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12話 「すれ違いの闇は深く」
しおりを挟む「くそっ!」
ヴィルシスは戻るや否や悔しそうに建物や物を蹴飛ばして悔しさを表に出した。
その蹴りの威力も周囲の物を吹き飛ばして建物に大きな穴をあけるほどの威力で、周囲の兵士たちを震え上がらせる。
かわいそうなことに彼に使える兵士たちはいつも彼の行動一つ一つに震え上がらなければならない。
「ティナはどうして俺を拒絶する!?昔は俺に寄り添っていてくれたのに!いつも俺のそばで笑っていたのに!それが今や……敵対勢力だと!?ふざけるな!」
さらに一人でいらだちを募らせるヴィルシスに兵士たちが恐怖に慄いているいるときだった。
「やれやれ。ストーカーが過ぎるくないか?さすがに気持ち悪い。追い回される彼女は大変だなぁ。まぁそれくらいお前を動かすような存在であることは認めるが」
「……それをお前が言うのか?」
「ふん。お前ほどではない」
そのヴィルシスをあざ笑うかのような言葉をかけたのは一人の魔導士。ヴィルシスからしたらこいつの存在は大っ嫌いだった。
なぜならティナと同じ服を着ている。しかも男で。ティナと同じ服を着ているということは相当な魔法使いであり、この国に数人いるかいないかの天才だということを証明することになるのだが。
「俺のほしい奴は、お前みたいなふしだらな性欲や自己満足のためだけではない。この国の戦力にも必ずなる。あいつを自分のものにするために俺は”禁断の方法”を編み出したからな」
「それのせいでその対象を手に入れられるどころか恨みを買って殺されそうになっているのにか?笑わせるな」
「そんな状態から自分のものにできるとなると楽しみで仕方ないね」
そんなこいつの自信を聞いていて馬鹿らしくなった。こっちはお前のような者の自慢話に付き合っている余裕は一切ないのだ。
俺はお前とは違う。”完全な意志をコントロールした”支配や自分の物にできるのでは意味がない。
お前にはだから俺のこのもどかしさがどうせ分からない。困ればコントロールすればいいというお前の考え方には一生分かりあうつもりなどないのだから。
今はあんな状態でもいつか一緒にあのころのように笑いあえる日が来るとまだ信じているのだから。
「どうしてこんなことになったのだろう……」
あのころに戻れるなら戻りたい。きっとあの時からティナは自分のもとから離れていってしまった。
そういえばあの時泣きじゃくりながら俺の腕にしがみついて何か言っていたっけ。
最愛の人のそこまで感情を表した言葉をなぜ覚えていないのだろう。
たぶんきっとそれは___
俺の中に何か恐れていたものがあるに違いない。それはおそらくは___。
そう。あの時だ。あの剣の使い方が異常なあいつ_エルヴィエが死んでからだ。
俺はメオンには模擬戦勝率8割くらいはあった。武器の得手不得手はあれど、勝てていることが大事だと思っていた。
しかし___エルヴィエにだけはどうしても勝てなかった。
武器の相性的にも俊敏に動く剣使いに大振りの斧は相性が悪いことだなんて誰でも知ってる。だからエルヴィエより弱いとか誰一人言わなかった。
でも、それでも_!
