かわいい猛毒の子

蓮恭

文字の大きさ
45 / 55

44. 両親の変化

しおりを挟む

 翌朝、カナちゃんを起こして朝の支度をする。私にとってはいつも通りのルーティンだ。
 昨夜はカナちゃんの隣に来客用の布団を敷いて寝たけれど、全く眠れなかった。
 これから両親とどうなるのかという事よりも、カナちゃんの前で気まずい雰囲気にしたくないという気持ちが強かった。

 けれど予想に反して「おはよう」と朝の挨拶に来た母の顔は、どこかすっきりとしていた。
 
「伊織、カナちゃん。朝ご飯が出来ているからこっちにいらっしゃい」
「はーい!」
 
 それでもやはりどんな顔をしたら良いのか分からない私と、そんな私を見て困ったような顔をする母の間にはばつの悪い空気が流れた。
 
 しかし何も知らずに無邪気に笑うカナちゃんが救いで、小走りでダイニングに向かうカナちゃんの後を追いながら、母の耳元で「母さん、ごめんね」と囁いた。

 すると母は一気に瞳を潤ませて、口元に手をやる。まともに見たらもらい泣きしそうだったので、さりげなく横目に見ながらダイニングへと繋がる廊下を進んだ。
 
「ジィジ、私大きい椅子で食べるー」
「そうか? もうこの椅子は小さくなっちゃったか」
 
 前に使っていた子どもの食事用椅子を嫌がるカナちゃんに、父は目尻を下げて答えている。
 
 元々家族は四人だったのにも関わらず、何故か六脚あるダイニングチェアの一つにカナちゃんが座った。まだ少しテーブルが高いからと座布団を敷いて朝食を待つ。
 母の作る手の込んだ和朝食を食べるのは久しぶりだった。
 
「カナちゃん、今度ゆうちゃんもここに連れて来たらいい。皆でご飯を食べような」
 
 父が何でもない事のようにカナちゃんに向かってそう言ったから、私は思わず箸を止めた。

 そうは言いつつも決してこちらを見ようとはしない父と、大人の事情などまるで知らないカナちゃんの対比が際立った。
 
「ゆうちゃん、じゃないよ! ゆうちゃ! ジィジ、ゆうちゃだよ!」
「そっか、ゆうちゃか……」
 
 そうボソッと呟いてから、父親はやっとこちらを見た。
 ふと、私の意志の強そうな眼差しは父親譲りだと言われていた事を思い出す。
 
「伊織、またその宮部勇太くんを連れて来なさい。孫もお世話になっているんだ。きちんと会って挨拶とお礼をしなければならないだろう」
「父さん……ごめんね」
「全く、お前はすぐに謝るなぁ。いいか、そういう時は謝るんじゃなく感謝するんだ。『ごめん』よりも『ありがとう』の方が人は嬉しいもんだぞ。いつも生徒たちにはそう言い聞かせてきたんだからな」
「うん、ありがとう」
 
 鼻の奥がツンと痛むのが堪えきれず、ポロリと涙を零してしまう。
 それを見つけた向かいの席のカナちゃんが、可愛らしいどんぐりのように目をまん丸にしてこちらを指差した。
 
「あー! ジィジがいっちゃんを泣かせた! わーるいんだ、悪いんだ! いっちゃん、だいじょうぶ?」
「大丈夫、嬉しくて泣いてるんだよ」
「えー? うれしくて泣くの? へーんなの」
 
 そう言って首を傾げるカナちゃんの様子に、母親が思わずふふふっと息を漏らすように笑った。
 
「カナちゃんも大人になったら分かるわよ。さぁ、ご飯食べちゃいましょうねぇ。今日はカナちゃんのお洋服を買いに行くんでしょう」
「やったー!」
 
 喜んだカナちゃんはダイニングテーブルの下でいつものように足をバタバタとやっているのか、身体がゆらゆら揺れている。
 
 父親はそんなカナちゃんの事を優しい眼差しで見つめていた。
 母親は家族団欒というような空気感がくすぐったいのか、忙しなく冷蔵庫を開けてみたりあちこち歩いたりしている。

 思いがけないタイミングではあったもののカナちゃんがきっかけとなり、私はやっとこの家で、この家族の前で深呼吸が出来た気がする。
 
 午前中にショッピングモールで買い物を済ませてから、「たまにはゆっくりしたらいい」と言う両親の言葉に甘えて、カナちゃんを実家に預けたままマンションへと帰る。

 あれよあれよと言う間に実家へカナちゃんを迎えに来る際、勇太を連れて来るようにと約束をさせられた。
 
「ただいま」
 
 マンションの玄関まで戻ると、やはりホッとする。

 リビングへ向かうと、ソファーに座ってテレビを観ていた勇太が振り返った。
 
「おかえり! あれ? カナちゃんは?」
「実家で明日まで預かってくれるって」
「そうなんだ。何かカナちゃんが居ないと寂しいな。すっかり居るのが当たり前になっちゃったね」
 
 そう言って笑う勇太の隣に腰を下ろす。
 両親に勇太の存在を話したという事はまだ伝えていない。何と切り出そうかと一人で迷っているうちに、勇太はコーヒーを淹れてくれた。
 
「どうしたの? ものすごく眉間に皺寄せてるよ。何かあった?」
「あのさ、勇太の事を両親に話した。いつかは話さなきゃって思ってたんだけど、たまたまカナちゃんが勇太の事を母親に話しちゃって。それで私と勇太の関係を説明した」
 
 隣で勇太がハッと息を呑んだのを感じた。

 うちの両親の性格や今まであった事は勇太に話しているから、きっと反対されたと思ったのかも知れない。それか、私が怒られたと思って心配してくれているのか。
 
「大丈夫だった? その……別れろとか言われたり……。いや、でもカナちゃんを預かってくれたわけだし……。え、どうなんだろう」
 
 普段は落ち着いていてのんびりしている勇太が、珍しく狼狽する様子にふっと頬が緩む。
 
「実は明日、午後から両親が勇太に会いたいって言うから実家に一緒に行って欲しい。急でびっくりしたと思うんだけど、構わないかな?」
「え⁉︎ 明日……明日⁉︎ いや、俺はいいけど! もしかしてうちの息子と別れろとか言われないよね? そんなの絶対嫌だから!」
 
 急な展開に驚きを隠せない様子の勇太に、私自身もまだ信じられないけれど両親が二人の事を認めてくれたと伝えた。
 
「なんか、カナちゃんのお陰で随分と急展開だね」
「そうだね、私も驚いたけど。大丈夫だよ、勇太には挨拶とお礼をしたいって言ってたから」
 
 明日の服装から手土産から、今から色々悩み始めて落ち着きが無くなった勇太を宥めながら、私は大切な事を思い出した。

 姉を脅迫していた人物、それが誰なのかという事だ。そして新一に会い、脅迫の手紙とやらを見せて貰わなければならない。
 
 クローゼットで勇太がスーツを選んでいる間に、新一の番号に電話をかけた。
 土曜日、新一の仕事は休みのはずだった。

 幾度目かの呼び出し音の後に「はい」と新一が出た。姉が起こした悍ましい罪を知っている相手だと思うと、どうしたって緊張が増す。

「新一さん、実は……聞きたいことがあるんです」


 
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

処理中です...