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6. 突然呼び出された美桜

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 昨日までの数日は北風が強く、雨が降りそうで降らないおかしな天気だった。
 
 けれども今日は風も無く、暖かな陽射しが地上に向かってさんさんと降り注いでいる。
 それは相変わらず冷たい井戸の水で洗濯をする美桜の身体を、「お疲れ様」と労るように温めていた。

 以前に出来ていた指先のひどいあかぎれは、百合がこっそり分けてくれた塗り薬で随分と良くなっている。お陰で指先に力が入るようになったので、美桜はこれまで以上に精を出していた。

「ふう……今日は本当にあったかい」

 あの日、百合が美桜に白米と味噌汁を食べさせてからというもの、毎日の食事や待遇には大きな変化があったのだ。
 マツは仕置きという名の折檻をしなくなり、それどころか美桜の仕事を手伝うように他の下女に命じたりするようになった。時々猫撫で声で美桜を呼ぶ事さえある。

 恐らく百合が何かしら口利きをしてくれたのだろうという事は分かっていても、美桜には誰も話してくれない。
 百合に聞いてみても「早く身体を治しなさい」と言うだけなので、美桜は真面目に働く事で百合に恩返しをしようと考えている。

「これで終わりね」

 洗濯物を干し終えた美桜がうーんと背中を伸ばし、額の汗を手の甲で擦ると、にわかに屋敷の中が賑やかになる。そのうちドタバタと足音を立てて他の下女達が縁側を走って行くのが見えた。

「お客様……かな」

 庄屋の屋敷には時々大事なお客様が来る。以前から美桜はそう聞いていたので、自分も何か手伝った方が良いかと思い、マツの姿を探した。

「あ!」
「あ……! 美桜さん!」

 マツを探して屋敷の廊下をうろうろしていた美桜は、下女の一人と出会い頭にぶつかりそうになる。普段は美桜に優しい言葉を掛けてくれる事もある年上の下女だ。
 けれども謝るよりも先にその下女は美桜の手を引き、慌てた様子で屋敷の中をどんどん奥へと進む。

「椿さんと美桜さんを呼んで来るように、旦那さんから言われているの。でも椿さんが見つからなくて……どこに居るか知らない?」
「椿姉さんなら、お使いを頼まれたからって随分前にお屋敷を出て行きましたけど」
「お使い? ああ、また怠けているのね。仕方がないから美桜さんだけでも行くわよ。旦那さんには正直に話すしか無いわ」
「あの……私と椿姉さんが何か粗相をしたのでしょうか?」

 マツならまだしも、多忙な庄屋から一介の下女が呼び出される事など滅多になく、このように慌てて呼びに来させるとなれば余程の事だろう。
 美桜はこの家の嫁である百合の立場を思って、段々と頭が痛くなってくるのを感じていた。

「違うわよ! 私もよく分からないんだけど、お客様が貴女達姉妹をお呼びだそうよ。何でもとても尊くて偉いお方だとかで、私も……マツさんでさえもお客様のお顔は見ていないの」

 そんな偉いお方が自分達を呼ぶ理由など、ますます思い当たらない美桜は、どんどん不安が募って咳の発作が出てしまいそうだ。

 こんなに奥に美桜が足を踏み入れたのは、この屋敷に来た日のたった一度だけ。来客用の座敷に繋がる一層ピカピカに磨かれた廊下で、下女は美桜の手を離した。

「さあ、この先から一人で行くのよ。私はマツさんに椿さんは屋敷に居ないと伝えて来ないと。全く……椿さん、どこへ行ったのかしら」
「あの……っ、ありがとうございました!」
「いいから、行って来なさい。椿さんの事はマツさんが探していると、旦那さん達に伝えておいて」
「はい」
「それじゃあ、粗相のないようにね」

 それだけ言うと下女は早足であっという間に廊下を曲がって行ってしまい、美桜はその場にポツンと取り残される。
 
 三つ続き間になった座敷の一番奥の部屋から、微かにボソボソ言う話し声が聞こえるので、恐らくそこに行けば良いのだろう。

 先程まで洗濯に励んでいた美桜は身なりを軽く整えてから、年季が入っているもののしっかりと丁寧に磨き上げられた廊下の先へ、そっと足を踏み出した。

 
 

 


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