寡黙な騎士団長のモフモフライフ!健気な愛し子に溺愛されて

蓮恭

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34. サラのために

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「ユーゴ! まずは神殿に行くんだよね?」
「そうは思ったが、せっかく神殿に行くなら先にサラの服を新調しよう」

 翌日、サラとユーゴは二人で邸宅を出ると、数多くの商店が立ち並ぶ通りへと出掛けた。
 サラが迷子になるのを心配したユーゴは、しっかりと手を繋ぐように何度も言い含めた。

 実際には、サラは三人の娘として何度も街を歩いているのだから迷子になる事は無いのだが、あんまりユーゴが心配そうに言うものだから、サラは笑って頷いた。

「いらっしゃいませ」

 二人が訪れたのはこの王都でも人気の仕立て屋であった。
 女の服飾関係に疎いユーゴは、以前ポールが話していたこの人気店に来れば、とりあえず間違いがないかと考えたのだ。

「この娘に普段着を十着仕立てて欲しい。あとは、既製服を少し頼めるか」
「じゅ、十着でございますか? かしこまりました! さあさあこちらへ……」

 グレーの髪を一つのシニヨンにまとめた初老の婦人は、二人に向かって目尻の皺を深くして微笑み、ユーゴの注文に驚きながらも喜びを隠さずに対応した。

「ユーゴ、私は既製服で十分だよ?」
「いや、そればかりではお前の美しい顔に服が負けてしまうだろう」

 時々このように恥ずかしげもなく恥ずかしいことをサラリと言うユーゴに、サラは耳まで真っ赤にして俯いた。
 そんな二人を優しい眼差しで見つめていた初老の店員は、サラの採寸のために別室へと移動を促す。

 そこからはこの店のクチュリエールが担当するらしく、初老の婦人はユーゴを連れて店内の商品を案内をした。
 サラが採寸をしている間に、ユーゴは店内で既製品の服の中からサラに似合いそうなものを数点見繕った。

「騎士団長さん、それにしてもお連れ様はとてもお美しい方ですわね。きっとうちの店のクチュリエールも、張り切ってお洋服をお作りすることでしょう」
「それは助かる。あと、少し店を出てくるが、あとを頼めるか?」
「はい、大丈夫ですよ。殿方は皆そのように待ち切れずにお出かけになられますから。それに、でございましょう? ほほほ……、いってらっしゃいませ」

 何だか嬉しそうな初老の店員を置いて、ユーゴは一人で仕立て屋をあとにした。
 服のことはよく分からないし、プロに任せておけば間違い無いだろうと。

 そして訪れたのは老紳士の営む宝飾品店。
 実は先程仕立て屋の店員に頼んで、サラの指輪のサイズを測って貰っていた。

「おや、騎士団長さんじゃあありませんか? 今日はどうされましたかな?」

 騎士団の職務として王都の見回りなども行っていた為、この店の老紳士とは顔見知りであった。
 しかし、今まで特に縁がなかったこの店宝飾品店に、初めて客として訪れたのだ。

「実は婚姻を結ぶことになった。出来ればオーダーメイドでは無く、出来上がった物の中から選びたいのだが……」

 この国では市井の民たちにとって既製品の指輪の中から購入することは通常のことであったが、貴族の婚姻ともなれば婚約期間や婚姻の準備期間は十分に取れる為、凝ったデザインの指輪をオーダーメイドする事が当然であった。

 騎士団長であるユーゴは平民出身であるから特にそこに抵抗は無い。
 しかし店の主人からすると、女っ気がないと評判の騎士団長の突然の婚姻話に意表をつかれたと共に、既製品の中から選びたいと言う言葉に、更なる驚きを覚えた。

「本当に宜しいんですか? オーダーメイドですと早くても三ヶ月はかかりますが、それでも騎士団長さんともあろうお方にはその方が宜しいのでは?」

 老紳士は商売の為に言ったのではなく、騎士団長という立場をかんがみて、その方が良いのではないかと進言した。

「すまないが、どうしても今日渡したいんだ。突然のことで申し訳ないが、頼めないか?」

 屈強で、寡黙で、この国で一番剣技に於いて強い人物であろう騎士団長が、老体で小さな商店の店主である自分に向かって、腰を折って頼み込む姿に胸を打たれたのであった。

「勿論、騎士団長さんがお望みのままにいたしましょう。由無よしなしごとを言いました。申し訳ありません」

 そう述べた店主の言葉に、ホッとした様子を見せたユーゴは滅多に見せない微笑を浮かべた。

 店主はユーゴを案内し、数多くの指輪の中からたまたまユーゴの目についたのは、とある有名な職人の作品であった。

「これを頼む」

 丁寧なミル打ちがぐるりを囲んで、小粒だが良質のダイヤが三つ並んだデザインは、サラのイメージにぴったりだと思ったのだ。

「こちら紳士用の方はダイヤの入ってないデザインではありますが、内側に『誠実』や『愛情』を示す石が配置されております」

 そう言って店主が見せたのは、内側に美しい小粒のアメジストが配置された物であった。

「俺の妻になる娘の美しい瞳の色だ。……ありがとう」

 ユーゴは今度こそ、判然はんぜんたるふわりと優しい穏やかな微笑みを浮かべた。

 店主はこれまで、険しく真面目な表情で職務にあたる、騎士団長としてのユーゴしか知らなかった。
 そのユーゴに、このような顔をさせてしまう娘が一体どのような人物であるのかと思いを巡らせた。

「すぐにお包みいたします。暫しお待ちください」

 こうしてユーゴは婚姻の証である指輪を手に入れた。
 結局指輪は名のある職人の作であったから、下手なオーダーメイドよりも随分と値が張るものになったが、ユーゴは非常に満足げである。

「今度は奥様もお連れください……か」

 店を出る時、店主に言われた言葉を小さく呟きながら、ユーゴはサラの待つ仕立て屋へと向かう。

 可愛いサラはどんな反応をするだろうかと心躍らせているのが、その歩みの軽さから伝わるようであった。

 
 



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