あの日、心が動いた

蓮恭

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32. いってくるよ

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「そうだ、パパー! 今日給食袋と上靴ー!」
「あ! やべっ! 忘れてた!」

 玄関まで双子達を見送りに出ていた俺が、一花の言葉にハッとして家の中へ戻ろうと踵を返す。すると高橋が廊下の向こうから両手に二つ分の給食袋と上靴入れを持って歩いてくるところだった。

「ほら、月曜日はコレ」
「高橋さん、ありがとー」
「ありがとー」

 そう言って差し出した給食袋と上靴入れを、高橋は一花と百花に手渡す。
 名前も間違えていない、双子の見分け方は完璧だ。

「気をつけていってらっしゃい。さぁ、翼も行っておいで」
「うん。いってきます」

 高橋の後ろからメガネを押さえながら出てきた翼のランドセルは、六年生にもなると小さく見えた。来年は中学生だから、自転車通学になるのか。

「いってきまーす!」
「パパ達も頑張ってー!」

 翼の後ろに一花、その後ろに百花が並んで一列になって登校する。双子達の今日の髪型は編み込みで、最近は紺色のゴムがお気に入りらしい。「紺色って、大人っぽいでしょー」とお澄ましする二人が微笑ましかった。

「いつも髪型を友達に褒められるらしい。それで『ママがしてくれるの?』って聞かれるんだって」
「そうですか……。それで、何と答えているんでしょう?」
「『うちのママは天国だから、高橋さんだよー』って答えたら、『高橋ってだれー!』って話になるらしい」

 学校から帰るなり、嬉しそうにその話をした双子達の顔を思い浮かべて思わず頬が緩んだ。高橋も口元に拳を当てて笑いを堪えるように肩を震わせていた。

「なるほど、そりゃあそうでしょうねぇ。子どもは素直で可愛らしい」
「けど、そのネタのおかげで友達が増えるんだと。朱里の話が出ても、もう落ち込んで暗くならないところがアイツららしいけど」
「それは明里さんがきちんと一花ちゃんと百花ちゃんに説明したからですよ。幼いなりに、理解して納得したんです」

 小さく頷いてから、腕に嵌めたミリタリーウォッチを見る。もうすぐ出勤時間だ。賑やかな小学生組が居なくなった家の中はガランと静かだった。

「お父さん、出来たよ」

 そう言ってリビングに置かれたスタンドミラーの前で振り向く芽衣は、凝ったような髪型を得意げな顔つきで見せてくれる。

「芽衣、それどうなってんだ? すごいな」
「編み込みとくるりんぱだよ」
「くるりんぱ……」

 近頃は複雑な髪型でも自分で結えるようになった芽衣。高橋に似て元々器用なのかも知れない。相変わらず双子達の髪は高橋が結んでくれるが、俺はその代わり翼に工作や日曜大工の真似事を教えたりする。

「可愛く出来たね。そろそろ保育園に行こうか」
「うん。悠也くん、いってきます」

 高橋に褒められて嬉しそうな芽衣は近頃よく笑うようになったし、友達の髪も結んであげているようで仲良しの友達がたくさん増えたらしい。大人しくて引っ込み思案だった芽衣は、随分とめざましい成長を見せた。

「いってらっしゃい。お、やべ。俺も洗い物してから仕事行くよ」
「いつもありがとうございます。すみません、任せてしまって」
「俺は保育園の送迎無くなったから、ちょっと時間に余裕出来たしな」
「では、いってきます」
「おう、いってらっしゃい」

 俺達と高橋家は藤森の家で同居している。
 シェアハウスをしたおかげでお互いの得意分野を活かせるようになったし、苦手なところは助け合っている。もちろん風呂場が一個しか無いし、トイレも一個しか無いからそういうところは不便もあるけど。

 それでも子ども達は以前より明るくなったし、ギクシャクしていたのが嘘みたいに打ち解けている。翼は双子達や芽衣よりだいぶ年上だから、世話を焼いてくれる事も増えた。

「朱里、今日も見守っていてくれよな」

 皆が行った後に仏壇に向かって手を合わせるのが日課になっていた。まさかこんな風になるなんて、朱里も思っていなかっただろう。

 朱里の日記をじっくりと読んで、初めて分かった事柄の一つに、離婚した後も双子達に父親である俺の話を頻繁にしていたという事がある。

 それは決して悪口なんかではない。俺の良いところ、性格、俺の事をどれほど好きかなんて事まで寝物語に聞かせていたらしい。
 どうりですぐに双子達から懐かれたわけだ。

 朱里は自分がこんなに早くこの世からいなくなるとは思っていなかった。それでも双子達に俺の話をしていたのは、近いうちに復縁を申し出るつもりだったらしい。「双子達が小学生になるまでには、もう一度悠也に告白する」と、ある日の日記には書いてあった。

