形だけの女王ですが英雄が王配となって溺愛してきます!〜虐げられ姫の幸せな婚姻〜

蓮恭

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25. アリシアの憂鬱

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 夜の帳が下り、薄灯りの下でアリシアはぽつりと呟いた。窓辺の椅子に座り、テオバルトの腕の中で、静かに目を伏せながら。

「今日……あの村で井戸を掘る事が決まったの。二人で視察に行った、あの村よ」
「そうか。よく頑張ったな」

 それが決まった時、あの時の老婆はどんな顔をするだろうか、とアリシアは考えていた。
 いつかまた、テオバルトとあの村を訪れてみたいと、そんな風に思いを馳せたのだ。

「それに、少し前から他の地域にも順番に井戸を整備していて……少し時間はかかっても、必ずやり遂げてみせるって思ったのだけれど……」

 その声音には、喜びよりも哀しみが滲んでいた。本来ならもっと晴れやかな笑顔で報告したであろう内容だ。

「……叔父様は……きっと私の事、疎ましく思っていると思う」  
「……なぜ、そう思う?」
「今日の会議でそれが決まった時、それに……この前も他の村の井戸を整備出来るっていう話が出た時にも、叔父様は私を睨みつけていたわ。何も言わずに、ただじっと……」

 実際アレクサンドルは女王らしく成長したアリシアを誇らしいと思って、感慨深い気持ちになっていたに過ぎないのだが。
 アリシアからは常に宰相と蜜月状態に見えたアレクサンドル。
 近頃の会議で宰相とアリシアの意見が衝突する度に、アレクサンドルは自分の席から目を光らせ、ひどく恐ろしい顔をしているのだ。

 それがアリシアには恐ろしく、そして悲しかった。
 アリシアにとって血の繋がった家族は弟のロランと、そして叔父のアレクサンドルしかもうこの世にはいないのだから。

「私と宰相の意見が衝突した時だって、叔父様はすごく怖い顔をしていたのよ。叔父様は昔から宰相と親しげにしているから……」
 
 テオバルトは一瞬言葉を失った。何も言ってやれない事が、これほどもどかしいとは思わなかった。

 誰よりも、アレクサンドルはアリシアの味方だ。だが、まだそれを語ることはできない。  
 あの口うるさくて頑固な上官は、「まだアリシアに全てを明かすのは早い」と言った。  
 宰相を失脚するに値する不正を掴むまで、そしてアリシアに危険が及ばなくなるまでは明かせないのだと。

 そして何より、テオバルト自身も理解していた。

――アリシアは、まだ愛されるということに慣れていない。言葉だけで伝えようとしても、きっと上手く受け入れられない。
 分かりやす過ぎると思うほど態度で示さなければ、アリシアの頑なになってしまった心は素直に他人の愛をすんなりとは受け入れられないのだ。
 
 彼女は怖がりで、それでも無償の愛に飢えている。矛盾した感情の狭間で常にアリシアは生きてきたから。

「……閣下はな、冷たい奴に見えるが、馬鹿みたいに不器用なんだ。俺は軍でのあの人しか知らないし、政治に関してはどうか知らないが。きっと、俺達に見えるもの全てが事実じゃないはずだ」  

 かろうじて、それだけを口にした。アリシアは驚いたように顔を上げる。

「ねぇテオバルト、叔父様と何か話したの? 何か……知ってるの?」
「……いいや、アリシアの事は特に何も」  

 そう言って視線を逸らすテオバルトに、アリシアはガックリと肩を落とす。
 軍の中で一緒にいる時間の長い二人だから、何か聞いているかと期待していたところもあったからだ。

「そう……」
「悪いな」
「気にしないで。大丈夫だから」

 強がりを言うアリシアを前に、テオバルトは苦笑いを浮かべて肩をすくめる。心なしか苦しそうな表情だった。
 真実は語れない。今はこうして適当な言葉で誤魔化す事しか許されていないのだから。

 いつか、アリシアが真実を知った時――あの冷たいと思っていた視線が、実はずっと温かく見守っていたものだったと知った時。
 アリシアはどんな表情をするだろうか。

 きっとそんな事をテオバルトは想像していたに違いない。

 眉を下げ、少し悲しげな表情のアリシアを引き寄せ、テオバルトは形の良い額に口付けた。

「いつか……閣下とも腹を割って話せる日が来るといいな」

 静かなテオバルトの声が額を通じて頭の中に直接届く気がする。
 憂鬱だった心がほんの少し軽くなった。口元にゆっくりと笑みを浮かべたアリシアは、テオバルトの身体に腕を回した。

「そうね。ありがとう」

 語れぬ想い――届かぬ真実。 けれど二人の愛だけは、確かにここにあるのだった。
 
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