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30. 共同体……ですか
しおりを挟む「どうしてもっとあの子に大切だという気持ちを伝えてくれなかったの⁉︎ あの子が不安になる程、言葉にしなかったのは何故⁉︎ 離婚すると言われて、縋り付く事もなく『はいそうですか』って出て行ったのはどうしてなの⁉︎ そういうところがあの子を不安にさせたの!」
「……すみません」
「遅いの! 死んでからいくらあなたがあの子の事を想っていたか分かっても、もう遅いのよ……」
一通り心の中に燻っていた気持ちを吐き出して、泣き崩れる義母に俺は何度も何度も謝る事しか出来なかった。細い肩が震えているのを見て、身体の真ん中が鷲掴みにされるような苦しさを覚える。
しばらくして義母はズズズと鼻を啜ると、以前よりもだいぶ落ち窪んだ目をこちらへ向けた。その目に宿るのは怒りなのか、呆れなのか俺には分からない。
「でも、仕方ないわね。あの子は悠也くんの事をずっと大好きだったんだから。あー、すっきりした。私の言いたかった事は全て言ったし、あとは悠也くんがその朱里の書いた愚痴をしっかり読んで感じてちょうだい」
「愚痴……ですか?」
「愚痴よ、愚痴日記。心して読んだ方がいいわよ」
そう言った義母の表情は少し柔らかくなった気がする。また「すみません」としか言えなかった俺に苦笑いを浮かべた。
「でもね、私が悠也くんに感謝しているのも事実なの。あなたのお陰で孫は施設に入らずに済んだ。施設が悪い訳じゃ無いのよ。でも、やっぱり親の元で居られるのはあの子達にとっては正解だった。とても良い子達に育っているもの」
「お義母さん……俺を信じて、双子達を預けて下さってありがとうございます」
「それに私はこんな身体だからね、悠也くんがいなかったらお仏壇もこの家の管理も出来なかった。朱里の法事だって出来なかったかも知れない。悠也くんがすすんで手伝ってくれて、本当に感謝しているのよ」
先程俺を責めたのも、今感謝の言葉を述べているのもどちらも義母の本音なのだろう。義母の心からの言葉は胸が熱くなる程嬉しくて、ありがたかった。
「あとね、私が言いたかったのはこの家の事よ。私はもう退院出来そうにない。でもお仏壇の事もあるし、思い出の詰まったこの家を処分する事も出来ないでしょう。それでね、良ければ悠也くん達がここに住んでくれたらいいなぁと思ったの」
本来ならとてもありがたい義母の申し出に、俺は即答出来なかった。そんな様子を不思議に思った様子の義母は首を傾げ、じっとこちらを見つめて俺の言葉を待つ。正直な気持ちを義母に伝える為、大きく息を吸ってから話を切り出した。
「実は……」
アパートの隣人である高橋家との親しい関わりと、同じシングルファザーである高橋に多くの恩がある事。双子達もそんな二つの家族が協力して生活するような暮らしを、とても気に入っているのだと話す。
義母は真剣な面持ちで俺の話を聞き入った。
「それならここで一緒に住めばいいじゃない」
「え……いや……」
「シェアハウスっていうの? 流行しているみたいだし。それにね、病室でテレビばっかり観てた時に特集をしてたの」
「シェアハウスのですか?」
「ひとり親専用のシェアハウスがあるんですって。だからそんなものだと思えばいいんじゃない? やっぱり一人だと大変な事もあるでしょ? 同じ悩みを持つ人達が助け合う事が出来るって、今のあなた達と同じだし」
確かに、今もお互いの苦手な分野をカバーするようにして高橋家とは関わっている。シングルファザーだからこその悩みを共有して、解決していく事もできるし、何より同じ境遇の存在が近くにいる事は心強かった。
「本物の家族でもない、けれどそれはかけがえの無い
新しいカタチ、『共同体』というものらしいわよ」
「共同体……ですか」
本物の家族でもない、共同体……。
それは俺達家族と高橋家を示す適切な言葉のような気がして、とても鮮やかにストンと腑に落ちた。
「家賃は今のアパートより安くていいから、賃貸という形にしてもらえたら助かるわ。相続にすると大変だし、今のところはそれでどうかしら?」
「お義母さん、ありがとうございます。俺、共同体って言葉に物凄く納得できました。早速高橋さんにシェアハウスの件、聞いてみます」
俺の言葉に頷いた義母は、ここ最近で一番柔らかな雰囲気の笑顔を浮かべていた。
やがて俺の持つ朱里の日記に視線を落とすと、ごくごく小さな声で言葉を紡ぐ。
「思えば私と悠也くんだって戸籍上は他人だけれど、二人とも一花と百花を大切に思っていて、朱里の死を共に乗り越えたという点では共同体なのよね……」
それは決して俺に答えなんか求めていない、義母の独り言だった。
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