 そもそもあの時だってお互いの事を好きだった俺達は、何故離婚しなければならなかったのか。お互いが意地っ張りで、意気地が無くて、自信が無かったせいだ。今思えば二十歳そこそこだったとはいえ、本当に馬鹿馬鹿しい判断をしたものだ。

「いってくるよ」

 遺影の朱里は今日も朗らかに笑っていた。「本当、何で離婚しちゃったんだろうね。馬鹿みたい」と背中を思い切り叩いてくるような気配がした。

 玄関を出て鍵を掛ける。門扉を閉めながら、二つ並んだ表札を見た。
 俺達の新しい家族の形、生活共同体は今の所至極順調だ。今後もきっと色々な事があるだろうけど、俺はもう自分の気持ちを素直に伝える努力を惜しまない。

 誰とだって一緒に居られる時間は限られている。そんな当たり前の事に気付いたからこそ、日々の穏やかな生活に感謝する。

 ひゅうっと頬を撫でる朝風は秋の気配を感じさせる。俺の目に映る景色は全て、鮮やかに色付いていた。

 

 


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感想 19

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みんなの感想(19件)

yun.
2022.08.22 yun.

悲しいけど、新しい家族のカタチ。
多種多様な世の中に、一石投じた感じですね。
少なくとも私には、衝撃でした!
もっと早く素直になっていれば、なんてもどかしい気持ちにもなりましたが、それも作品の良さですね!
新しい幸せも大切にしてほしいな、と思いました。

ファンになりました。

2022.08.22 蓮恭

yun.様、感想ありがとうございます❀.(*´◡`*)❀.

 孤独な生い立ちから素直になれなかった主人公、体調を崩し行き違いになった妻の想い、お互いに本音を伝えられないまま突然訪れた別れ。
 この作品、恋愛部分に関してはかなり読者様をヤキモキさせてしまうと思います。
 それでも最後まで読んでいただけて、ファンになって下さったこと、とても嬉しいです!
 
 伝えておけるうちに伝えなければならない想いって本当にあるのだと、作者が家族との別れを通じて感じる機会がありましたので、こちらの作品を書きました。

 特別な思い入れがある作品なので、yun.様のくださった感想がとても嬉しかったです。ありがとうございました!




解除
柚木ゆず
2022.07.31 柚木ゆず

体調不良でこちらの世界にしばらくお邪魔できておらず、12日に投稿してくださったお話を、昨夜から今日にかけて拝読しました。

しばらく遠ざかってしまっていたので、その際にはそれまでのお話も拝読したのですが。その時にも何度も、気が付くと頬を涙が伝っていました。


この世界と。皆さんと。出会うことができて、改めて、幸せに感じております。

ですのでもちろん、昨夜一票入れさせていただきまして。
願いが叶うのであれば。こうしたインターネットの世界だけではなくて。自分の部屋の本棚の中にも、あり続けてほしいなと。強く感じています。

2022.07.31 蓮恭

柚木ゆず様、いつも素敵な感想をいただきありがたく思っています╰(*´︶`*)╯

しばらく体調を崩されていたとの事で、そちらがとても心配です。
どうか早く元通りの生活に戻れますように。

そしてやっと回復され、まだまだ大変なところでしょうに、私の作品を読んでくださり、丁寧なコメントと投票まで……ありがたいです。

最後にとても勿体ない言葉をかけていただき、こちらこそ涙が溢れました。

どうかお身体お大事になさいませ。



解除
河原由虎
2022.07.31 河原由虎

完結おめでとうございますとお疲れ様です!

一言でいうならば、涙腺崩壊必死作品。

わからないけれど知ろうとすること、それはとても勇気がいることだし体力もいる。人と関わろうとすることのできる主人公は、これからも成長して幸せになっていってくれると思えました。
切ない、それでいて心が温かくなれる作品をありがとうございます(^^)!

2022.07.31 蓮恭

河原さん、丁寧な感想ありがとうございます(*´∇`*)

決して、「よし、読者に涙を流させたい!」と思って意気込んで書いた話ではなく、書き進めていくうちに自然と動き出した彼や彼女や子どもたち、そしてお母さんの言葉が、行動が、読者様の涙を誘ったのかなと思います。

書いたのは私だけど、彼らはこの物語の中で自由に生きているような感覚がありました。

ありがとうございます!

解除

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