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如月ゆすら

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6巻

6-3

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『盲目の聖女』というなんとも大仰な名前の人物も気になるが、今は『貧民街』というキーワードが聞き捨てならない。身分制度がある以上、裕福な者と貧しい者が出来るのは仕方ない。それは、彼女が前世で暮らしていた日本でも、存在していた問題だ。
 しかし、クレセニア王国では、貧しくとも命の危機に直面する者は少ない。そうなる前に、国からなんらかの保護がほどこされるからだ。
 もちろん、働かずに散財したあげく貧しくなったというのであれば本人の問題だが、基本的に、飢えるほどの事態になる者はごくまれだ。
 そのため、下町はあっても、『貧民街』などと呼ばれるような地域は存在しないはずなのだ。

「貧民街ってどういうこと?」

 ルーナの疑問に、リュシオンが眉間にしわを寄せて答えた。

「それについては、一応国でも把握している。つい数か月前のことだ。最初は政変によって南から流れてきた数人の移民だった。彼らは王都の近くに滞在するようになったんだが、その人数が数日単位で爆発的に増えた。着の身着のままで逃げてきた彼らは、持ち出してきた金もごくわずか。当然、職がないため生活は困窮する。それで周辺の畑や農場を荒らすようになったんだ。最初は同情して面倒を見ていた周辺の村人たちも、その事実を知って背を向けた。移民たちの生活はさらに困窮し、周辺の住民も寄りつかなくなった。そういう過程があり、最近ではその界隈を貧民街、あるいは移民の町と呼ぶようになったわけだ」
「そんなことが……」

 説明を聞き終わり、ルーナは呆然とつぶやく。
 レングランド学院に通い、様々な国の政治や情勢などを学んでいるつもりだが、こんな身近な出来事すら知らなかったのだ。

「で、話を戻すが、貧民街に現れる女と言ったな?」

 リュシオンがフレイルを見て尋ねると、彼はコクリとうなずいて再び口を開いた。

「なんでも両目を布で覆い隠した女らしいです。貧民街でさまざまな奇跡を起こし、そこの連中に『盲目の聖女』と慕われているという」
「奇跡、ねぇ……」

 フレイルの説明に、ジーンは皮肉げに言う。
 まるで信じてはいない口ぶりの彼に、ユアンが声をかけた。

「でも兄様。王都でも結構噂になってるみたいなんだよ。枯れ果てた井戸に再び水を湧かせたとか、酷い怪我を一瞬で治してしまったとか。それが本当ならば、聖女っていうのも案外嘘じゃないのかもね」
「ユアン。おまえの素直で人を疑わない性格は長所だが、同時に短所でもある。自分の目で確かめたのでなければ、安易に噂を信じるなど愚の骨頂だ」
「う……そうですね。すみません」

 兄にたしなめられ、ユアンはしゅんっと肩を落とす。
 そんなユアンに、ルーナが助け舟を出した。

「まぁまぁ、ジーン兄様。ユアン兄様は噂話を説明してるだけなんだから。……でも、怪我を一瞬で治してしまうっていうのは、白魔法なのかな? だとしたらすごい使い手だよね」
「ああ。だがそれとは別に、〈過去視かこみ〉や〈未来視さきみ〉といった、巫宜ふぎらしい力もあるという話だった」

 フレイルが言うと、リュシオンはあごに手をやって考え込む。

「神殿の巫宜……いや、はぐれか。だが、彼らはその力の代償として魔法は使えなかったんじゃないか?」
「そのはずです。となると、噂のうちいくつかは嘘かもしれません。……はぐれだとすれば、なんとも怪しい聖女ですね」

 ジーンは胡散臭うさんくさいと言わんばかりに鼻を鳴らした。
 神殿預かりとなっている巫宜とは違い、市井しせいに多く存在する『はぐれ巫宜』と呼ばれる者たちは、大半が巫宜を自称するだけの怪しい者たちだ。
 そのため、一般的にはぐれ巫宜は胡散臭い存在だと認識されている。
 話を打ち切りそうなジーンに気づくと、ユアンは慌てて口を開いた。

