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5. じゃあさ、私と付き合ってくれる?
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「何だよ? いきなり」
思いもよらない藤森からの告白に、俺の第一声はいかにも不審そうな顔つきで疑うような言葉になった。人を揶揄ってるとしか思えない。
「あ、ひどい。こっちは勇気を出して告白したのに、まーた眉間に皺寄せて。どうせ『揶揄ってんのか?』とか思ったでしょ?」
「いや、突然過ぎるだろう」
「明里くんは鈍感だから、ほっといたらいつまで経っても気付いて貰えそうにないんだもん。もうすぐ部活も引退だし、どうせなら卒業までの時間を大事にしたいって思ったから。どうかな?」
幼い頃に優しくしてくれた、施設のおばあちゃん先生の事を好きだとか言って追いかけ回していたくらいしか、「好き」という感情の覚えはない。それだって異性としての好きじゃなく、母親を求めるような気持ちだったのだと今なら分かる。
「好きとか、そういうのはよく分からない」
「じゃあ私の事嫌い?」
あまり人と関わる事が得意では無かった俺にとって、まともな恋というものは経験が無い。藤森の事は嫌いではないけれど、それじゃあ「好き」なのかと問われたら即答は出来ないだろう。
「嫌い、では無い」
「でも好きかどうかは……?」
「分からない」
コイツはいつだって正直だったから、俺も心が思う通りに答える。
嫌いでは無いけど好きかどうかは分からないなんて、結構ひどい言い草だと思ったけれど、藤森はまるで俺の言葉を予想していたかのように大きく頷いた。
「じゃあ、試しに付き合ってみたら分かるかもよ」
「そんなもんでいいのか?」
「だって、そうでもしないと明里くんの場合は動かない気がするから」
「何が?」
そう尋ねてからチラッと教室の中に目を向けると、いつの間にかクラスメイト達は居なくなっていた。
ガランとした教室には俺とコイツだけが取り残されている。
俺の視線に合わせて、藤森も後ろを振り返った。サラリと揺れる髪の毛が鼻先ギリギリを掠める。ふわりと花のような匂いがした。
「皆、帰っちゃったね」
俺の「何が?」という問いに答える事なく、藤森はまた髪を揺らしてこちらへと向き直る。どこか悪戯っぽい顔つきでこちらを見つめる藤森の顔。
こんな風にまじまじとコイツの顔を正面から見たのは初めてかも知れない。
黒目がちなまぁるい瞳と、口角のきゅっと上がった口は、昔学校帰りに道端で見つけた猫みたいだ。
「おい……っ!」
この時、女子にしては背が高かった藤森と十センチ程しか身長が変わらない俺の頬を、ひやりとした両手でガッチリ挟んできたと思ったら、出し抜けに唇を奪われた。
驚いて思わず藤森の両肩を掴んで引き離すと、藤森はやっぱり悪戯っぽい顔でニッと笑う。
「どう? ドキドキ、した?」
「お前……、何やってんだよ……」
藤森は頭を撫でてやった時の猫みたいに目を少し細めている。
白い歯を見せながら心なしか頬を赤くしている藤森を、不覚にも少し可愛いと思った。
いや、それより前から俺の拍動はうるさいくらいに耳の中でこだましていて、施設の幼い子ども達を可愛いと思う時とは違うという事は分かる。
「明里くんの心、動いた?」
心が動く? 意味が分からなくて藤森の目を見つめた。そこに答えなんか書いてないのに、吸い込まれるように黒目がちなその瞳を覗き込む。
それでも、可愛いと思った事は絶対に口にしない。
「キスして、ドキドキした?」
「……それは、まぁ」
「嫌だった?」
嫌だったも何も、もう終わってしまったものは仕方がない。
そもそも、これが逆の立場だったら大問題なんじゃないか? 付き合ってもいないのに男が女に突然キスするなんて、犯罪者だと言われてもおかしくないと思う。
けど、嫌では無かった。
