あの日、心が動いた

蓮恭

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19. 父さんの事嫌いなのか?

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「近頃ガキンチョが資材置き場で遊んでる事があって危ないんだよ。勝手に材料に落書きしたり、お菓子やジュースのゴミを捨ててたりしてるし」
「え、それは危ないっすね。重い材料も多いし、尖った物もあるから。怪我したら大変だ」
「だろ? 勝手に秘密基地みたいに思ってんのか知らねぇけどさ。他人の土地に入ってめちゃくちゃするんだからな。困っちゃうよ」

 近くにあるうちと同じような鉄工所の社員が、配達のついでに愚痴を漏らす。
 この辺は住宅や学校もあるから、子どもを見かける事も多い。鉄工所の資材置き場は危険な物もあるから、子どもがウロウロするのは確かに怖い。

「ここも気をつけた方がいいぞ。万が一怪我でもされたら、こっちに責任なすりつける親だっているからな」
「そうっすね。社長に伝えておきます」

 俺が作った製品を積んだ軽トラは、年配の社員が乗り込んで、窓から出した片手を上げてから発進する。

 一人で最初から最後までの工程を出来る様になり、俺はやっと一人前になれたところだ。
 まだまだ斉藤さんや社長には敵わないけど、丁寧な仕事を褒められる事も増えた。

「悠也、今日はもう定時であがれよー。お疲れ!」
「はい! お疲れ様でした!」

 近頃、残業続きだった俺は久しぶりに定時で上がれる事になった。双子達は保育園の延長保育で十九時までは見てもらえるが、いつも仕事が終われば急いで迎えに走っている。

「腰、痛ぇなぁ」

 重い物を持ったり腰に負担がかかる姿勢も多く、若くても腰痛に悩む奴は多いと斉藤さんが話していた。今日は整形外科に行って薬をもらってから保育園に迎えに行く予定だったから、車で出勤している。年寄りのように腰をさすりながら、疲れた身体を車に乗せ込んだ。

「あれ? 翼?」

 整形外科の近くにも鉄工所があって、そこは今日話をした年配の社員が勤めている。
 工場から少し離れたところにある資材置き場に、翼の姿が見えた。何人かの子供たちと一緒に遊んでいるようだ。

「アイツら、何やってんだ」

 チラリと見えたのは赤い炎。分厚い漫画本に火をつけては踏みつけたり砂をかけて消している。いわゆる火遊びだ。

 資材置き場には多くの鉄骨などが置かれてあり、たまたま信号待ちにならなければ、なかなか奥までは覗かないところだ。
 俺だって話を聞いていたから何となく視線がそちらへと向かっただけで。

 少し先でUターンをして、車から降りる。
 下手に驚かすと怪我でもしたら面倒だから、わざと足音を立て、姿が見えるように資材置き場へと入っていった。

「おい、何やってんだよ」
「うわっ! やべっ!」
「逃げろー!」
「え! 待ってよ! ちょっと!」

 小学校高学年くらいの男女が六人ほど、俺を避けるようにしてバラけて走って逃げていく。急いで砂がかけられた漫画本にはまだ小さな火種が残っていて、翼だけがその場から逃げ遅れてこちらを見ている。

「高橋翼、だよな? 何やってんだ?」
「……別に」
「俺のこと、知ってるだろ? 隣に住んでる明里」
「……知ってる」

 近寄って火種を完全に踏み消した。
 辺りには菓子やジュースのゴミが散乱している。やっぱりコイツらがあの社員の話していたガキンチョか。

「火遊び、楽しいのか?」
「別に。みんなが楽しいって言ってしてるだけ」
「お前だけ逃げずに残って火を消そうとしたよな? 火の怖さを知ってるからだろ?」

 翼は俺の言葉に答えずに黙って俯いている。その辺にあったビニール袋に、ゴミを拾ってから口を縛った。一部が焼け焦げた漫画本も手に持つ。翼はその間、逃げる事もせずにじっと俯いたままでいた。

「なぁ、とりあえずついて来いよ。隣のオッサンだったら不審者じゃないだろ? お前らに怒鳴りつけたら喉乾いたからさ、今からコンビニ行くから」
「父さんに……言いつける?」

 少し震えた声でそう尋ねた翼の肩を抱いて、資材置き場の出口へと向かう。まだ細くて小さな肩は頼りない。

「さあな、それは翼次第だ。とりあえずついて来いよ」

 翼は一度だけメガネ越しにこちらを見上げたが、赤くなった瞳を隠すようにすぐに俯いた。
 けれど素直に停めてある車の方へと歩いて、小さな声で「お邪魔します」と言ってから助手席に乗り込んだ。

 さすがというか何というか、高橋の息子だからなのかそれとも翼の元々の性格なのか。ピシッと背筋を伸ばしてちゃっかりシートベルトも締めてシートに腰掛ける翼は、どんどん後ろに通り過ぎていく窓の外へと顔を向けている。

「翼、お前は父さんの事嫌いなのか?」




 



 




 





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