「あ、あと、その『盲目の聖女』を手厚く保護している、やんごとない方がいるとのことです。先ほどの話を聞いてふと思ったのですが、そのやんごとない方っていうのは、もしかして……」
「王妃か……」

 ユアンが言いよどむ部分を、リュシオンが口にし、さらに続ける。

「貧民街の者たちを救う聖女。それを手厚く保護することで、結果的に貧民街の者たちを救っている者か。もし謎の出資者が王妃だとすれば、自国の民ではない者たちを救っても人気取りにはならん。よほどその聖女とやらを信奉しているのか。だが、はぐれ巫宜ふぎおおやけに支援するのは外聞が悪い。それで名前を隠しているのかもしれないな」
「ええ。自己顕示欲じこけんじよくの塊のような人間が、人気取りにもならないことをするくらいです。本当の話なら『盲目の聖女』なる者への傾倒ぶりはよほどのものですね。まあ、あの王妃を更生させたというのなら、本当に聖女かもしれませんが」

 皮肉を込めたカインの考察に、リュシオンは深くうなずく。

「もしくは、他に何かたくらんでいるのかもしれないが……」

 ポツリと零すリュシオンに、全員が顔を強張こわばらせた。そんな中、ルーナは強い眼差しを皆に向けて声をあげる。

「アマリー姉様が治療院を設立して、救われた人がいっぱいいたでしょう。だからね、王妃様が姉様の考えに賛同して同じようなことをしてくれるなら、とってもいいことだと思うの。でも、もしそういう思いを利用するだけならば、許せないよ」
「慈善事業というのは、人気取りには最適な話だからな……ひょっとすると、聖女の事とは別に移民の町を実験の場にでもするつもりか? 上手くいったら大々的に名前を出すことにして」

 ルーナの言葉に、リュシオンは苦々しく吐き捨てる。
 それにジーンが続いた。

「しかし、どういう意図であろうと、やってることはまともですからね。こちらとしては手が出せなくて歯がゆい」
「まぁ、ないとは思うが、心を入れ替えた……という可能性も無きにしもあらずだからな」
「そうだったらいいのに」

 祈るようにつぶやくルーナに、皆は「それはないだろう」という心の中の声を押し殺す。
 人の汚いところを随分見てきたはずだが、それでもまだ人の善良さを信じようとする清らかな彼女の心根を、誰も壊したいとは思わないのだ。

「どちらにせよ、王妃の動向にも、注意するに越したことはないだろう。本当に王妃が謎の出資者ならば、その『盲目の聖女』とやらと必ず接触するはずだ」

 そう結論づけるリュシオンに、その場にいた一同はまた深くうなずいた。

「そうですね。まずはそれしかないでしょう。他には……ああ、ユアン、フレイル」

 ジーンは弟とその友に目を向けると、にこりと笑って声をかけた。

「なんですか、兄様」
「なんです?」

 不思議そうにする二人に、ジーンは笑顔のまま告げる。

「私たちも情報収集しているが、なかなか市井しせいの話は耳に入りにくい。これからもぜひこまめに報告してほしい」

 定期的な報告を、という言葉の裏の意味に、優秀すぎるユアンとフレイルはすぐさま気づいた。

(うわぁ、拒否権ないよね、これ)
(……決定事項だな)

 目と目で言葉を交わしつつ、二人は諦めたようにうなずく。
 そんなやり取りを見たルーナとリュシオン、カインの三人は、不謹慎ながらこっそりと笑ったのだった。



   第二章 アマリーのうれ


 豊穣祭から四か月後。
 王都ライデールもすっかり春めき、あちこちに花のいろどりが添えられている。
 鏡の前でメイドに髪を整えてもらいながら、ルーナは無意識に小さく鼻歌を奏でた。

