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五話 「転機」

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宿に到着したアッシュは従業員にお金を支払って用意してもらった部屋へと向かった
しかし用意してもらった場所は部屋というにはおこがましく、アッシュが借りたのは宿屋の脇にある納屋の一角
ベッドのある部屋を借りるなど今こアッシュの収入では到底叶わない
納屋にはわらが敷き詰められているのでそこに大きめの布を敷いて普段寝ている


『今日はいつもより疲れたからさっさと夕食を食べて寝よ』


夕食は途中寄ったお店で購入した干し肉の切れ端とパン屋で貰ったパンの耳
宿の従業員に頼めば食事を提供してもらうこともできるが、そうすると料金も跳ね上がってしまうので毎回素泊まりで利用しこの二つの食材で我慢している
干し肉は硬くて喉を通らせるまでに時間がかかるが、よく噛む分意外とお腹に溜まりやすい
パンの耳はパサパサなので水と合わせて流し込む


『ご馳走様。安いし不味いわけじゃないからいいんだけどそろそろあったかい料理が食べたいな・・・最後に出来立ての料理を食べたのっていつだったっけ』


アッシュはもう長いことこの食事ばかりでまともな食事を食べた記憶はもう随分前、食事にお金をかけられる程アッシュの懐は余裕はない
お腹を満たしたら明日に備えてすぐ寝る準備に入る
薬草は朝早くに行った方がより良い鮮度で採取することができ、上手くいけば依頼者から記載されていた報酬より上乗せした額を貰えることができるので陽が昇る前に町を出る
目を瞑っていると今日の出来事を思い出してしまうので、ひたすら明日の事だけを考え続けた

そして明朝、心身の疲労があったからか思ったよりもしっかりと眠りにつくことができたアッシュは予定通り町を出て薬草採取をしに森を訪れた
まだ陽が昇っていない森の中は暗く、ランタンを持ちつつ薬草を探していく
この森にはポーションとなる薬草の他にも様々な植物が生えており、似た見た目で毒となる植物もあり間違えやすいので注意が必要だ


『これは・・・うん、間違いなくヒール草だな』


ヒール草はポーションを作るのに必須の薬草、効果はポーションより弱くなるがそのまますり潰して傷に当てるだけでも効果があるし乾燥させて料理に加えても疲労回復効果がある利用価値が高い
今回依頼者が求めているのはこのヒール草、一つ薬草を見つけることができればその周囲にも同じ薬草があることが多いのでこのまま近辺を探すことが基本となる
誤って踏まないよう気をつけながら採取を続けていくと一時間程度で依頼分の量に到達することができた


『よし、これ位にしておくかな』


あまり採取しすぎてしまうと生えてこなくなってここでの採取が出来なくなってしまう恐れがあるので、依頼された量以上の薬草は取らない決まりになっている

摘み終えた頃にはもう陽が出てきて森の中も明るくなってきた
ヒール草を集め終えたアッシュは依頼者の元に薬草を届ける為町へと足を向けた
するとその時、奥の茂みの方からガサガサと音が聞こえてくる
その音を聞き瞬時に戦闘態勢に入るアッシュ
装備したナイフを手に向かってくる相手を待ち構えた
その際、ふと昨日の事が頭をよぎり身体が震えてくる
ミノタウロス程の魔物はこの森に存在しないが、自然とナイフを握る力が強くなる
だが茂みから現れた相手を見てその心配は杞憂に終わった


『なんだ、ただのスライムか・・・』


アッシュの前に現れたのは魔物の中で最弱と言われているスライム
流石にスライム相手では負けることの方が難しい
だが最弱のスライムを倒して魔石を取ったところで二束三文にしかならない
害になることもないのでアッシュはそのままスライムを放置して町へ帰ろうとする
しかし背後を振り返ってみるとなんと先程のスライムがアッシュを追ってきていた


『なんだい?ついてきてもあげられる物なんて何も持ってないよ』


アッシュが手で追い払っても頑なに離れようとしない
今までもスライムと遭遇した事はあるが、こんなに自分から人に近づいてくるスライムとは出会ったことがない
足を止めて様子を窺っていると今度はそのまま足元までやって来て擦り寄ってきた
理由わけは分からないがアッシュもここまで懐かれてしまうと悪い気はしない
アッシュは擦り寄って来るスライムを持ち上げて答えが返ってこないと分かっていながらもふざけ半分で問いかけてみた


『君、仲間と一緒じゃないのかい?あまり大きくないし子供スライムかな・・・?なーんて。ふふっ、スライムが人の言葉なんて分かるわけないのに何をやってるんだ僕は』


スライムに語りかけている自分がおかしくて思わず笑みが零れる
しかし次のスライムの行動によって驚きの表情へと変わることとなった
なんとスライムは言葉に反応するかのように全身を目一杯使って飛び跳ね始めた
アッシュにはそれがまるで自分の言葉に反応しているように見えた


『君・・・もしかして僕の言葉が分かるの?』


半信半疑で再度スライムに問いかける
するとまたしてもスライムは先程同様の動きを見せてきた
どうやら本当に人の言葉が通じているようだ
もしかしたらただ声に反応してるだけかもしれないが、こんなスライムは今まで見たことも聞いたこともない


『不思議なスライムだね君は』


他の冒険者だったらスライムなんて眼中にも入らず適当にあしらってしまうだろう
だがアッシュはこのスライムを見ていると不思議な感覚を覚えた


『この感じ・・・も、もしかして・・・』


過去にテイムしようとしてきた魔物からは感じられなかった初めての感覚、まさかと思いスライムに額を近づけてみる
するとアッシュとスライムの間に紋様が生まれた
この紋様はテイマーが魔物と契約する際に浮かび上がる紋様で、魔物がテイマーを主として認めない限り決して浮かび上がることがない
過去何十、何百という魔物でテイムを試みてみたが、一度もこの紋様が出てくることはなかった
それがまさか初めて出会ったこの不思議なスライムで見ることになろうとは思いもよらなかった


『君・・・僕と契約してくれる?』


アッシュの問いにスライムは元気よく頷いた
その反応を見て恐る恐る紋様が浮かび上がっているスライムの額?の部分に自身の額を当てる
すると紋様が白く発光し出して周囲を明るく照らした
暫くするとその光は収束されていき、スライムの体へと消えていった
失敗した場合は途中でこの光が霧散してしまうが、これは間違いなく成功した証

生まれて初めてテイムをすることができたアッシュは思わず涙した
テイムした魔物は最弱のスライム、しかしアッシュにはそんな事どうでもよかった


『君が僕の初めての従魔・・・よろしくね!』


アッシュの言葉にスライムは嬉しそうに跳ねて答えた
初めてできた従魔を肩に乗せてアッシュは帰路へとついた

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