負けることが悔しかった。相性が有利でも勝てればすべてであると思っている以上、武器の相性が悪くても、どんな状況でも勝つ。
どんな状況でも勝てる__それがみんなを率いる者として絶対的な安心感を与えることも知っている。
だからこそどこまでも勝ちにこだわっている俺にとって____。
エルヴィエの存在はどこまでも憎たらしく、どこまでも羨ましく、どこまでもかけがえのない存在だった。
試合に負けて感情を表したりはするが、お互いに喧嘩や嫌いあうということはなかった。些細な事でも彼からアドバイスをもらったし、普通の男仲間としても楽しい時間を過ごさせてもらった。
だからこそ俺はティナと同じくらい奴がかけがえのない存在であり、いつか勝つと決めたライバルだった。
なのに。
「どうして死ぬことになったんだ!」
分かっている。俺が実力不足だったからだ。あいつのことをもっと知って事前にやつが戦いに行かなければいけないことも知っていればどんな刑罰があろうが援護に行ったし命がけで一緒に戦っただろう。
でもあの時の俺は参加することすらも出来なかった。
そしてエルヴィエは死んだ。
その時俺の中に失ったものは大きかった。
今まで目指してきたものが消えた。
大切な仲間が消えた。
それは俺が力不足で守ってあげられなかったから。何もかも俺の実力不足のせいだ。
だからこそティナだけは_愛している彼女だけは守らなくちゃという思いが俺を強くした。
それから俺は彼女のことを嫌い、嫌がらせや排除行為をしようとする人間をこれでもかとつぶした。少しでも怪しい行為や噂を聞きつけたら容赦なく手を下した。
女だろうと関係ない。彼女を守るためだったらなんだってする。
もうこれ以上大事な人を失うわけにはいかないのだから。
その思いは俺を容赦なく突き動かした。
「ああ……そうだ、ティナはああ言っていたな……」
彼女はそんな俺を泣きじゃくりながら俺の腕にしがみつきその行動をやめるようにこう言った。
”私の存在は不快を与えるものだということに変わりはない。それを受け入れて強く生きていくことはできるから……私のせいで今度はみんなが心だけでなくあなたによって痛みや苦しさまで私はみんなに味わせてしまうことになるからこれ以上は_”
人と接点を持つことに今までの過去からして恐怖で恨みすら覚えるはずなのに_
彼女はどこまでも優しく、強かった。
そしてその優しさはティナをいじめていた相手にだけじゃない。
それを力で、暴力で排除しようとする俺の手や心が汚れたり、その行為で苦しむのではないかと思いやってのことだった。
どうしてそこまで優しいのだろう。
あいつも優しかった。
その優しさは自分の身を危険にさらしているにもかかわらず。
だからこそ俺は守りたかった。もうこれ以上大切な人を失うわけにはいかないから。
だけどその思いは彼女にはいまだに伝わることはないらしい。
だったら分かってもらえるまでどんな手でも使って分かってもらうしかない。
優しい彼女はきっと俺に再び振り向いて笑いかけてくれる。
そう彼は信じているが、彼はすでに人として逸脱した行為を行っていることに、もはや自分の中に持っていた思いが暴走していると言うことにすら気がついてはいない。
そんなヴィルシスの姿と先ほど話していた魔道師の様子をわき目から見てほくそ笑む者がいる。
「くくく……。まさかこんなことになるとは。私のたった一つのもくろみがここまで私に大きくプラスに働くとは……全て私の手のひらの中で踊り続けている」
その者の企みは誰も知らない。
その者の起こした行動は一体何なのか。そしてその者の目的は___。
「私の作戦から大きく人生の変わった者が多いらしいな……。まぁ私の目標に影響を与えたかっただけなのだが。まぁ、その目的の達成のために君たちにはせいぜい私の中で踊ってもらおうからね」
クレマリー王国と小競り合いを起こし続けるエクラベル王国。腐敗と衰弱の果てにこの国がどうなったかは具体的に知る者はクレマリー王国にはいない。
だとしてもバリケリオス竜騎兵といい、竜騎兵の大群。かつての全盛期の勢いを取り戻しつつあるその理由は。
どうやら単純な問題ではなく、その真相はヴィルシスですら知ることではなかった。それくらい彼の中にはティナと失ったエルヴィエのことしか考えられなかった。
他のことに気を向ける余裕がないほどに思いつめていた。
それぞれの国の中で思いをめぐらせる者たち。
ただ、ひとつだけ違ったことがある。
クレマリー王国の傷心したセリアとティナには味方がいた。
数は少なくとも過去を知るもの、性格を良く知り寄り添えるもの、そして何よりも自分のもてるだけのものを全てぶつけて彼女達を救おうとする者。
だけれどもエクラベル王国の彼らにはそのような存在が全くいない。
この違いがどう出るのか。
そしてその結果さえもこの影でほくそ笑む者の計算どおりに物事が動くのか。
それも空と太陽は知っているのだろうか。
だが、今回ばかりは知らないかもしれない。
エクラベル王国はクレマリー王国と違って雷鳴がとどろき、土砂降りの大雨が降り注いだ。
思いは更に深まり悩み、怒り悲しみもどかしさを募らせてそれぞれの心を苦しめる。
その感情はしばしの国同士の停戦を誘った。
が、
それは嵐の前の静けさでしかないと言うことは言うまでもないだろう。
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