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犬系女子 × 日常

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〇犬系女子

名前 : 犬養  美郷 (いぬかい みさと)

年齢 : 高校2年生

備考 : 柊呂とは家が近い。
 とにかく素直。
 

-------------キリトリセン--------------



「柊呂ー!一緒にかーえろっ!」


教室に響く元気な声。

彼女の声は俺に届いたあと、
教室のざわざわとした空気に掻き消された。

ドア付近に立った彼女は
振り返った俺と目が合うと笑顔で手を振ってきた。


自分のクラスのホームルームが終わると
隣のクラスからわざわざ俺のことを迎えに来る。


彼女とは高校1年生の頃同じクラスで、
その頃から、事あるごとに俺に話しかけてきていた。

しかし俺自身、彼女に気に入られるようなことをした覚えは全くない。

だからクラスが変われば話すことも減るものだと
思っていたのだが…そんなことはなかった。


廊下ですれ違えば話しかけてくるし
こうして部活がない時には、帰りの誘いをしに来る。


部活に行く生徒や帰宅する生徒で教室の出入りが増える中、彼女はそれに便乗して教室に入り、
俺の席まで歩いてきた。


「今から準備するから待ってて。」


俺は了承の意を示しつつ、帰りの準備を始める。

彼女は「うん!」と大きく頷き、
ニコニコしながら俺が準備する様を見ている。


なにが楽しいのかは分からないが幸せそうな彼女はとても可愛い。


「柊呂のクラスは、今日小テストあった?」

教科書を見て思い出したのか、彼女がそう聞いてきた。


「数学ならあったよ。」


「私のとこ英語でね。
1時間目だったから復習が出来なくて大変だった!」


大変だったという割には笑顔だ。


「復習は普通前日にやるんだよ…
俺もあんまやらないけど。」

「私と一緒じゃん!」


けらけらと笑う彼女。
そんな彼女に釣られ、頬が緩む。


準備を終え、2人で教室を出る。


「で、テストの結果は?」

「んー、半分ちょっと…?」


話の続きを促すと、彼女は忘れかけているのか、
少し考えたあとにそう言った。


彼女は成績が良い方だ。

同じクラスだった時に学年10位以内だっただか何かで先生に褒められていたのを覚えている。


「結構いいじゃん。」

「うーん…、柊呂はどうだったの?数学。」


素直に感想を口にすると、彼女は腑に落ちないような顔をして、でもすぐに笑顔になって話を振ってきた。


「まぁ、俺も半分ちょっとだったよ。」


俺の答えを聞いて、
彼女は「ふふ。」と小さく笑った。


「何が面白いんだよ?」

「ううん、ただ柊呂と一緒、嬉しいなって思って!」


想定外の答えが返ってきた。


彼女は、こういう恥ずかしいことを
なんの躊躇いもなく言ってしまう。

何とも心臓に悪い。


外は日が暮れだしていて
オレンジ色の光がぼんやりと校舎を照らしていた。


「そ。…そういえば犬養は数学苦手なんだったっけ?」


赤くなっているであろう顔を(多分)自然に逸らして話を変えた。


「え、なんで知ってるの!?
そうなの、数学はいつも平均点ギリギリ…!」


彼女は目を丸くして俺の方を見てから
俯いて悔しそうに言った。


「知ってるも何も、1年生の期末テスト返却の時騒いでただろ?覚えてるよ。」


そう、1年生の頃、返ってきた数学のテストを見るなり彼女は叫んだのだ。

『ああぁーーーっ!60いかなかったぁぁぁあ!!数学なんて嫌いだー!』


隣のクラスにも聞こえていたのではないだろうかと思うほどだった。

あれだけ大声で叫んでいたことを忘れるわけがない。


というか50点いけばいいものではないのだろうかと思った。


「…そっかー!覚えてくれてたなんて嬉しいなぁ!あ、でも、人に言うのはなし!恥ずかしいから!」


照れながらへへへ。と笑ったあと
眉間に軽く皺を寄せて彼女は言う。


照れたり笑ったり怒ったりと非常に忙しそうだ。


「ふ、分かってるって。」

そんな彼女を見て少し笑ってしまった。


いつもの彼女ならこの後、また別の話を始めるところだ。

しかし今日の彼女は笑った俺を見て何か言いかけ、結局何も言わずに前を向き直した。


「…好きだなぁ…。」


小さい声。

そんな彼女の声は、風と一緒に俺の頬を掠めた。


「…犬養?」

「ん?」


呼びかけに振り向いた彼女は、
頬を赤くする様子もなく、きょとんとしていた。


「今、なんて…。」

「ん?何も言ってないよ?」


聞き間違いだったのだろうか、それとも無意識…?

でもだとしたら…


「……。」

「どうしたの柊呂?なんか変だよ?」


彼女が俺の顔をのぞきこんでくる。


「えっ、ああ、大丈夫。なんでもない。
あ、犬養、ほら家。」


慌てて数歩後ずさり顔を背ける。


いつの間にか彼女の家の近くまで来ていたことに気が付き、いつも別れる十字路を指さした。


「ん、ほんとだ。」


彼女も気づかなかったのだろうか、
俺の指さす方向を見て小さく驚きの声をあげる。


「うん、それじゃあ。また明日。」

注意を逸らすことができ、ほっとしながら彼女に軽く手を振る。


「うんっ、じゃあね!また明日!!」


今まで俺のことを訝しげな顔で見ていた彼女は、
ぱぁっと顔を明るくさせて手を振った後、スキップしながら十字路を真っ直ぐ駆けてゆく。


「はぁ…。」


スキップのリズムに合わせて揺れる彼女のリュックをぼんやりと眺めながらため息をつく。


彼女の呟いた言葉を頭の中で復唱しながら考える。


聞き間違いか、もし本当に言っていたとしても、友だちとしてであって、決してそういう…。


考えても答えが出ない。


十字路には彼女も見えなくなった。



俺は、聞き間違いだと自分に言い聞かせ
もう一度ため息をついて、家に向かって歩き出した。
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