あの日、心が動いた

蓮恭

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29. 俺は大馬鹿野郎だ

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 朱里の一周忌は俺と双子達、外出許可を貰った入院中の義母で執り行った。
 法事の仕切り方なんて全く知らない俺に、見舞いに訪れる度に段取りを教えてくれた義母。

 まだ俺が双子達の世話に慣れない四十九日法要の前、「お寺さんの連絡はここへ」「お供えはこんな物をこのくらいの量で」「親戚は呼ばなくていいから」と一から十まで指示してくれた。「自分の身体がこうじゃ無かったら私がするのにね。甘えちゃって、頼ってしまってごめんなさい」と謝る義母に、俺は正直に「嬉しいです」と伝えた。

 朱里がいた頃、一緒に住んでいた頃よりも今の方が義母と本音で話せるようになったと思う。義母も遠慮がちではあるが俺を頼ってくれるようになったし、俺も頼られるのが嬉しい。

 母親を知らない俺にとって、義母は実の母のように……と言いたい所だが、捨て子の俺は本当に母親というものがどういうものか分からないだけに、「母親」とは思っていない。

 じゃあ何なのかと問われたら、「戦友」のようなものだと感じている。朱里の死を一緒に乗り越えた戦友。
 そして今では大事な「家族」だった。

「バァバ、これ何て書いてあるの?」

 墓石を指差して尋ねる一花は、もう小学一年生になって色々な事に興味津々だ。特にそこら中の漢字を指差しては「これは何て読むの?」などと百花と二人で尋ねてくる。俺でも読めない漢字は、すぐにスマホで調べて教えてやる事にしていた。

「これはね、藤森家の墓って書いてあるの」
「フジモリケノハカ……?」

 義母と双子達が墓石を前に話をしている時、俺はその光景を穏やかな気持ちで眺めていた。
 義母はまた病院へ帰らなければならないが、双子達は大好きなバァバと久しぶりに過ごせて嬉しそうだ。

「悠也くん、ちょっと話があるんだけどいいかしら?」

 そう言われたのは法事と墓参りが終わった後。双子達は疲れ果てて仏間に布団を敷いて昼寝をしている。俺に声を掛けた後、義母は不自由な半身で二階へと繋がる階段をゆっくりゆっくりと上がっていく。
 危なっかしい動きが心配で、俺は何かあった時でも後ろから支えられるように、とにかく気をつけて上がった。

「ここね、悠也くんが居なくなってからあの子が自分の物を置いていた部屋なの。寝室は前の通りだったんだけど、衣服とか荷物とか……そういうのはここに置いているのよ」

 ぐるり部屋を見渡すと、見覚えのあるバッグやアクセサリー、朱里の持ち物が並んでいる。
 懐かしい気持ちが溢れて、鳩尾から喉にかけてグッと息が詰まったようになった。

「前に……四十九日法要の時なんだけど、この部屋に来たのよ。ここで、生きていた頃の朱里の事を考えてたの。そうしたらこれを見つけた」

 義母は机の引き出しから茶色い背表紙の本のような物を取り出した。
 厚みがあるその本を俺の方へと手渡そうとして、義母の痩せ細った片手では持ち上げる事が出来ずに苦笑いを浮かべる。

「悪いけど悠也くんが取りに来て。もう私には持ち上げる事が出来ないみたい。入院して、随分と力が無くなっちゃったわ。あの子の日記……というか覚え書きみたいなものね」
「俺が……読んでも?」
「読むべきよ。私、今まであなたにこれを渡さなかった。いっその事渡さなくてもいいかとも思ったの。私だって腹が立っていたところもあったから。でもやっぱり、悠也くんが読むべきだわ」

 重たい本のような見た目をしているが、どうやら十年日記という物らしい。机に置いたまま、ペラペラとページを捲る。
 義母は椅子に腰掛けて俺の様子を見守っていた。静かに目を瞑って、この部屋で過ごしていた朱里の事を思い出しているかのようだ。

――勢いで本当に離婚する事になった。そんなつもり無かった。私はただ、悠也の気持ちを確かめたかっただけなのに――

 一番気になった日付を開いてみると、そんな文面が目についた。
 そこからペラペラと捲っていくと、朱里がどうして突然離婚を言い出したのか、当時の素直な気持ちが幾日かに渡って書かれてある。

「お義母さん、双子を妊娠していた朱里が何故突然離婚を言い出したのか……俺はずっと不思議だったんです」
「妊娠中の朱里はひどい貧血だった。お医者様はそのせいで朱里が妊娠中にうつ病にかかったんじゃないかって。どうやらそういう事があるらしいの」
「それで急にあんな事を……?」
「それだけでは無いと思うけど。あの子はいつも悠也くんの気持ちが分からないって言ってたの。自分が無理矢理付き合わせて来たんじゃないか、結婚だって妊娠だって……って」

 言い訳にしかならないが、あの頃の俺には愛情の表現が分からなかった。ただ朱里の気持ちを優先してやる事こそが、朱里の為なんだと心の底から信じていた。朱里はそんな事求めてもいなかったのに。傷つけていたなんて知りもせずに、呑気に恋人として、家族として振る舞っていた。うつ病にも気づいてやれずに、俺は大馬鹿野郎だ。

「確かに、妊娠うつで正常な判断が出来なくなっていたあの子も悪いわよ。そんな時に離婚なんていう大事な事を勝手に言い出して、決めてしまったんだから。だけど私は、朱里に言われるがままに離婚した悠也くんの事がもっと許せなかった」
「すみません……」

 ただ謝るしか出来ない。
 俺は目の前の小さく痩せ細ってしまった義母の、娘を大切に思う気持ちを踏み躙ったのだから。

 俺が黙っている事で義母は尚更怒りを強くした。そして、もう堪えきれないといったように興奮した様子で息を荒くする。そしてとうとう思いの丈を吐き出した。



 
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