58 / 152
第六章:王女の眼差し、勇者の道
第五十五話:旅立ちの朝
しおりを挟む
王城の部屋に差し込む朝日に、アルスはゆっくりと目を開けた。昨夜の出来事が、まるで夢であったかのようにぼんやりと脳裏に浮かぶ。
セレナの告白、そして自分自身の未熟な誓い。頬に残る、彼女の指先の熱と、抱きしめた時の清らかな香りが、それが現実であったことを物語っていた。
「……勇者か」
ベッドから体を起こし、窓の外に広がる王都の景色を見下ろす。この世界に来てから、ただ生き残ることだけを考えていた日々。
それが、いつの間にか「勇者」という、途方もない使命を背負うことになっていた。そして、それに寄り添い、未来を誓ってくれたセレナ。
(俺は本当に勇者になれるのか……?)
自問自答するたびに、胸の奥で言いようのない不安が募る。前世の俺は、どこにでもいる「モブ」でしかなかった。特別な力もなく、特別な才能もないただの社畜人生。
そんな俺が、この世界の命運を握る「勇者」として、魔王と戦うなど、想像すらできなかった。
だが、セレナの言葉を思い出す。「救ってくれた時、とても嬉しかったのです」。
あの時、ただ目の前の命を救いたかっただけの俺の行動が、彼女にとってどれほど大きな意味を持っていたのか。その事実に、アルスの胸に微かな温かさが広がった。
(そうだ。俺は、もう「モブ」じゃない。少なくとも、セレナにとっては……)
顔を洗い、身支度を整える。これから聖女セレナと共に、新たな魂片を探す旅に出る。
国王陛下への最終報告を済ませれば、すぐにでも王都を出発する手筈となっていた。
部屋を出て、騎士団が手配してくれた朝食を摂るため食堂へ向かう。食堂にはすでに、アシュレイ団長と、珍しく聖女セレナの姿もあった。
「おはようございます、アルス様」
セレナは、いつもの聖女服に身を包み、朝日に照らされて輝く銀色の髪が、神聖な雰囲気を醸し出している。
昨夜の彼女の姿は、まるで幻だったかのように、完璧な「聖女」としてそこにいた。
彼女の表情には、一抹の不安と、それを打ち消すような強い決意が宿っているように見えた。
「おはようございます、聖女様。アシュレイ団長」
アルスは二人に挨拶を返す。
アシュレイ団長は、いつものように堂々とした姿勢で席に着いていたが、その眼差しには、アルスとセレナに対する期待と、同時に何か深い思慮が込められているように感じられた。
食事が運ばれてくる間、アシュレイ団長が口を開いた。
「国王陛下への最終報告は、食後すぐに執り行う。その後は、準備が整い次第、出発となるだろう」
「承知いたしました」
アルスは静かに答える。セレナもまた、真っ直ぐにアシュレイ団長を見つめ、頷いていた。その瞳には、昨夜の感情の残り香と、新たな旅路への覚悟が混じり合っているようだった。
---
食事を終え、アルスとセレナはアシュレイ団長に促され、国王陛下への報告のため謁見の間へと向かった。
重厚な扉の向こうに待つのは、この国の最高位の人物。そして、彼らが背負う使命の重さを改めて実感する場だ。
謁見の間へ向かう廊下を歩きながら、アルスはちらりとセレナを見る。彼女は普段通り、背筋を伸ばし、顔には聖女としての穏やかな微笑みを湛えていた。
だが、その隣に立つアルスには、彼女が昨夜の出来事を胸に秘め、新たな一歩を踏み出そうとしていることが痛いほど伝わってきた。
「……大丈夫ですか、聖女様?」
思わず、そう声をかけると、セレナは小さく首を傾げた。
「ええ、もちろん、アルス様。私は聖女として、この使命を全うする覚悟です。それに……」
彼女はそこで言葉を区切り、アルスと視線を合わせた。その蒼い瞳の奥に、確かな光が宿っている。
「……私には、アルス様がいてくださいますから」
その言葉は、アルスの胸にじんわりと温かさを広げた。不安は消えない。だが、一人ではない。そう思うと、足取りがわずかに軽くなった気がした。
謁見の間の扉が、ゆっくりと開かれる。眩いばかりの光が差し込み、その奥には威厳ある国王陛下の姿が見えた。
(いよいよ、か……)
アルスの心臓が、静かに、しかし力強く鼓動を始めた。
新たな旅路が、今、始まろうとしていた──。
セレナの告白、そして自分自身の未熟な誓い。頬に残る、彼女の指先の熱と、抱きしめた時の清らかな香りが、それが現実であったことを物語っていた。
「……勇者か」
ベッドから体を起こし、窓の外に広がる王都の景色を見下ろす。この世界に来てから、ただ生き残ることだけを考えていた日々。
それが、いつの間にか「勇者」という、途方もない使命を背負うことになっていた。そして、それに寄り添い、未来を誓ってくれたセレナ。
(俺は本当に勇者になれるのか……?)