「ルーナ様ったら、ご機嫌ですわね」

 クスリと笑いながらメイドが指摘すると、彼女はハッとして口元を両手で押さえた。

(ううっ、笑われちゃったよ……)

 一瞬しょんぼりとしたものの、ルーナはすぐにまた笑顔になる。
 そう。今日彼女は、とても浮かれていたのだ。

(ああ、楽しみだぁ)

 ルーナはそわそわと落ち着かない様子で、鏡に映る自分を見る。それがわかっているのか、メイドは小さく微笑んで、作業の手を速めた。

「はい、終わりましたよ」

 しばらくして、メイドが告げる。
 ルーナの真っ直ぐな銀髪は、サイドを編み込んだハーフアップに整えられ、あちこちに小さな赤い薔薇ばらの花飾りがちりばめられていた。
 彼女の今日の装いは、白いレースがアクセントになった赤いベルベットのドレス。三月とはいえまだ寒さの残る時期のため、外出には厚手の衣服が必須なのだ。

「これで準備完了ね!」

 ルーナが嬉しそうに言った時、ノックの音が室内に響く。
 すぐさま近くにいたメイドがドアを開いた。そこには、ルーナと同じように外出着に身を包んだジーンの姿があった。

「ジーン兄様!」

 ルーナは椅子から勢いよく立ち上がって駆け寄り、室内に入ってきた兄に抱きついた。

「おやルーナ、もう準備は出来たかい?」
「うん。準備万端だよ!」

 ルーナが元気に答えれば、ジーンは微笑んで彼女の頭を撫でる。

「用意が出来ているなら、さっそく出掛けようか」
「ええ! 早く行きたい!」

 はしゃいだ声をあげるルーナに、ジーンは片目をつむり、気取った仕草で右腕を差し出した。

「お嬢様、お手をどうぞ」
「ええ、ありがとう」

 兄の腕に自分の腕を絡め、ルーナは同じように気取った様子で答える。次の瞬間、二人は同時に噴き出した。

「もう、遊んでないで早く行こうよ」
「そうだな」

 笑いつつもとがめるルーナに、ジーンは絡められた彼女の腕を軽く叩いて応えた。
 二人は廊下に出ると、楽しそうに話しながら歩き出す。

「ユアン兄様も一緒だったらいいのにね」
「ああ。だが、ユアンは師団ではまだ新入り。この時期においそれと休暇など取れないさ」
「そうだよねぇ。っていうか、ジーン兄様が休暇を取れたっていうのも珍しいよね」

 ルーナは横を歩く兄を覗き込むようにし、悪戯いたずらっぽく笑った。
 王太子であるリュシオンの側近であり、補佐であるジーンは、主君と同じ、いやそれ以上に多忙だ。
 決まった休日はあっても、ジーンはリュシオンが働く限り休むことはない。そのためリュシオンは時折、ジーンに休暇を取らせるためだけに、予定を入れない日を作るほどだった。
 今日も予定を強制的に後回しにしたリュシオンから休暇を命じられ、ジーンは久方ぶりの休暇を実家で過ごしていた。
 そんな彼が、ルーナに声をかけたのは昨日のことだった。
 ちょうど休養日で学院の寮から家に帰ってきていたルーナへ、ジーンは二年前に嫁いだ姉、アマリーに会いに行かないかと誘ったのだ。
 もちろんルーナがそれを断るはずもない。
 現在、アマリーはエストランザ伯爵夫人として、一年の半分を領地で過ごしている。
 社交シーズンや、夫であるヒューイが王都に赴く時は、夫妻共々王都のやしきに滞在していた。しかし、ルーナが平日は学院で過ごしていることと、アマリーも伯爵夫人として社交や邸の切り盛りなどで多忙のため、なかなか顔を合わせられなかったのだ。
 気がつけばルーナは、アマリーにもう半年以上会っていない。久しぶりの再会に、彼女が浮かれてしまうのも無理はなかった。

