゃんがきっかけとなり、私はやっとこの家で、この家族の前で深呼吸が出来た気がする。
午前中にショッピングモールで買い物を済ませてから、「たまにはゆっくりしたらいい」と言う両親の言葉に甘えて、カナちゃんを実家に預けたままマンションへと帰る。
あれよあれよと言う間に実家へカナちゃんを迎えに来る際、勇太を連れて来るようにと約束をさせられた。
「ただいま」
マンションの玄関まで戻ると、やはりホッとする。
リビングへ向かうと、ソファーに座ってテレビを観ていた勇太が振り返った。
「おかえり! あれ? カナちゃんは?」
「実家で明日まで預かってくれるって」
「そうなんだ。何かカナちゃんが居ないと寂しいな。すっかり居るのが当たり前になっちゃったね」
そう言って笑う勇太の隣に腰を下ろす。
両親に勇太の存在を話したという事はまだ伝えていない。何と切り出そうかと一人で迷っているうちに、勇太はコーヒーを淹れてくれた。
「どうしたの? ものすごく眉間に皺寄せてるよ。何かあった?」
「あのさ、勇太の事を両親に話した。いつかは話さなきゃって思ってたんだけど、たまたまカナちゃんが勇太の事を母親に話しちゃって。それで私と勇太の関係を説明した」
隣で勇太がハッと息を呑んだのを感じた。
うちの両親の性格や今まであった事は勇太に話しているから、きっと反対されたと思ったのかも知れない。それか、私が怒られたと思って心配してくれているのか。
「大丈夫だった? その……別れろとか言われたり……。いや、でもカナちゃんを預かってくれたわけだし……。え、どうなんだろう」
普段は落ち着いていてのんびりしている勇太が、珍しく狼狽する様子にふっと頬が緩む。
「実は明日、午後から両親が勇太に会いたいって言うから実家に一緒に行って欲しい。急でびっくりしたと思うんだけど、構わないかな?」
「え⁉︎ 明日……明日⁉︎ いや、俺はいいけど! もしかしてうちの息子と別れろとか言われないよね? そんなの絶対嫌だから!」
急な展開に驚きを隠せない様子の勇太に、私自身もまだ信じられないけれど両親が二人の事を認めてくれたと伝えた。
「なんか、カナちゃんのお陰で随分と急展開だね」
「そうだね、私も驚いたけど。大丈夫だよ、勇太には挨拶とお礼をしたいって言ってたから」
明日の服装から手土産から、今から色々悩み始めて落ち着きが無くなった勇太を宥めながら、私は大切な事を思い出した。
姉を脅迫していた人物、それが誰なのかという事だ。そして新一に会い、脅迫の手紙とやらを見せて貰わなければならない。
クローゼットで勇太がスーツを選んでいる間に、新一の番号に電話をかけた。
土曜日、新一の仕事は休みのはずだった。
幾度目かの呼び出し音の後に「はい」と新一が出た。姉が起こした悍ましい罪を知っている相手だと思うと、どうしたって緊張が増す。
「新一さん、実は……聞きたいことがあるんです」
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