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31. 僕は十分おっさんですよ
しおりを挟む義母を病院へ送った後に、俺は一人で日記を読んだ。
まさかこんなに早くこの世から居なくなるとは本人も思ってもいなかっただろうし、俺が読む事は絶対に無いと思って書かれた日記。
朱里の素直な言葉が綴られた日記は、義母の言う通り俺の心を何度も抉る。
何度も息が詰まり、時には声を上げて泣いた。双子達が風呂に入ってる間に、タオルがびしょびしょになるほど涙を流し続けた。
だって書かれているのは愚痴でも何でも無い。これは……。
「それで、その日記には何が書かれてあったんです? 明里さんの知りたかった事は書かれていましたか?」
「ああ、ほとんどの事は。俺は朱里と高三で初めて同じクラスになって出会ったと思っていたけど、本当は高二の時に偶然出会っていたとか。他にも色々と俺が知らなかった事が書いてあったよ」
夜になりシェアハウスの事を高橋に伝えたら、迷う素振りも見せずに「いいですね!」と即答した。その後双子達や翼と芽衣にも報告する。そうしたら案の定、しばらくはお祭り騒ぎのように賑やかだった。
「確か、突然教室で告白されたって話してましたよね? もっと前に出会っていたんですか? それを明里さんは覚えていなかった?」
知らないうちに朱里をずっと傷つけていた俺の罪を、誰かに聞いて欲しかったという気持ちがあったのかも知れない。いつも穏やかな高橋にはつい心の内を話してしまうような、そんな独特の雰囲気がある。
「覚えてなかった。俺にとっては別に特別な事でも無かったから。自分の都合だし」
「えー、それは明里さんカッコつけ過ぎですよ。人がしたがらない仕事を進んでするって、なかなか出来ない事ですからね」
朱里が俺の存在を知ったのは、高齢者施設への慰問ボランティア。日曜日に全部で八日間もあるボランティアは、クラスの誰もがしたがらない行事だった。でもクラスで最低一人は必ず選出しなければならない。俺は休日に養護施設を出る理由が出来るならと思って手を挙げた。そのボランティアに朱里も友達と一緒に参加していたらしい。
「きっと、離婚した後だって奥さんも明里さんとの接点を無くしたくなかったんですね。手渡しの養育費、頻繁にやり取りするDM……。もしかしたらもう一度やり直したくて、そのチャンスを窺っていたのかも」
高橋は朱里の事を『奥さん』と呼ぶ。『朱里さん』だと『明里さん』と同じでややこしいからって。
朱里が俺に伝えた離婚理由『明里朱里』を思い出して、流石にあんな理由はあり得ないのに、当時の俺は何を考えていたんだとぶん殴りたくなった。
「日記にもそんな風に書いてた。『自分から離婚を切り出しておいて勝手だけど、子どもが成長するにつれうつ病も治ったし、どうにかして謝りたい』って。本当は俺が謝るべきだったし、もっと正直に気持ちを伝えれば良かっただけなのに」
「それで、日記を読んで明里さんの気持ちはどうですか? 罪の意識を感じただけでしたか?」
メガネの奥で何でも見透かすような目を向けてくる高橋は、俺の心が読めるのか。
「明里さん、随分と嬉しそうにも見えます。幸せそうです。辛いことばかり書いてあった訳では無かったんでしょう?」
「お義母さんは愚痴だって言ってたけど、あれは愚痴なんかじゃない。少なくとも、俺にとっては」
俺と出会ってからのあの日記には、どのページにも俺の名前があって、朱里の思った事が一言二言ずつ添えてある。俺が読むと分かっていたらこんな事は絶対に書かなかっただろう。
ほとんどが恥ずかしくなる程の告白だった。
「なるほど、いやぁー青春だったんですねぇ」
「高橋さん、まるでどこかのおっさんみたいな言い方だな」
「ひと回りも離れてますからね、僕は十分おっさんですよ。でも……きっと明里さんが思っているよりも、奥さんには明里さんの気持ちが伝わっていたと思いますよ」
「いや、伝わって無かったから離婚されたんだって」
高橋の言う言葉の意味がよく分からない。だけど時々こんな風に年上風を吹かせる高橋の事を、俺は案外嫌いじゃ無い。
「明里さん、口に出さない代わりにものすごく表情に出るんですよ……気持ちが。だからきっと、奥さんには伝わってました。でも、女性って『言葉』自体にこだわるところがあるから。でもそれは、伝わっていない事とは別ですよ」
「確かに付き合う前から、いつも俺の気持ちを見透かされてたようなフシはあったな。思ってる事を当てられるみたいな」
「だって、ものすごく表情に出てますよ。不機嫌な時や嬉しい時、何か心の内を話したい時」
気持ちを口に出す事は苦手だったし、我慢してきたけど、表情まではコントロール出来なかったのか。俺が口に出来なかった気持ちのほんの少しでも、朱里に伝わっていたなら救いだった。
「そうだとしたら……良かった」
「そうじゃなければ、女性は簡単に結婚や妊娠なんて出来ませんよ、流石に」
「そうか……」
人前で泣くのは我慢しようとしたのに、目元がカァーッと熱くなって、それを冷やそうとするかのようにポロリと涙が零れ落ちた。一度零れると堰を切ったように流れる涙と、堪えようとしても迫り上がって漏れ出る嗚咽。ダイニングチェアから立ち上がった高橋は、俺の肩を優しく叩いて励ました。
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