確かに驚いたけど、だからって不快な訳では無い。
むしろあの時のはにかんだ藤森の表情を、ほんの一瞬でも可愛いと思ってしまった自分が今更恥ずかしくなる。
「別に。嫌じゃ……無かったかも知れない」
「あぁ! 良かった! 嫌って思われてももう引き返せないけど、『犯罪だ!』とか言われたら困るし。でも多分大丈夫だと思ったの」
時々思い切った事をする奴だとは思っていたけど、何の根拠もない『多分大丈夫』で人の唇を奪ったのかよ。
「お前、ホントめちゃくちゃだな。本当に犯罪だぞ」
「ごめんね。でも、ほら外国とかでよく見る親愛のシルシみたいに思ったら……って、無理?」
「無理……っていうか、もう今更言っても仕方ないだろう」
「じゃあさ、私と付き合ってくれる?」
恋愛して付き合うっていうのは、きっとこんなんじゃないとは分かってた。
だけどあんまり当然のように藤森がそう言って、勢いで思わず頷きそうになった自分に驚く。
「明里くん。ねぇ、お願いっ!」
パチンと両手を合わせて拝むようにする藤森に、こめかみに手をやり考えを巡らせた。
どうせ捻くれた毎日を送りつつ、実はいきいきとしている周りの奴らの事が心のどこかでは羨ましいと思っていたんだから、このままコイツに流されてみてもいいかもな。
「いいよ」
「え、本当?」
自分から言い出した癖に、俺の返事に心底驚いたような顔をする藤森が可笑しかった。
藤森なら、このぼんやりと色褪せた退屈な日常を変えてくれるかも知れない。
「うん。けど、藤森は本当にそれでいいのか?」
「何が?」
「俺の気持ちがそんな風なのに」
普通はお互いが好きだって事で付き合うものだろう。だけど俺達の場合はそうじゃない。
それが藤森にとって辛くは無いのかと気になった。
「大丈夫だよ、きっと好きだって言わせてみせるから。これからよろしくね」
そう言って笑った藤森は俺の方へ方手を伸ばした。
どうやら握手を求める仕草のようだ。こちらがそろそろと手を伸ばすと、藤森は両手でぎゅっと力強くその手を握り込んだ。
思いもよらない藤森からの告白に、俺の第一声はいかにも不審そうな顔つきで疑うような言葉になった。人を揶揄ってるとしか思えない。
「あ、ひどい。こっちは勇気を出して告白したのに、まーた眉間に皺寄せて。どうせ『揶揄ってんのか?』とか思ったでしょ?」
「いや、突然過ぎるだろう」
「明里くんは鈍感だから、ほっといたらいつまで経っても気付いて貰えそうにないんだもん。もうすぐ部活も引退だし、どうせなら卒業までの時間を大事にしたいって思ったから。どうかな?」
幼い頃に優しくしてくれた、施設のおばあちゃん先生の事を好きだとか言って追いかけ回していたくらいしか、「好き」という感情の覚えはない。それだって異性としての好きじゃなく、母親を求めるような気持ちだったのだと今なら分かる。
「好きとか、そういうのはよく分からない」
「じゃあ私の事嫌い?」
あまり人と関わる事が得意では無かった俺にとって、まともな恋というものは経験が無い。藤森の事は嫌いではないけれど、それじゃあ「好き」なのかと問われたら即答は出来ないだろう。
「嫌い、では無い」
「でも好きかどうかは……?」
「分からない」
コイツはいつだって正直だったから、俺も心が思う通りに答える。
嫌いでは無いけど好きかどうかは分からないなんて、結構ひどい言い草だと思ったけれど、藤森はまるで俺の言葉を予想していたかのように大きく頷いた。
「じゃあ、試しに付き合ってみたら分かるかもよ」
「そんなもんでいいのか?」
「だって、そうでもしないと明里くんの場合は動かない気がするから」
「何が?」
そう尋ねてからチラッと教室の中に目を向けると、いつの間にかクラスメイト達は居なくなっていた。
ガランとした教室には俺とコイツだけが取り残されている。
俺の視線に合わせて、藤森も後ろを振り返った。サラリと揺れる髪の毛が鼻先ギリギリを掠める。ふわりと花のような匂いがした。
