あの日、心が動いた

蓮恭

文字の大きさ
上 下
20 / 32

20. 捨て子の俺が色々と話をしてやるよ

しおりを挟む

「何でそんな事聞くんだよ」
「高橋さんが、お前と仲良くしたいのに仲良く出来ない、って俺に相談してくるからだよ」
「……迷惑な人だな。他人には関係無いのに」

 迷惑な人、というのは高橋の事だろうか。ツンケンした言い方でも、やっぱり背筋をピンと伸ばしてきちんと座る翼を見ていると、何だか可笑しくなって笑ってしまった。

「ぷっ! ふふっ!」
「何がおかしいんだよ?」
「いや、悪い。何でも無いよ。ちょっと待ってろ」

 近くのコンビニでペットボトルのお茶と炭酸飲料を買うと、両方を翼に差し出した。翼は訳が分からないという風に顰めっ面でこちらを見る。

「ほら、どっちがいい?」
「いらない」
「お前な、隣人の親切は素直に受け取れよな。お前の父さんも、ある日いきなり家に上がり込んで来たんだから。俺はその時素直に親切を受け取ったぞ」

 俺の言葉に少し興味が湧いたのか、翼はチラリとこちらを見た。メガネをかけた顔は高橋に良く似ている。小さくて生意気さが残る高橋だ。

「父さんは……何の為にあなたの家に?」
「俺が娘の髪の毛を上手く結べなくて……双子なんだけどさ。そいつらに怒鳴り散らしてたら、どうやら心配して来てくれたみたいだ」
「どうして怒鳴るの? 嫌いなの? 子ども」
「嫌いじゃないよ。でも双子達の母親が突然死んじゃって、急に一緒に住むようになったから俺だって分からない事が多いんだ。出来ない事もあるし」

 そう言って炭酸飲料を差し出したら、翼はお茶の方を目で追った。俺がお茶を差し出したら翼はペコリと小さく会釈をして受け取った。ツンケンしてる割には何だか憎めなくて可愛い奴だ。

「何で死んだの? 奥さん」
「病気だよ。いきなりだったから俺だって驚いてる」

 元妻だという事を話すには、まだ翼は幼いと思ったから黙っておいた。あれから三ヶ月しか経っていない。四十九日の時も、今だってまだ俺は朱里の死を実感していなかった。毎日かかさず藤森の家に寄って手を合わせていても、そこに朱里がいるような気はしていない。

「病気……。それって子どものせい?」
「いいや、色んな偶然が重なったからだよ」
「うちも……、母さんが病気で死んだんだ」
「そうか」

 知っているとは言わなかった。翼が何か俺に助けを求めているような、そんな気がしていたから。父親には言えなくても、もしかしたら隣のおっさんには心の内を話せるかも知れない。翼は元々素直でいい奴なんだろうから。

「母さんが死んでから、僕の家は普通じゃなくなった。お父さんがいて、お母さんがいて。それが普通の家なのに、僕の家は父さんしかいない」
「誰かに何か言われたのか?」
「悪口を言われるわけじゃないよ。クラスにはお父さんとお母さんが離婚した子もいるから。でも、僕の家は母さんが死んで父さんだけなんだ。そういうのは周りにいない」

 子どもだからこその感覚なのだろうか。世の中には色んな家族の形があるけれど、コイツはまだ子どもだから狭い世界しか知らない。だから自分が他と違うという事に疑問を持っているのだろう。

「そうか。俺なんかはお父さんもお母さんもいないぞ」
「え? 嘘だ、そんな訳ないよ」
「いや、本当だ。俺は捨て子だからな」

 翼は驚いてハッと息を呑んだ。メガネの奥の瞳をビー玉みたいにまん丸にする。

「捨て子って……、子どもを捨てるって事? 赤ちゃんポストみたいな?」
「お前、よく知ってるじゃないか。まぁそんな感じだ」
「テレビで見た事があるんだ。要らない子供を捨てるんだよね。それで誰かが代わりにその子を育てる」
「そう、俺はそうやって育てられた。だから親はいないんだ。お父さんも、お母さんもな」

 小学五年生に「捨て子」という言葉は余程衝撃的だったんだろう。目の前の不思議にパクパク食いつくみたいにして、翼は俺に次々と質問をしてくる。

「どうして捨てられたの? 怖くなかった?」
「どうしてかは分からない。捨てられたのは赤ん坊の頃だったから、怖かったかどうかも覚えていない」
「それじゃあ誰に育てられたの?」

 俺は自分の生い立ちを子どもにも分かりやすく説明してやった。翼は興味深そうに、シートから身を乗り出すようにして話を聞いている。

 チラリと車内の時計を見る。もう十八時半を過ぎていた。結局整形外科は行けずじまいだけど、まだ薬は余っているし、まぁいいか。しかしあんまり帰るのが遅くなるのも良くない。

「よし、この続きは明日な」
「ええー! 何で⁉︎」
「双子達のお迎えの時間だ。翼も帰らないとな」

 スマホを取り出して高橋の名前を探す。通話ボタンを押して呼び出し音が鳴るのを耳に当てて待っていると、翼が心配そうにこちらを見つめていた。

「あ、高橋さん。たまたま遊んでる翼を見かけたから、車で連れて帰るよ。今から双子達を迎えに行って帰るから、悪いけど少し遅くなる」

 高橋はひどく驚いたようだったが、俺に向かって礼を言う。芽衣はもう家に帰っているらしい。通話を終えた俺に、翼は何故か嬉しそうな顔をして口を開いた。

「おじさん、黙っててくれてありがとう。もう僕、あんな所で遊んだりしない。皆にもちゃんと言うよ。だからおじさんの話、聞かせて」
「俺の話?」
「捨て子の話。僕、自分は普通じゃ無くなったんだって思っていたけど、おじさんも僕と同じで普通じゃないんだね」
「まぁお前の思う『普通』ってのが、『父親と母親がいる』って事なら普通じゃ無いよな。お前には父親がいるけど、俺なんか両親がいないんだから。それで俺の話が聞きたいのか?」
「うん、だって僕……捨て子って周りにいないから。初めて会った。だから話を聞きたいんだ」

――「ごめん。初めての経験だったから」
「何が?」
「自分の事、捨て子だって人に会う事が」――

 翼の言葉を聞いて、高校の時に朱里に言われた事を思い出した。

 自分が捨て子って事がきっかけで他人の興味を誘うなんて。何だかそれが急に可笑しくなって頬が緩んだ。大人になった今の俺は、捨て子だった自分に対して卑屈になっていないからこそ笑えた。

 自分で稼いで生活している。周りに捨て子だった事について何か言うような嫌な奴はいない。俺は既に普通の大人として生活していたから、捨て子だった事さえ忘れていた。けれどそれはとても恵まれている事だと思う。

「翼、捨て子の俺が色々と話をしてやるよ」



しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

妻の死で思い知らされました。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:134pt お気に入り:2,368

愛されない皇妃~最強の母になります!~

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:1,214pt お気に入り:3,456

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

BL / 完結 24h.ポイント:944pt お気に入り:6,605

悪いのは全て妹なのに、婚約者は私を捨てるようです

恋愛 / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:759

処理中です...