自問自答するたびに、胸の奥で言いようのない不安が募る。前世の俺は、どこにでもいる「モブ」でしかなかった。特別な力もなく、特別な才能もないただの社畜人生。
そんな俺が、この世界の命運を握る「勇者」として、魔王と戦うなど、想像すらできなかった。
だが、セレナの言葉を思い出す。「救ってくれた時、とても嬉しかったのです」。
あの時、ただ目の前の命を救いたかっただけの俺の行動が、彼女にとってどれほど大きな意味を持っていたのか。その事実に、アルスの胸に微かな温かさが広がった。
(そうだ。俺は、もう「モブ」じゃない。少なくとも、セレナにとっては……)
顔を洗い、身支度を整える。これから聖女セレナと共に、新たな魂片を探す旅に出る。
国王陛下への最終報告を済ませれば、すぐにでも王都を出発する手筈となっていた。
部屋を出て、騎士団が手配してくれた朝食を摂るため食堂へ向かう。食堂にはすでに、アシュレイ団長と、珍しく聖女セレナの姿もあった。
「おはようございます、アルス様」
セレナは、いつもの聖女服に身を包み、朝日に照らされて輝く銀色の髪が、神聖な雰囲気を醸し出している。
昨夜の彼女の姿は、まるで幻だったかのように、完璧な「聖女」としてそこにいた。
彼女の表情には、一抹の不安と、それを打ち消すような強い決意が宿っているように見えた。
「おはようございます、聖女様。アシュレイ団長」
アルスは二人に挨拶を返す。
アシュレイ団長は、いつものように堂々とした姿勢で席に着いていたが、その眼差しには、アルスとセレナに対する期待と、同時に何か深い思慮が込められているように感じられた。
食事が運ばれてくる間、アシュレイ団長が口を開いた。
「国王陛下への最終報告は、食後すぐに執り行う。その後は、準備が整い次第、出発となるだろう」
「承知いたしました」
アルスは静かに答える。セレナもまた、真っ直ぐにアシュレイ団長を見つめ、頷いていた。その瞳には、昨夜の感情の残り香と、新たな旅路への覚悟が混じり合っているようだった。
---
食事を終え、アルスとセレナはアシュレイ団長に促され、国王陛下への報告のため謁見の間へと向かった。
重厚な扉の向こうに待つのは、この国の最高位の人物。そして、彼らが背負う使命の重さを改めて実感する場だ。
謁見の間へ向かう廊下を歩きながら、アルスはちらりとセレナを見る。彼女は普段通り、背筋を伸ばし、顔には聖女としての穏やかな微笑みを湛えていた。
だが、その隣に立つアルスには、彼女が昨夜の出来事を胸に秘め、新たな一歩を踏み出そうとしていることが痛いほど伝わってきた。
「……大丈夫ですか、聖女様?」
思わず、そう声をかけると、セレナは小さく首を傾げた。
「ええ、もちろん、アルス様。私は聖女として、この使命を全うする覚悟です。それに……」
彼女はそこで言葉を区切り、アルスと視線を合わせた。その蒼い瞳の奥に、確かな光が宿っている。
「……私には、アルス様がいてくださいますから」
その言葉は、アルスの胸にじんわりと温かさを広げた。不安は消えない。だが、一人ではない。そう思うと、足取りがわずかに軽くなった気がした。
謁見の間の扉が、ゆっくりと開かれる。眩いばかりの光が差し込み、その奥には威厳ある国王陛下の姿が見えた。
(いよいよ、か……)
アルスの心臓が、静かに、しかし力強く鼓動を始めた。
新たな旅路が、今、始まろうとしていた──。
22
あなたにおすすめの小説
スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~
深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】
異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!
家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜
奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。
パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。
健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』
ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。
全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。
「私と、パーティを組んでくれませんか?」
これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!
転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~
ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。
コイツは何かがおかしい。
本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。
目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。
攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】
水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】
【一次選考通過作品】
---
とある剣と魔法の世界で、
ある男女の間に赤ん坊が生まれた。
名をアスフィ・シーネット。
才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。
だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。
攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。
彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
---------
もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります!
#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした
新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。
「もうオマエはいらん」
勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。
ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。
転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。
勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる