あの日、心が動いた

蓮恭

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9. あれって好きって意味だったんだ

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 あの選抜大会の日以降、バイトの後に施設の門限までの短い時間を藤森と一緒に過ごすようになった。

 夏休みが終わったらまた日曜日以外は会えなくなる。それが急に寂しく感じた。
 藤森の事が好きという気持ちを認めてしまったら、会いたいと伝えるのはとても楽になった。
 藤森はそんな俺を受け入れてくれると分かったから、前より素直になれた気がする。

「最近、帰るのが遅いからお母さんに『彼氏でも出来たの?』って聞かれちゃった」

 バイト上がり、俺達は鉄工所の近くにある運動公園の時計台のある花壇前で会うのが日課になっていた。藤森の家はここから自転車で十分ほどで、バイトが終わる時間に合わせて待っててくれる。

「え、それってまずいか?」
「ううん。夕飯は作って来てるし、昼間のうちに家事も終わらせてるから。それに、いい機会だと思って悠也の事話したの」
「そうか。それで、何か言われた?」

 藤森の家は母子家庭で、父親は藤森が小さい頃に交通事故で亡くしている。不妊治療の末遅くに出来た子どもだったから、母親は同級生の親達よりも年配の五十五歳だという。

 母親は一生懸命働いて藤森を育てて来たが、無理が祟ったのか不整脈を起こしがちになり、とうとう去年脳梗塞を起こした。半身麻痺が残った母親は不自由な事も多いらしい。

「また今度家に連れておいでって。お母さんも通所リハビリで仲間と話すだけじゃ、話し足りないんじゃないかな」
「お母さんも藤森に似てお喋りなのか」
「ふふっ、まぁね。でも身体が不自由だから、娘の私が支えてあげないと……」

 本当は藤森だってクラスメイトみたいに行きたい大学や専門学校があるのかも知れない。
 けれど卒業後は病院で働きながら医師会附属の看護学校へ通うと決めていた。俺だって就職組だけど、藤森は勉強が出来るし好きみたいだから、本当は進学したいと思っているんじゃないかと思った。

「お前はそれでいいのか?」
「ん? 何が?」
「進学……したいんじゃないかなって思ったから」

 俺の言葉に一瞬驚いたような顔をした藤森は、すぐに目を細めてから口を開く。
 しかし言葉がすぐに出てこずに、ほんの少しだけ開いた唇はそのまま結ばれる。それから何だか寂しそうに笑った。

「そんな事ないよ。お母さんが入院してた時にお世話になった看護師さんを見てて、あんな風になりたいって思ったから一番早く看護師として働ける方法を取るだけ」

 いつも素直で正直な藤森が、この時嘘をついているのかどうか分からなかった。
 だけどひどく寂しそうに笑った藤森の事を守ってやりたいと強く思った事は確かで、だけどそれを伝える言葉が見つからずに、とにかくそばにあった手を握った。

「最近、悠也の方から私に触れてくれるから嬉しいな。ハグだってキスだって、悠也からもしてくれるようになったし」
「……そういう事言うなよ」
「何で? 嬉しいんだもん。最初は私から強引にキスしちゃったから、あの時嫌われたらどうしようって本当は心配だった。何とか押し切って受け入れてくれて、今は幸せだなぁって思ってる。でもさ、今思ったらすっごく無理矢理だったよね」

 結んだ髪をサラリと揺らしながら首を傾げる藤森は、悪戯っ子みたいにニイっと笑った。

「まぁ、あれは一歩間違えたら犯罪だったよな」
「それで、今の悠也は私の事好きになってくれた?」

 コイツは、何で分かりきった事をわざわざ聞くんだろう。
 好きじゃなかったら今も付き合っていないし、高い金を払ってスマホだって買わなかった。俺から藤森に触れる事だって無いのに。

「まあ、そうだな」
「本当⁉︎」
「お前は何かあれば『本当⁉︎』ばっかりで、他に言う事ないのか?」

 少し頬を赤く染めて満面の笑みでこちらを見つめる藤森に、俺まで顔が熱くなってきて気恥ずかしくなった。
 真っ直ぐな視線をぶつけてくる藤森からついつい目を逸らしながら悪態を吐く。

「だって、初めて認めてくれたから……好きだって。嬉し過ぎて信じられなくて。ねぇ、本当に好き?」
「ああ、もう! そうだって言ってるだろ! 第一、あの時に言ったはずだ。心が動いたって」
「そっかぁ、あれって好きって意味だったんだ」

 女ってやつはわざとこうやって男の気持ちを試すものなんだろうか? 恥ずかし過ぎてこっちは死にそうだっていうのに、何度も「好き」という言葉を口にされると居心地が悪い。

「じゃあ、改めてこれからも宜しくね。悠也」
「おう」

 ポニーテールを揺らしながら誰も周りにいない事を確認して、藤森は俺に強い眼差しで訴えてくる。もう何度目になるか分からないけど、柔らかな唇は相変わらず甘かった。

 

 
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