「ふふっ、久しぶりにアマリー姉様に会えるねぇ」
「アマリーも、ルーナに会えて喜ぶだろうね」
「だといいな。今日はヒューイ義兄様にいさまもいるの?」
「ああ、確か在宅だと言っていたが……」

 ルーナの問いかけに、ジーンは自信なさげに答える。

「もしいなかったとしても、すぐに帰ってきそうだよね」
「ははっ、そうかもしれないな」

 そう言うと、ジーンは面白そうに笑ってみせた。
 ヒューイとアマリーが結婚して二年経った現在、彼らのおしどり夫婦ぶりは、ルーナたちの両親、リヒトルーチェ公爵夫妻に負けず劣らず有名だった。
 特にヒューイがひと回り近く年下の妻を溺愛しているのは、社交界では周知の事実。
 必要がなくとも常に妻を伴う彼が、やしきとはいえ、アマリーを必要以上に一人にさせるはずがないと思われた。
 結婚する前は、お互い想い合っていながらもすれ違っていたが、ルーナの後押しもあり一念発起いちねんほっきして告白したヒューイ。
 その過程があったせいか、現在ではアマリーへの好意をまったく隠す様子がない。
 キューピッドとなったルーナとしては、そんなヒューイを微笑ましく思うものの、甘々な二人を見ているのは気恥ずかしくて少しばかり居心地が悪い。
 それはジーンやユアンも同じらしく、アマリーを訪ねる時は出来るだけ兄弟揃って行くのが暗黙の了解となっていた。
 もっとも、いまだに『ラブラブ』な両親を持つルーナたちだ。知らず知らずのうちに耐性がついているのだが、本人たちに自覚はない。

「それに、今は特に心配なんじゃないかな?」

 ルーナがクスクスと笑いながら言うと、ジーンは「違いない」と同意する。
 実は最近、アマリーの妊娠が発覚した。
 数か月後には、ルーナやジーンには甥っ子か姪っ子が出来る。それを考えると、二人ともつい頬が緩んでしまうのだ。

「楽しみすぎて、待ちきれないね」
「ああ」

 可愛らしく笑う妹に、ジーンは優しく目を細めるのだった。


     †


 ライデールの北の外れ。
 そこにエストランザ伯爵の王都滞在用の邸があった。
 茶色味を帯びた灰色というシックな色合いの建物は、城塞じょうさいを思わせる堅固な造りでありながら優美さも兼ね揃えた小規模の邸宅だ。
 白く塗られた鉄柵の門をくぐると、目にも鮮やかな緑が来客を出迎える。
 一見、野趣やしゅに富んだ庭園だが、四季折々に咲き誇る花がアクセントになるよう、緻密ちみつに計算されたものだ。
 ルーナとジーンを乗せた公爵家の馬車は、カラカラと車輪の音を響かせ、邸宅の表玄関に到着する。
 馬車を降りると、目の前には優美なカーブを描く、短い階段があった。その先には、両開きの重厚な扉が控えている。
 従僕が来訪のむねを告げると、すぐに重々しい扉が開いた。
 中から現れた伯爵家の家令は、ルーナとジーンに対して深々と頭を下げる。

「ようこそいらっしゃいました。ご案内いたします」
「ああ、頼むよ」
「こちらです」

 家令が先に立って歩き出すと、ジーンはルーナの背に手を添えて後に続いた。
 華美ではないが、質の良い調度品が飾られた廊下を進み、家令は突き当たりの部屋の前で足を止める。
 正式な四回のノックを響かせた後、家令は室内に向けて声をかけた。

「奥様、ご実家の兄君様と妹君様がおいでです」

(お、奥様……!)

