転生したら、まさかの脇役モブでした ~能力値ゼロからの成り上がり、世界を覆すは俺の役目?~

水無月いい人(minazuki)

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第六章:王女の眼差し、勇者の道

第五十五話:旅立ちの朝

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王城の部屋に差し込む朝日に、アルスはゆっくりと目を開けた。昨夜の出来事が、まるで夢であったかのようにぼんやりと脳裏に浮かぶ。

セレナの告白、そして自分自身の未熟な誓い。頬に残る、彼女の指先の熱と、抱きしめた時の清らかな香りが、それが現実であったことを物語っていた。

「……勇者か」

ベッドから体を起こし、窓の外に広がる王都の景色を見下ろす。この世界に来てから、ただ生き残ることだけを考えていた日々。

それが、いつの間にか「勇者」という、途方もない使命を背負うことになっていた。そして、それに寄り添い、未来を誓ってくれたセレナ。

(俺は本当に勇者になれるのか……?)

自問自答するたびに、胸の奥で言いようのない不安が募る。前世の俺は、どこにでもいる「モブ」でしかなかった。特別な力もなく、特別な才能もないただの社畜人生。

そんな俺が、この世界の命運を握る「勇者」として、魔王と戦うなど、想像すらできなかった。

だが、セレナの言葉を思い出す。「救ってくれた時、とても嬉しかったのです」。

あの時、ただ目の前の命を救いたかっただけの俺の行動が、彼女にとってどれほど大きな意味を持っていたのか。その事実に、アルスの胸に微かな温かさが広がった。

(そうだ。俺は、もう「モブ」じゃない。少なくとも、セレナにとっては……)

顔を洗い、身支度を整える。これから聖女セレナと共に、新たな魂片を探す旅に出る。

国王陛下への最終報告を済ませれば、すぐにでも王都を出発する手筈となっていた。

部屋を出て、騎士団が手配してくれた朝食を摂るため食堂へ向かう。食堂にはすでに、アシュレイ団長と、珍しく聖女セレナの姿もあった。

「おはようございます、アルス様」

セレナは、いつもの聖女服に身を包み、朝日に照らされて輝く銀色の髪が、神聖な雰囲気を醸し出している。

昨夜の彼女の姿は、まるで幻だったかのように、完璧な「聖女」としてそこにいた。

彼女の表情には、一抹の不安と、それを打ち消すような強い決意が宿っているように見えた。

「おはようございます、聖女様。アシュレイ団長」

アルスは二人に挨拶を返す。

アシュレイ団長は、いつものように堂々とした姿勢で席に着いていたが、その眼差しには、アルスとセレナに対する期待と、同時に何か深い思慮が込められているように感じられた。

食事が運ばれてくる間、アシュレイ団長が口を開いた。

「国王陛下への最終報告は、食後すぐに執り行う。その後は、準備が整い次第、出発となるだろう」

「承知いたしました」

アルスは静かに答える。セレナもまた、真っ直ぐにアシュレイ団長を見つめ、頷いていた。その瞳には、昨夜の感情の残り香と、新たな旅路への覚悟が混じり合っているようだった。

---

食事を終え、アルスとセレナはアシュレイ団長に促され、国王陛下への報告のため謁見の間へと向かった。

重厚な扉の向こうに待つのは、この国の最高位の人物。そして、彼らが背負う使命の重さを改めて実感する場だ。

謁見の間へ向かう廊下を歩きながら、アルスはちらりとセレナを見る。彼女は普段通り、背筋を伸ばし、顔には聖女としての穏やかな微笑みを湛えていた。

だが、その隣に立つアルスには、彼女が昨夜の出来事を胸に秘め、新たな一歩を踏み出そうとしていることが痛いほど伝わってきた。

「……大丈夫ですか、聖女様?」

思わず、そう声をかけると、セレナは小さく首を傾げた。

「ええ、もちろん、アルス様。私は聖女として、この使命を全うする覚悟です。それに……」

彼女はそこで言葉を区切り、アルスと視線を合わせた。その蒼い瞳の奥に、確かな光が宿っている。

「……私には、アルス様がいてくださいますから」

その言葉は、アルスの胸にじんわりと温かさを広げた。不安は消えない。だが、一人ではない。そう思うと、足取りがわずかに軽くなった気がした。

謁見の間の扉が、ゆっくりと開かれる。眩いばかりの光が差し込み、その奥には威厳ある国王陛下の姿が見えた。

(いよいよ、か……)

アルスの心臓が、静かに、しかし力強く鼓動を始めた。

新たな旅路が、今、始まろうとしていた──。
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