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8. き、き、き、綺麗⁉︎
しおりを挟む八月の終わり、俺は県立武道館の弓道場脇から藤森を見ていた。
袴姿に長いポニーテールの藤森は、普段と違って真剣そのものの顔つきで弓道場へと入って来る。俺には作法なんか分からない。だけど藤森は背筋をピンと伸ばして、足運びも身体の動きも、そこにいる誰よりも美しく見えた。
大きな弓をしならせて、的に向けて矢を放っていくのを皆が息をつめて静かに見つめた。ピリピリとした空気が耳に痛い。
藤森は前から三番目、赤みのある唇に沿わせた矢が一瞬で放たれて、的の中心より少し右側を射た。
パンっという乾いた音がして、いつの間にか息を止めていた自分に気付く。ふうっと吸って、すうっと吐き出す。
結局藤森は予選を突破して決勝に進出したらしい。ルールも何も分からない俺は、間で届く藤森からのDMでそれを知った。
「見てくれた?」
「うん。袴姿、かっこいいと思う」
「ありがとう。決勝も頑張るから、見てて」
ルールも作法も知らずに随分と長い時間見学していたのに、全く飽きなかった。
弓道という競技の雰囲気が、新鮮で面白かった。的に矢が当たった時の音はスカッとしたし、ピリピリとした緊張感は高揚した。
決勝戦での藤森はどこか鬼気迫ったような雰囲気で、予選以上にひりついた会場の気配に負ける事なく背筋を伸ばして立っていた。
矢を射る場所に立ってからの一つ一つの動作は皆同じはずなのに、五番目に立つ藤森が一番綺麗で凛々しい。素人の目で見てもそう思った。そして同時に胸がざわざわと苦しい。
全部で十二本の矢を射って、藤森は十本を的に当てた。他の奴らの事なんて見てなかった。
矢を放った後の動作も、全て見逃さないように目を離さずにいたから。
「悠也! 来てくれてありがとう!」
制服に着替えた藤森が武道館から出て来て、近くのコンビニで飲み物を買って、駐車場で時間を潰していた俺のところへ駆けてくる。
「お疲れ様。凄かったな」
「そうでしょ? 悠也が見てるって思ったら、いつもより頑張れたかも。今度は九月に大会があるから、それも見に来てくれたら嬉しいな」
藤森は四位だった。これで次の大会に出られる出場権を獲得したらしい。
「分かったよ。行く行く、行くって。ほら、これやるよ」
腕を引っ張ってはしゃぐ藤森に、ペットボトルのレモンティーを渡した。遊びに行った時にいつも飲んでるやつだ。
「あー、ありがとう。覚えてくれたの? 私が好きなやつ」
「うん、いつもそればっかり飲んでるからな。流石に覚えるだろう」
「嬉しい。ありがとう」
頬に冷えたペットボトルを当てた藤森の顔は、少し赤くなっていた。影になっている場所とはいえ、まだ暑い気温にやられたのか。
「弓と矢は?」
「先に顧問が車で持って帰ってくれたの。だから身軽で助かっちゃった。だからほら、まだ暑いけど歩いて帰ろうよ」
クソ暑くて俺は手のひらに汗をかいてるっていうのに、構わず握ってくる藤森は繋いだ手を嬉しそうにブンブンと振った。
「バス、乗らなくていいのか?」
「歩いた方が長く話せるから。嫌?」
「嫌じゃないけど」
「じゃあ歩こう。手を繋げるし、話せるし。ね?」
「ああ」
帰り道、公園の中を通って歩いた方が涼しいと藤森が言うので、木々が生い茂る遊歩道を歩いた。
確かに木陰は涼しくて気持ちいい。時々犬の散歩やジョギングをしている人がいたが、静かな公園だった。
「今日……」
「え? なぁに?」
「今日の藤森は、なんか……」
「なんか?」
「なんか……綺麗だった……と思う」
もうすぐ九月とはいえまだまだ暑い中を、手を繋いで歩くなんて馬鹿馬鹿しいと思っている奴らもいるかも知れない。
だけど藤森がそうしたいならすればいいと思っていた。それなのに、俺の言葉に驚いた藤森が素早く手を離した。
「き、き、き、綺麗⁉︎ さすがに悠也がそんな事思ってるなんて分かんなかったけど⁉︎」
狼狽する藤森が目を大きく見開くと、いつもより一層黒目がキラキラしている。ちょっと手を伸ばせば届く距離にいるその存在を、もっと近くに寄せたいと思った。
俺は藤森の事を「好き」なんだと自覚した。
「ゆう……や……」
チラリと辺りを見渡してから藤森をグイッと抱き寄せた。背が高い藤森の頭がちょうど俺の鼻の辺りにきて、フワリと甘い匂いがする。
苦しくて、切なくて、でも嬉しい。胸がぎゅっと掴まれているような感覚に一瞬顔を顰める。
藤森は俺の腕の中で棒立ちして固まっていた。ピタリと密着した身体に、どっちの心臓の音が響いているのか分からなくて。
藤森といると心が動く、そう思った。
「心、動いた」
「え……」
そこで俺は自分から藤森にキスをした。
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