「皆、帰っちゃったね」
俺の「何が?」という問いに答える事なく、藤森はまた髪を揺らしてこちらへと向き直る。どこか悪戯っぽい顔つきでこちらを見つめる藤森の顔。
こんな風にまじまじとコイツの顔を正面から見たのは初めてかも知れない。
黒目がちなまぁるい瞳と、口角のきゅっと上がった口は、昔学校帰りに道端で見つけた猫みたいだ。
「おい……っ!」
この時、女子にしては背が高かった藤森と十センチ程しか身長が変わらない俺の頬を、ひやりとした両手でガッチリ挟んできたと思ったら、出し抜けに唇を奪われた。
驚いて思わず藤森の両肩を掴んで引き離すと、藤森はやっぱり悪戯っぽい顔でニッと笑う。
「どう? ドキドキ、した?」
「お前……、何やってんだよ……」
藤森は頭を撫でてやった時の猫みたいに目を少し細めている。
白い歯を見せながら心なしか頬を赤くしている藤森を、不覚にも少し可愛いと思った。
いや、それより前から俺の拍動はうるさいくらいに耳の中でこだましていて、施設の幼い子ども達を可愛いと思う時とは違うという事は分かる。
「明里くんの心、動いた?」
心が動く? 意味が分からなくて藤森の目を見つめた。そこに答えなんか書いてないのに、吸い込まれるように黒目がちなその瞳を覗き込む。
それでも、可愛いと思った事は絶対に口にしない。
「キスして、ドキドキした?」
「……それは、まぁ」
「嫌だった?」
嫌だったも何も、もう終わってしまったものは仕方がない。
そもそも、これが逆の立場だったら大問題なんじゃないか? 付き合ってもいないのに男が女に突然キスするなんて、犯罪者だと言われてもおかしくないと思う。
けど、嫌では無かった。
確かに驚いたけど、だからって不快な訳では無い。
むしろあの時のはにかんだ藤森の表情を、ほんの一瞬でも可愛いと思ってしまった自分が今更恥ずかしくなる。
「別に。嫌じゃ……無かったかも知れない」
「あぁ! 良かった! 嫌って思われてももう引き返せないけど、『犯罪だ!』とか言われたら困るし。でも多分大丈夫だと思ったの」
時々思い切った事をする奴だとは思っていたけど、何の根拠もない『多分大丈夫』で人の唇を奪ったのかよ。
「お前、ホントめちゃくちゃだな。本当に犯罪だぞ」
「ごめんね。でも、ほら外国とかでよく見る親愛のシルシみたいに思ったら……って、無理?」
「無理……っていうか、もう今更言っても仕方ないだろう」
「じゃあさ、私と付き合ってくれる?」
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だけどあんまり当然のように藤森がそう言って、勢いで思わず頷きそうになった自分に驚く。
「明里くん。ねぇ、お願いっ!」
パチンと両手を合わせて拝むようにする藤森に、こめかみに手をやり考えを巡らせた。
どうせ捻くれた毎日を送りつつ、実はいきいきとしている周りの奴らの事が心のどこかでは羨ましいと思っていたんだから、このままコイツに流されてみてもいいかもな。
「いいよ」
「え、本当?」
自分から言い出した癖に、俺の返事に心底驚いたような顔をする藤森が可笑しかった。
藤森なら、このぼんやりと色褪せた退屈な日常を変えてくれるかも知れない。
「うん。けど、藤森は本当にそれでいいのか?」
「何が?」
「俺の気持ちがそんな風なのに」
普通はお互いが好きだって事で付き合うものだろう。だけど俺達の場合はそうじゃない。
それが藤森にとって辛くは無いのかと気になった。
「大丈夫だよ、きっと好きだって言わせてみせるから。これからよろしくね」
そう言って笑った藤森は俺の方へ方手を伸ばした。
どうやら握手を求める仕草のようだ。こちらがそろそろと手を伸ばすと、藤森は両手でぎゅっと力強くその手を握り込んだ。
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