 家令の言葉を、ルーナは思わず心の中で繰り返す。
 王都で会う時は、アマリーたちが公爵邸に来るか、外出先で落ち合うばかりだった。そのため外出先で聞くのは『エストランザ伯爵夫人』という呼び名だけ。伯爵家の領地では、前伯爵夫人と現伯爵夫人を区別するため、ヒューイの母親は『奥様』と呼ばれ、アマリーは名前に様付けで呼ばれている。
 そんな事情から、ルーナは姉に対する『奥様』という言葉に違和感を覚えずにはいられなかったのだ。

(ああ、でも、そうだよね。ヒューイ義兄様にいさまの奥さんだもん。そりゃ『奥様』だよね、うん。そうなんだけど、なんかすごく変な感じがする……)

 ルーナは心の中で葛藤しながら、ふと横に立つジーンをうかがう。すると、珍しく困ったような、苦笑するような複雑な表情の兄が目に入った。

(あ……やっぱり兄様も変な感じがするんだ)

 同じ心の内を感じ、ルーナは小さくクスリと微笑む。
 兄妹のひそやかな動揺を余所よそに、室内から承諾の返事を受け取った家令は、律儀に頭を下げてドアノブを回した。
 家令は洗練された動作でドアを開けて横に下がり、ルーナとジーンを中へ入るようにうながす。
 そこは、日当たりの良いサロンで、白い家具で統一された明るい空間だった。
 中央には、白地に薔薇ばらが描かれた座り心地の良さそうなソファが、白大理石の暖炉をかこむ形で三つ置かれている。
 その一つに腰かけていたアマリーが、来訪者が入室した気配を感じたのか、ゆっくりと立ち上がった。

「アマリー姉様!」

 ルーナが声をかけると、アマリーは満面の笑みを浮かべる。

「ルーナ!」

 いらっしゃいとばかりに両手を広げるアマリーに、ルーナは嬉しそうに駆け寄った。そんな妹を、アマリーはぎゅっと抱きしめる。

「姉様、お元気だった?」
「ええ。あなたも元気そうね。兄様も!」

 姉妹の熱烈な再会を一歩引いて見ていたジーンに、アマリーが笑いかけた。それに笑顔を返しながら、ジーンは二人に話しかける。

「とりあえず、座ったらどうだい。特にアマリー。あまりはしゃぐと身体にさわるよ」
「そ、そうだよ、姉様。座って、座って!」

 ジーンの言葉にハッとし、ルーナは慌てて姉にソファに座るよう促した。
 アマリーがクスクスと笑いながらも素直に腰かけると、ルーナとジーンはあからさまにホッとする。
 そんな二人の動揺した様子を前に、アマリーは口元を手で覆って、漏れそうになる笑いを噛み殺した。

「大丈夫よ、二人とも。そんなに心配することじゃないわ」
「仕様がないな、アマリーは。……ルーナも座ろう」

 ジーンが苦笑して言うと、ルーナはうなずいてアマリーの隣に座った。それを見た後、ジーンも姉妹の対面にあるソファに腰を下ろす。
 落ち着いたところで、ルーナは隣に座ったアマリーを、改めてまじまじと見つめた。
 すっかり若奥様ぶりが板についてきたアマリーは、長い金髪を上品にまとめあげ、優美な青いドレスを着用している。

(うーん、ドレスのせいかな? あんまり妊婦さんには見えないよね)

 アマリーはルーナの視線でその心の内を見透みすかしたのか、優しい微笑みを浮かべて、自身の腹部に手を置いた。そうすると、丸みを帯びた様子がよくわかる。

「姉様、楽しみだね! ああ、男の子かな? 女の子かな? 姉様はどっちがいい? わたしはどっちでもいいけど、早く会いたいな!」

 ルーナは姉の腹部に手を重ねると、はしゃいだ声で言った。
 アマリーが妊娠したという知らせを聞いた時から、ルーナはまだ見ぬ甥か姪の誕生が楽しみで仕方がなかったのだ。

