あの日、心が動いた

蓮恭

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23. 嫌な顔された事があるのか?

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 翌日仕事を終えた俺が双子達を迎えに行きアパートへ戻ると、玄関の前で翼が待っていた。メガネを掛けた横顔は本当に高橋にそっくりで。けれど優しげな表情が多い高橋に比べて、翼はいつも表情を動かさないように意識しているように思えた。

「あー、翼だー」
「翼がいるー」

 双子達は翼を指差してキャッキャとはしゃいでいる。滅多に姿が見れない芽衣の兄ちゃんに会えて喜んでいるようだ。そんな双子達を見て、壁に寄りかかった姿勢の翼は気まずそうに視線を下に向けた。

「おう、どうした?」

 本当は翼がここに居る理由に思い当たるところがある。けれどなるべく普段の調子を心掛けた。わざとらしくならないように、気取られないように。だって正直なところ翼の行動力に驚いていたから。

「悠也くん、あの話聞きたい。僕、あれから続きが気になってモヤモヤするんだ」

 やっぱり翼はその為に勇気を出して行動したようだ。こちらを向いて少し照れくさそうにそう言った顔は、いつもの大人びた表情ではなく年相応の幼さがチラリと見えていた。

「何だ、お前。まるで漫画の続きが気になるみたいに言うけど、そんなに面白い事も無いぞ。まぁいいや、飯食ったらもう一回来いよ。まだ食べてないんだろ?」

 はじめは捨て子である自分の生い立ちにそこまで翼が興味を抱くとは思っていなかったし、こんな風に行動を起こすなんて想像もしていなかった。学校から帰ると、いつも部屋に閉じ籠ってると高橋から聞いていたから。

 でも、もしかしたらこれをきっかけに翼と高橋の複雑に絡まり合った心を解す事が出来るかも知れない。

「うん。まだ食べてない」
「じゃあ、また後で来いよ。コイツらも腹減ったらギャーギャーうるさいからさ。落ち着いて話せないだろ」
「ギャーギャー言わないもん」
「言わないよー」

 一花と百花は反論しながら俺の服を引っ張ってバタバタしていたが、そんな二人の頭を俺はグシャグシャと撫でてやる。翼はそんな光景を少し寂しそうに、羨ましそうに見ていた。その切なげな表情はこちらの胸をギュッと鷲掴みにするような気がした。

「じゃあ夕飯を食べたらまた来るよ」
「来る時はちゃんと高橋さんに言っておけよ。心配するから」
「……うん」

 小さな返事を聞いた俺がしゃがんで目線を合わせ、翼の髪の毛を双子にするみたいにグシャグシャと撫でてやると、翼はびっくりしたような顔をして急いで髪の毛を直す。それでもメガネの奥の瞳はキラキラしてて、口の端が少し持ち上がったのを俺は見逃さなかった。

「や、やめてよ」
「嫌だったか? 悪いな、いつも双子達にしてるからつい癖で」
「べ、別にいいけど。びっくりした……」

 甘えたいし、甘やかされたい、可愛がってもらいたい、だけどそれを口に出すのは恥ずかしいのだと分かる。もし相手に拒絶されたら……そう思うとなかなか甘える事が出来ないという事は俺だって経験していた。

 家の中に入るなり、高橋に「翼と話してみる。しばらくはそっと見守っていてくれ」とDMを送る。高橋からは食後の洗い物をしている時に返事が来て、「さっき翼が久しぶりに自分から話しかけてきました。よろしくお願いします」とある。

 良かった、どうやら翼は絡まりを解す第一歩を勇気を出して踏み出したらしい。

 ほどなくしてインターフォンが鳴る。双子達には二人で風呂に入るように言って、その間に俺と翼は男だけの内緒話をはじめた。

「悠也くん、それで悠也くんはお父さんもお母さんもいないのに、誰に育ててもらったの?」

 翼の言い分で言う「普通の」家族ではない俺の身の上がえらく気になるらしい。座って早々話し途中になっていたところから尋ねてきた。

「俺は施設で育ったんだ。児童養護施設っていうところで、俺みたいな捨て子や理由があって親と一緒にいられない子どもが住むところ。そこの先生達が親代わりかな」

 小学五年生にもなれば、子どもが一人で生きられないという事くらいは想像できるのだろう。だから俺に両親がいないという事が、翼にとって不思議でたまらないようだ。

「そこには悠也くんみたいな子がたくさんいるの?」「ああ、だから親がいない事なんて珍しい事じゃない。そんな子どもは世の中に沢山いる」
「そこって……行きたいって言ったら僕でも行ける?」

 メガネの奥に見えるのは、不安と期待の入り混じったような視線だった。翼は俺の答えをじっと待つ。

 何でこんな風に拗れちまったんだろう。高橋はいい父親だし、翼も本当は素直で可愛い奴だ。
 それなのに、お互いが遠慮して踏み込めないでいるうちに、ここまで拗れて絡まってしまった。母親が亡くなったという喪失感を、本当の意味で二人が克服できていないのかも知れない。

「翼はどうして施設に入りたいなんて思うんだ? 父親がいるのに」
「父さんは芽衣がいれば僕なんか要らないんだと思う」

 やっぱり翼は芽衣が生まれてからすぐに母親を亡くして、高橋は幼い芽衣にどうしてもかかりっきりになっただろうから、それを嫉妬しているのだろうか。

「何でそう思う?」
「だって……。芽衣ばかり大事にしているんだもん。父さんは僕にあまり話しかけてこないのに、朝だって芽衣とはいつも一緒にいるし。ここに毎日二人で来てるでしょ」
「じゃあお前も父さんに、話しかけたり近付いたりしたらいいじゃねぇか。三人家族なんだから自分から混じればいいだろ」
「いやだよ。だって父さんが嫌な顔したら? どうするの?」

 子どもらしい悩みだ。自分より他のきょうだいの方が大事にされていると、そう思うのは親の事が好きだからだ。親のいない俺は、幼い頃施設の先生にそんな風な気持ちを抱いた事があった。

「お前、父さんに嫌な顔された事あるのか? 自分から話しかけて、そしたら父さんは嫌な顔をしたのか?」
「ううん、ない。最近はあまり僕から話しかけないし。今日は悠也くんのところへ行くって、何とか伝えたけど……」
「じゃあその時、父さんはどんな顔してた? お前が久しぶりに話しかけたら、喜んでなかったか?」
「分からない……。その時は父さんの顔、見てないから」

 久しぶりに自分から歩み寄った翼は、高橋に自分から話し掛ける事で精一杯だったんだろう。もしかしたら拒絶の表情を見まいとしたのかも知れない。

「翼は施設に入りたいって言うけど、全然楽しいところなんかじゃ無かったぞ」
「そうなの? どうして?」
「……続きはまた明日。また父さんにちゃんと言ってから来いよ」

 ちょうど双子達が風呂から出たような音が聞こえて来た。ほっといたら裸で走り回るような奴らだ。それに、今日の今日で突然高橋と翼の関係性が変わるとは思っていない。まずは翼の気持ちをしっかり聞いてやるのが大事だ。

「分かった。じゃあまた明日来るよ」
「おう、アイツらほっといたら裸で走り回るから。悪いけど、また明日な」
「ふふっ……それは困るね」

 そう言った翼の顔には、子どもらしい笑顔が戻ったように見える。無理して大人ぶっていた翼は、まだたったの十一歳だ。言いたい事を我慢して、どんどん直せなくなる程に絡まってしまう前に何とかしてやりたい。

「じゃあ、悠也くんまたね」

 翼はヒラヒラと手を振ってから隣の自分の家へと帰って行った。


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