あの日、心が動いた

蓮恭

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22. パパじゃないの?

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 一花と百花は、天国という所が遠足で行くくらい近い所だと思っている。
 そこで朱里は場所取りをして待っていて、順番が来たら俺達もそこへ行く、けれどそこからまた一緒に帰って来られるのだと考えているのだ。

「死ぬっていうのは、身体が動かなくなる事だ。心だけが天国へ行く。だからママの身体はもうない。俺達が天国へ行ったら、俺達も帰って来ない。天国はものすごく遠い場所で、行ったら帰って来れない場所なんだ」
「じゃあやっぱりママはもうここに帰って来ないって事だ……。パパと百花達とママで、ご飯を食べたり遊びに行ったり出来ないって事?」
「うん。死ぬっていうのは、今まで出来ていた事が出来なくなるから。皆、いつかは死ぬんだ。それは一緒。死んだら天国へ行く。そこで死んだ人に会えるけど、ママに会えるのはまだずっと先」
「待ってたのに……。一花と一緒に待ってたのに、順番だって呼ばれるの、もうすぐかなって待ってたのに……」

 百花も唇の下に梅干しを作って、下瞼に涙をいっぱい溜め込んだ。二人で繋いだ手がプルプルと震えている。

「ねぇ、パパ。一花はママに会いたいよ……」
「百花もぉ……」

 俺だって朱里に会いたい。

 死を理解している大人の俺でも会いたいって思うんだから、まだきちんと理解しきれていないコイツらが会いたいと思うのは自然な事だ。
 
 朱里は死んだ、もう帰ってくる事はない。
 
 双子達に説明しながら、毎日の忙しさを理由に死を受け止める事を誤魔化し続けてきた俺も、やっとその事実を飲み込めた。

「パパも……会いたいよ」

 声が震えた。
 
 情け無いくらいに、子どもの前で肩を震わせて嗚咽を漏らしてしまう。
 そんな俺を見て双子達も堪え切れずに泣き始めた。

「うぇー……ん! ママァァ……!」
「パパぁ……! ママに会えないの……やだよぉ!」

 思わず二人をまとめて抱きしめた俺は、二人の顔と顔の間に自分の顔を突っ込んで、柔軟剤の匂いのする襟元で思いっきり声を上げて泣いた。
 鼻がツンと痛くて涙が溢れて止まらない。

「朱里……っ、あかり……」
「ママァ……!」
「やぁだー……!」

 十中八九隣の高橋家には聴こえていると思う。下手したら一階の住人にも……。でも、今日だけは許してもらおうと思って思いっきり泣いた。
 抱き寄せた小さな二つの身体はふにゃっとして温かくて、いくら耳元で大きな声を出してうるさく泣かれてもいいと思うくらいに愛しい。

 今日だけは、三人で思いっきり泣いて朱里の死を受け止める日にしよう。

「パパ……、どうしてもママに会いたくなったらどうしたらいい?」
「そうだなぁ、寝る前に『ママに会わせてください』ってお願いしたら夢で会えるかもな」
「そっかぁ、じゃあ一花お願いする……」
「百花もお願いするよ」

――ぐぅぅぅぅ……

 一通り泣き終えた俺達は、誰のものか分からない腹の音で涙が引っ込んだ。
 三人で団子のようにくっつき過ぎて、自分の腹なのかどうか本気で分からない。

「今の、百花?」
「一花でしょ?」
「パパじゃないの?」
「ははっ! 今から餃子焼くから、腹減ってたら先に卵スープ飲んでチャーハン食ってもいいぞ」
「一花パパと食べるー」
「百花もー」
「じゃあ待ってろ。すぐ作るからな」

 目が熱くて腫れぼったい。
 こんなに泣いたのは久しぶりで、俺自身も双子の世話に気を取られて、ちゃんと朱里の死を受け入れ、悲しむ暇が無かった事を実感した。

 俺一人だったら、もしかしたら乗り越えられなかったかも知れない。
 朱里を失った喪失感、悲しみや悔しい気持ちは今まで経験した事が無いくらいに俺を蝕んでいただろう。毎日後悔して、自分を責めたと思う。

 けれど、俺には守ってやらないとならない存在が……一花と百花がいるから。

 朱里が双子を残してくれたお陰で俺は生かされている。慌ただしく日々が過ぎる事で、時間をかけてゆっくりと朱里の死を受け入れていく余裕が与えられた気がする。

「パパ、食べよぉー」
「お腹空いたよぉー」
「だから先に食ってていいぞって言ったのに」
「だってー……、パパも一緒がいい」
「そうか。よし、じゃあ食うぞ。しっかり食べないと大きくならないからな。じゃ、いただきます」

 花の写真立ての中で笑う朱里が、俺達三人でドタバタと生活してるのを見守ってくれている。

 朱里、まだ三人家族には慣れないけど頑張ってるよ。お前がいたらもっと楽しくて、完璧な家族だったんだろうけど。
 でも、俺はこの三人でやっていく。まだ小さなコイツらでさえ、頑張って寂しさを乗り越えようとしてるのに。俺が頑張れなきゃダメだよな。











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