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42. ユーゴの焦り
しおりを挟む「報告であります!」
「入れ!」
扉の向こうの部下に入室を許可すると、団長と副長は早々に成果を尋ねた。
「実は……、タンジーの一味が贔屓にしているという娼館を見つけました。そこで得た情報で気になる事が……」
「何だ?」
「ヒイロは、かなりのサディストだとの事です。娼婦を何人も、行き過ぎた暴力で傷つけた事があると」
義賊ということで市井の民には人気だが、このように裏では盗賊だけでなく暴力的な罪も犯す完全な犯罪者なのだ。
「それで……最近ヒイロがとある女に惚れ込んだとの事です。それが……あの、贔屓の娼婦から聞くところによると……どうやらサラさんのようで……」
ガターンッと大きな音がして、怒りを堪えきれなくなったユーゴによって、応接用の机はバラバラになるほどに強く蹴飛ばされた。
「ひ……っ!」
最近は妻を貰って丸くなったと噂になるほどであったユーゴの、元々の性質を久々に目の当たりにした部下は、背筋をピンと伸ばして息を呑んだ。
「それで? ヒイロはどこに居るんだ?」
「あ、あの……っ! 先程っ、王都の外れにあるマルベリー男爵が所有するタウンハウスに強盗が入ったと通報がありまして、どうやらタンジーの仕業だとの事。既に騎士達が向かっております!」
最後まで聞いたかどうかと言うところで、ユーゴはズンズンと執務室を横切った。
「団長! 待ってください! 団長はここに残らないと!」
怖いもの知らずのポールがそう声を掛けると、ユーゴからは恐ろしいほどの殺気の満ちた声が返ってきた。
「お前が残って指揮をしろ! 俺はもう現場に出る!」
そう言ってさっさと去っていく上官に、ポールはハアッとため息を吐いた。
隣では、部下の騎士がユーゴの殺気にガタガタと震えていた。
「君、あれくらいで怖がってちゃ出世できないよ? 僕はずっとアレのそばでいるんだからね?」
「は……、はっ! 失礼しました!」
「ほら、さっさと情報集めて。急いでサラさんを見つけないと、あんなに殺気を放つ団長は味方にも噛み付くよ?」
戦争もない、最近の平和な騎士団では考えられないかも知れないが、ユーゴとポールが入団した頃にはまだ他国との戦争中だったのだ。
その時のユーゴときたら、鬼神のごとく敵を切り倒していた。
敵にも死ねば悲しむ家族がいるという事は分かっていても、そのような気持ちを持っていれば反対にやられてしまうのだから。
今の部下達の一部は戦争も知らず、主に王都の治安を守る為に勤めている者たちだ。
故に、ユーゴの本当の恐ろしさと残酷な一面を知らないのだ。
酷薄でなければ生き延びる事は出来ない。
時には残酷な判断を下すこともあった。
そうやってユーゴは自分というものを何度も殺して、他の人間が出来ないことをしてきたからこそ、平民から騎士団長まで上り詰めたのだから。
妻のサラには決して見せない、そんなユーゴの性質は最近の平和な騎士団では鳴りを潜めていた。
「あー、もうサラさん。頼むから無事で居てくれ。あの団長を抑えられるのはサラさんしかいないんだ」
痛む頭を額を押さえて堪えるポールは、一刻も早く無事にサラが戻ることを心から祈っていた。
駐屯地から真っ黒な愛馬に跨って王都に飛び出したユーゴは、くだんのタウンハウスへと向かう。
「サディストだと? ふざけるな! もしサラに何かしていたら、簡単には死なせてやらんからな!」
そう独り言ちるユーゴは、血走った眼でただ馬を走らせて前を見据えた。
そこには居ないはずの見たこともないヒイロという男に、射殺すような視線を向ける。
「サラ……、すまない。必ず迎えに行く!」
焦燥感と怒りが交互に押し寄せてくる感覚は、えらく不快で余計に苛立ちを煽った。
しかしそうやってユーゴが向かった現場では、ヒイロを捕らえる手がかりは見つからなかったのだ。
ユーゴは必ずタンジーが何処かで盗んだ金をばら撒くことを考え、孤児院や教会、浮浪者の多い地区に騎士を配置した。
そして、タンジーが贔屓にしているという娼館にも、密かに騎士を配置しておいた。
そうしながらも、ユーゴは単独でタンジーのアジトになりそうな場所をしらみつぶしに当たってまわった。
早く妻を見つけ出したくて、無事だと確認したくて焦って王都中を馬で走るユーゴ。
それを、人混みに紛れて通りを歩くヒイロが目にしてほくそ笑んだ。
「アンタが血眼で探している可愛い奥さんは、もう俺のもんだよ」
ヒイロが手にしているのは、あの家に囲ってあるサラのための食料と着替えだった。
濡羽色の長い髪をサラリと揺らして、ヒイロは騎士達が溢れる街中を悠々と歩く。
そんなヒイロを見つめる真っ白な鳥が、ずっと後をつけていることも知らずに。
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