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幕間3

1.

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 それはちょうど鈴が城から屋敷に戻る道の途中だった。

 まだ仕事が残っているから先に帰っててくれ、と言う織之助に甘えて普段よりちょっとだけ早く家路についたのが少し前。
 時間もあることだし、今日は手の込んだ夕餉にしようかな、なんて考えながら歩いていたところだった。

(うん……?)

 そこら辺の町人というには少し上等な着物に身を包んだ男性がふと視界に入る。
 行ったり来たりと忙しなく、視線もなんだか落ち着かない様子で――はっきり言って、ものすごく怪しい。
 
「……あの、なにかお困りですか?」

 あまりの怪しさに思わず声をかけた。
 急に話しかけられたことに驚いたのか、男性が大きく肩を跳ねさせる。

(めちゃくちゃ怪しい)

 警戒しながら男性をさっと上から下まで検分した。
 年齢は鈴と同じくらいだろう。刀を腰に差しているのを見るところ、出自は武家――と考え込んだところで、男性が小さく「あの……」と声を出した。
 ハッとして視線を上げると困ったような瞳と目が合う。
 
「実は迷子になってしまって……」

 ああなるほど迷子……。

(いや、この歳で迷子ってなるもの⁉︎)

 ますます怪しさが増し、警戒の程度を上げる。
 もしかしてどこかの間者とかそういった類だったりするのかもしれない。
 となると慎重に接しなくては。

「どちらに向かわれる予定ですか?」

 笑顔を浮かべ気安さを前面に出してみる。
 効果があったのか、男性は安心したように息を吐き出した。

「たしか――」

 告げられたのは鈴もたまに行く飯屋だった。
 
(……あれ? 本当に迷子?)

 店主のことはよく知っているし、店内もなにか機密事項のやりとりができるような雰囲気ではない。
 あえてそういうところで情報交換するのかもしれないが――目の前のひょろりとした男性は弱々しくて、とてもじゃないが間者には見えなかった。

(見かけで判断しちゃだめ、ぜったい)

 外見で判断されることの悔しさはよく知っている。
 鈴はそう自分に言い聞かせ、もう一度にっこりと笑って男性を見上げた。

「そこでしたら行く道ですし、よければ案内しますよ」
「本当ですか! ありがとうございます」
「いえいえ」

 件の飯屋は大通りをまっすぐ行くだけである。
 ちょうど人通りが多い時間なので、力づくで誘拐なんてこともないだろう。

(……そうなると本当に迷子説が濃厚だなあ)

 案内を申し出たときにパッと顔を輝かせたのは作られた表情じゃなかった。
 
「活気があっていい町ですね」

 歩きながら町を眺めていた男性がしみじみと吐き出した。
 その嬉しい言葉につい大きく頷く。

「そうなんです! みんな優しくていいところなんですよ」

 ほかの町がどんな感じなのかはあまり知らないが、少なくとも鈴にとっては一番の町である。
 大好きな人たちが守っている町なのだから、好きにならないわけがない。
 にこにこの鈴に釣られて、男性も口角を緩めた。

「ええ、伝わってきます」

 まるで自分がほめられたかのように誇らしくなる。
 織之助が帰ってきたら伝えよう――と弾んだ気持ちのまま歩いていると、一転、男性が笑顔を潜めて静かに声を発した。
 
「先月あたりに城主様が亡くなったとお聞きしましたが……」

 一瞬言葉に詰まる。
 男性の言うことは間違っていない。
 城主である正秀が亡くなったのは、つい先月のことだった。
 病に倒れた正秀は老齢も手伝ってそのまま眠るように息を引き取った。

「……はい。……とても偉大なお方でした」

 得体の知れない鈴を、しかも男装している女だと言うことを知っても、変わらず居場所を与え続けてくれた偉大な人だ。
 そのさっぱりとした気性で、人気は城内だけでなくこの城下町、領地を足しても足りないくらい。
 できることなら、もう少しだけでも長く生きて欲しかった。

「今はその御嫡男が跡を継いでおられるんですよね?」

 訊かれて、首を縦に振った。
 正秀が亡くなってすぐその跡を継いだのが正秀の嫡男・正成である。

「とっても素敵な方ですよ」

 正秀に比べるとやや横暴なときもあるが、その横暴さはいつも人のためだということを鈴は知っている。
 ひと月たらずで城主交代でばたついた城内を落ち着かせたのも、正成の手腕だ。

(……正成さまの近習になった織之助さまの多忙さは推して知るべし、と)
 
 連日鬼のように仕事をしている主人の姿を思い出して苦笑いがこぼれた。

「そうなんですね……」

 なにやら考え込んだ男性を不思議に思いつつ、視線を前に戻す。目当ての店はもう目の前まで来ていた。

「あ、ここですよ」
「あ……はい! 本当にありがとうございます、助かりました」

 顔を上げて店を確認した男性が表情を明るくする。
 その素直さについ頬が緩んだ。

「困ったときはお互いさまです」

 では、と小さく頭を下げて踵を返そうとしたところで、袖を軽く引っ張られた。
 振り払おうと思えば振り払えるが、目に入った顔があまりに必死だったので躊躇してしまう。

「……あのっ、お名前聞いても……?」
「あ、えーと」

 名前くらいなら教えてもいいか――と鈴が口を開いたのを遮るように背後から低い声がした。

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