「ふふ、ルーナったら。そうね、男女どちらでも、健康に生まれてくれれば、それでいいわ」
「うん!」

 大きくうなずくルーナに、ジーンがからかうように口を挟む。

「最近ルーナは、そのことばかり言ってるんだよ。よっぽど楽しみらしい」
「まぁ、そうなの?」
「う……確かに否定はできないけど、わたしだけじゃないもの」

 ルーナの言葉にアマリーが首を傾げると、彼女はジーンをチラリと見た後、話し出した。

「父様は生まれてくる孫のために、ポニーを用意しようって今から探し始めているでしょ? 乗れるようになるどころか、まだ生まれてもないのに。それから母様は、誕生祝いのための産着うぶぎを用意するって張り切ってるの。しかも産着どころか、五歳くらいまでの服を用意しとこうとか言ってるんだよ? 性別もわかってないのに。で、ユアン兄様は子供向けの本を買いあさってるの。父様と同じく、当分読めないのにね。あ、でも、これは胎教たいきょうってことで、今から姉様が読み聞かせてあげればいいのかな」

 次から次へと出てくる家族のエピソードに、アマリーは呆れつつ笑ってしまう。しかし、話はまだ続いていた。

「あとね、今は澄ましてるけど、ジーン兄様もなんだよ。生まれてくる甥っ子か姪っ子のために、大量の護符を買い占めてるの。同じ効果とかお構いなしに。いくらなんでもそんなにいらないと思うんだよね」
「ルーナ……」

 覚悟はしていたものの、自分のことも暴露され、ジーンはひたいに手を置いて天を仰ぐ。そんな兄を見てクスリと笑った後、ルーナはアマリーに向き直った。

「とまぁ、こんな感じでうちは皆浮かれてるの」

 最後にルーナがそう締めくくると、アマリーは耐え切れずに笑い出す。
 そして、生まれる前からこんなにも多くの人に愛されている我が子を想い、そっと腹部を撫でた。

「この子は本当に幸せ者ね」

 慈愛に満ちた表情でつぶやくアマリーに、ルーナは目を細める。

(姉様は、もうすっかりお母さんの顔だね。ああ、わたしが生まれる時、母様はこんなだったのかな? それに……まったく記憶にない、前世のお母さんも)

 ルーナはふいに、前世――高崎千幸であった時を思い返す。
 母親の顔を知らなかった千幸は、自身が母親になることもなく死んでしまった。
 物心ついた時から両親がいないため、母親や父親という存在にあこがれてはいた。だが一方で、どこかその存在は物語の登場人物のように現実感のないものだった。
 そんな曖昧あいまいだった存在を、はっきりと自分の中で理解できたのは、ルーナとしてアイヴァンやミリエルの愛情を受けて育ってからだ。

(父様と母様に、改めて感謝だね。それに、生まれ変わらせてくれたミチオにも、かな?)

 ルーナは、彼女を地球からサンクトロイメに転生させてくれた天使、ミチオのことも思い出す。
 もともと不幸すぎる前世のせいかもしれないが、両親がいて、兄姉がいて、愛情溢れる家族にかこまれた現世の幸せを思うと、彼に素直に感謝できた。

(新しい家族か……どうか元気に生まれてきてね。そしたらわたしもいっぱい可愛がるから)

 ルーナはまだ見ぬ新しい家族にそう心で語りかけると、優しい眼差しを向ける姉に訴えた。

「わたし……ううん、わたしたち皆、この子にすごく会いたいんだもの。だから姉様、無理はしちゃだめだからね?」
「はい、わかりました」

 真面目な顔で告げるルーナに、アマリーも同じく真面目な表情を取りつくろうと、神妙にうなずく。しかし次の瞬間、姉妹は同時に噴き出した。

「もう、笑わせないでルーナ」
「えー。わたしはいたって真面目だよ。ね、兄様?」
「そうだな」

 おどけるルーナに、ジーンは笑顔で同意する。
 久々に会うアマリーをかこみ、リヒトルーチェ家の兄妹たちはなごやかな時間を楽しむのだった。


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